赤雷の傷 弐
サラマンダーよりはやーい(笑)‼
更新速度と引き換えに内容を疎かにしたつもりはありません。
“つもり”は、ね(汗)
ミス等あればご指摘ください。
後で間違いに気付くことがありますので(汗)
「追手があると思いましたが、案外呆気ないものでしたね」
そう話すのは、令月の妻──菘である。華奢な身体つきで色白。線が細いことも相まって、触れるだけで壊れそうな印象だ。背中まで伸びる闇色の長髪が美しい女。朱染めの着物の姿は、大和撫子と言ってもいいだろう。それほどに、淑やかな仕草が似合っていた。
王都の往来に在り、美人かつ異邦人ということも手伝ってか誰よりも人目を引く存在だ。
隣を歩く、娘──菫も朱染めの着物を着ていた。幼子特有の愛らしさを振り撒き、一層目立つ。
「……そうだな。何にしても、お前達が無事で俺は嬉しい限りだ」
彼の声は未だに暗く、硬い。
追手を警戒し、落人の如く逃げた先は、西方大陸のシエル王国城下である。運が悪ければ荒波に揉まれ、船から投げ出される危険のある航海であった。五日と半日程かけて着岸したのが、十日ほど前だ。慣れぬ異国の言葉に難儀し、文化の違いに驚嘆していた。そんなことよりも、彼は師であり父である蘭月のことが気掛りとなっているのだ。
「でもお父、元気ないね」
「……うん、そうか?」
娘の菫が不安げに聞いてくる声で、令月は我に返った。同時に、沈んだ顔を見せられないと自戒する。娘とて異文化に慣れず、不安なことには変わりないのだから。四歳とは物心がつき始めた頃である。周囲の急激な変化に戸惑うところは、最早大人と大差ない。菘も、何とかして安心させようと宥めているが、珍しく苦戦しているようだ。
──お前達に心配は掛けたくない。俺もしっかりしねぇとな。
令月は、何とかして職に手を付けた。それは酒場の雑用兼給仕である。ほぼ日雇い程度の賃金しかないが、それでも三人で慎ましく暮らしていけば困ることはなかった。それ故、彼は今の仕事に甘んじていたのだ。だからこそ、喩え罵声を浴びせられようと、職場に馴染めずとも耐えていられる。
「さあ、帰って飯にしようぜ」
異国の家族は、余所者に対して風当たりが強い対応にも挫けることなく、寧ろ笑顔さえ浮かべていた。
──それも、ある事件が起きるまでのことだったが。
始まりは些細なことだっただろうか。菘は移住して一月ほど立ってから、徐々に口数が減っていった。笑顔にも何処か陰りが見え隠れするようになり、食欲が落ちていったのだ。
元より病弱だったということが頭に在り、令月は様子を見ていた。だが、彼女の病状は改善の兆しを見せず日に日に弱るばかり。日増しに悪化し、頭痛や怠さ、眩暈や吐き気などを訴え、十日経った頃とうとう床に伏せてしまう。
「お前……どうした! ひどい汗じゃないか。何故こうなるまで黙っていたんだ!?」
「ごめんなさい。心配かけたくなくて、私……」
その日帰ってきた令月は、衰弱した菘の姿を目の当たりにし、娘の目の前ということも忘れて激しく狼狽した。肩で息をするほど荒い呼吸をしている彼女を、彼は初めて見る。だが、異常なことだけは感じ取ったのだ。そもそも、最近食事もろくに摂れていない。無理もない話だった。
そこで彼は、小さな手の感触に気づく。
「お願い……母上と、喧嘩しないで?」
ほとんど泣きそうな声である。菫の目には、令月が菘を責めているように映ったのやも知れない。目尻には涙が浮かんでいる。それが堪らなく辛く、悲しかった。彼にそのつもりがないからこそ、いっとう苦しく思える。心優しい彼女のことだ。いつも側で過ごしているからこそ、母親を案じているのだろう。
「俺も心配なんだよ、菫。ただ、苦しいのならそうと言って欲しかった──それだけなんだ」
──何事もなければ良いが。
