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異端ノ魔剣士  作者: 如月 恭二
一章 遠い日の誓い
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出立前夜

遅くなりました。

異端の魔剣士、第四話です。


後、三題噺”最強の殺し屋“の方とこちらはリンクしてません。

設定も違うので悪しからず。

あくまでもあちらは“三題噺”です。


そして、地図の作製に伴い、場所の描写も挿入しました。

キャナル(隊商が今いる町)、ペッシ、ブランシュ、ゲールの四ヶ所です。

これで分かりやすくなったかと思います。




 「も、もう駄目……」


 「こら、シガール。 もう少しなんだから我慢なさい」


 町の広場は夜の帳が下りていた。かがり火と焚き火がもたらす灯りの中、十数人程が集まっており、その中でだらしなく石畳に寝そべっているシガールは、母にたしなめられていた。

 視線だけ動かせば、巡回中の自警団や、騎士とおぼしい人達が小さく笑っているのが目についた。

 子供心に、恥ずかしさが拭えない。

 無論、だらしない姿に注視しているのではなく、微笑ましい親子として見ているのだろうが。


 「だ、だって~!」


 そう言いながらシガールは、夕方の事を思い出していた。


 夕暮れの町中で、隊商の人間は其処此処そこここで、最後の追い込みとも言える対応をしていたのだ。思えば、心なしか接客の口調もくだけた物言いに聞こえなくもなかった。

 その様子からは、ある種の必死さが感じられた。


 「あー、お嬢さんや、その食器は幾らだい? 二つばかり貰いたいんだが」


 「一つ銅貨七枚だね」


 母の穏やかな物腰も、この時ばかりは最早別人そのものである。その所作は商魂たくましい人間のそれだ。何より、態度に余裕がない。夕時となり、客足は遠退くどころか一向に減った様子がないのも手伝ってか、客とは暫くこのようなやり取りが続く。


 「高いなぁ、も少し安くならないかい?」


 「何言ってるんだい、仕入れは銅貨五枚だよ!?」


 「商売上手だねぇ、まったく……はいよ、銅貨十と四枚だ」


 「シガール、そのあおの食器二つおくれ!」


 「……は、はーい」


 掠れた声でシガールは返事をする。もはや、疲労の色は隠しおおせるところではなかった。シガールは勿論、同じように母や父の声も掠れ気味であった。

 なまじ食料品も扱って居るだけに、日が傾く程に客足は増えていく有り様なのだ、子供の体力では心許ないのは仕方のないことだ。

 そんなシガール達の疲労と心労などお構い無しに、お客達はやって来て目的の品を告げる。


 「姐さん、そこの燻製を五つばかり貰えるかね?」


 「あなた、燻製五つ出して」


 「分かった」


 「ひぇええ、会合迄は後少しだってのに、まだお客さん一杯居るよ~!」


 「シガールったら……もう、ぼやかないの。 後少しだからこそ頑張るのよ、いい?」


 ぴしゃりと言い切った母の言葉に、あの時ばかりはがっくりと肩を落とすシガールであった。


 子供すらも人手の内に入れないと──頭数にしても忙殺されたのだが──それほど迄に大変だったのだ。

 今思い出しても、シガールはげんなりしてしまう。

 正直もう沢山だった。


 「あれだけ働かされれば少し位休みたくもなるよ」


 「まぁ、シガールったら……あなたみたいな事を言い出して」


 「ちょっと待て、それってどういう意味だ?」


 ちらりと横目で覗き込まれたソレイユが、母──リュンヌに抗議する。

 非難じみた視線を投げ掛け、前言の撤回を求めている。


 「そのままの意味ですよ」


 「なんだよそれ。 納得いかないな……」


 「覚えてらっしゃいませんか?」


 「……?」


 「『これだけ働いたんだから、少し位酒を飲みたくもなる』──先程もそう言いましたよね、あなた?」


 「そ、そんなこと言ったかなぁ……俺」


 半眼で父をめ付けるリュンヌ。

 母の笑顔の裏に隠された圧力でたじろぐ父に、シガールは可笑しくなって笑う。

 それを見ていた数人が「お熱いこったなぁ、お二人さん」と茶化すが、ソレイユが鋭い眼光をもって黙らせた。

 そして、何かを思い出したかの様に、あっと言ったかと思うと早口で捲し立てた。


 「そうだ、シガールまた今度剣を教えてやるからな。 前から言ってたろ? ま、さわりのところだけだが──」


 それを聞くや、リュンヌの整った顔が引きる。見れば、こめかみには青筋も立っていた。


 「あなた? まだお話は終わっていませんよね?」


 「悪い。 堪忍してくれ……」


 まるで子供の様に萎縮する父に、シガールが苦笑いをした瞬間──


 「……おほん。 さて、皆の衆。 全員集まったかの!?」


 よく通る声が響き、広場に集う全員の目が声の主へと移る。視線の先には禿頭とくとうで、粗野と言う言葉がぴったりな壮年の男が居た。一見すると山賊の頭にしか見えないが、彼こそが隊商に於ける隊長を担って居る男だ。登場の際の言葉からも見た目とは違い、理知的な人間である事が伺えた。

 各自が確認に了解の意思を示し、返事をすると熱を持って語り始める。


 「さて、今月も移動の時期と相成った。 都合の良いことに、暑い季節も鳴りを潜めつつある。 今回は諸君らにも先日通達した通り、今回は北方の町──ゲールへ向かう手筈と成っておる」


 それを聞き、皆一様に頷く。

 以前、この隊商が幾度か仕事をしたことの有る町で、隊商の人間にとって馴染み有る場所である。会合に参加している幾人かは、町の名前を聞くに及び既に姿勢を崩し始める。慣れた光景なのか、彼は気にも留めず続ける。


 「……さて、水の確保であるが、前年通った道程みちのりをなぞる形を取り、ペッシ、そしてブランシュの村に立ち寄ろうと計画しておる。停泊場所等については、先日渡した羊皮紙にて確認せよ。尚、先方に対しての話は既に通してある。 ……ここまでで、何か質問は有るかの?」


 少しの間沈黙が流れる。こう見えてこの男性、中々に神経質で計画性も高い。ペッシ、ブランシュは共に湧水の豊富な農村である。現在地であるこの町──キャナルからの距離もそれぞれ北東へ三〇里とそれなりだが、遠方という程でもない。ゲールに至っても同様で、最寄りのブランシュから、北東へおおよそ三〇里というところだ。勿論、中継地はもうひとつあるのだが、今回の道のりは普段と若干異なるものだったのか、場所の名前に聞き覚えはない。

 荷重という枷がある以上、山道や荒野を走破し一二〇里も移動することは無謀だ。ラバがいかに頑健とは言え、一度で潰すようなものだからということがある。なんせろくに舗装すらされていない道を行くのだから当然のことだ。今回もそんな厳しい道程を考慮された堅実な計画を思わせる。

 経験も有るだろうが、それをおごることのない采配である。


 「……ふむ。 では、護衛要員の紹介といこう。 皆さん、もう宜しいですぞ!」


 すると数名の剣士然とした装いの男達が、近くから歩み寄る。

 ──成る程、騎士や自警団の人間だけではなかった様だ。

 先程生暖かい様な視線を向けてきた人も入っている。

 前回の時と比較して違う点は、知らない顔だらけだということだ。だが護衛の人間とて隊商と同じく移動をし、移動先で仕事を請け負うため、そこから更に遠出をすることもある。現に前回依頼した護衛とは、この町で別れている。

 知らない顔を