そう思いながら、彼はひとつの決意を胸に酒場へと向かった。考えるのは菘のことだ。下手をすれば長く持たないだろう。行動するなら早くにした方が良いと踏んだのだ。
しかし、結果だけ言えば彼はその日の内に職を失った。
異邦人に対して辛い気風もあり、個人的な都合で休みたいという彼の言葉が癪に障ったらしい。なまじ、港で公用語をかじったのが問題だったのか、断片的で辿々(たどたど)しい言葉が却って火に油を注いだようだ。
失意に沈みながら家族の元へ戻る彼の足は重い。普段はものの数分程度の距離を、彼は一刻ほどを掛けて戻っていった。
やつれた以外は普段と変わりない菘と菫が迎える姿を見て、彼は心の中で叫ぶ。
(やめろ。……そんな顔で俺を見ないでくれ‼ お前だって、わざわざ立ってまで迎えなくても良いんだ……)
菘が杖を両手で支えて戸口で迎える。傍目には微笑ましさを覚えるだろう光景は、しかし彼に痛ましさを感じさせるだけだ。
家族に囲まれて悩みに悩んだ挙げ句、彼は覚悟を決めた。
──それは真っ当な生き方と決別する道だ。
翌日、令月は往来の中に後ろ暗い事情の在りそうな人間を見付け、路地裏にて声を掛けた。内容は、この稼業に対する知識を武器にし、稼がせて貰うというものである。彼は立ち居振る舞いから、その男が暗殺者の類いではないかと睨んでいたのだ。
ローブ姿の男は、彼を見るなり言った。
「……お前も異邦の者か」
無言の間を肯定と受け取ったのか、更に言った。言葉に蔑むような気配を滲ませて。
「止めておけ、ぽっと出のお前如きに何が──っ!?」
「何も出来なかったなあ、おい?」
男の喉笛に白刃を突き付け、黙らせたのは令月だ。人間は得意になった瞬間が最も隙だらけだと、この男も知っていた。無論警戒を怠っていない。怠るはずもないのだ。油断大敵だと、肝に銘じているからこその対応だった。にも関わらず、彼には充分以上の素養があることに戦慄すら覚えている。
背筋が凍るような瞬間。上擦った声を気取られぬようにするのも精一杯なのだ。彼とて幾年か暗殺者稼業をこなしてきたが、このような経験は初めてだったのである。
その一挙手ひとつひとつが、堅気の人間ではないことを如実に物語る。令月の目論見はまんまと成功したのだ。
「分かった、お前を迎え入れよう。ようこそ、影の世界へ」
「御託は良い。仕事をくれ」
「……ちっ。面白味に欠ける奴だな」
けして友好的とは言えぬ握手を交わす。それが暗殺者達との契約の始まりだ。
それから二日間、令月は不眠不休で依頼を受け、その悉くを即刻片付けていった。内容は殺人だ。後ろ暗い人間の誅殺から家族に対する私怨まで、動機は様々かつ多岐にわたる。この職種はある種──否、いっそ汚泥の如き感情の捌け口とも言えるだろう。
ある時は首をへし折り、ある時は夜に乗じて闇討ち。時と手段を選ばず、最適と思える方法で殺しを働いた。忍をしている者に指南を受けたからか、はたまたこの国の人間の警戒心が緩いのか。醜態を晒すことはなく、寧ろ仕事は順風満帆に運んだ。
だが、依頼人に唾を吐かれ、後ろ指を差されようとも金は必ず入った。荒稼ぎとも言える方法だったが、文句を言うどころではない。人を殺めるのに、抵抗がないと言えば嘘になる。それでも、家族の命には替えがたいのだ。
(これだけあれば、あいつらを養える。菘だって治療も受けられる。よし、待ってろよ‼)
最寄りの教会に駆け込み、両の手に持ちきれぬほどの金を持って神父に掛け合い治療を依頼する。勇み足で家族の元へ戻る令月を待っていたのは、非情の再会であった。
二連休を主に執筆に注ぎ込んでみました。
その他、ハロワの求人を見たり(在職中ですが)
充実は……してます、多分(笑)
参へ続きそうな流れとなりました。
今暫くお付き合い頂ければ嬉しいです。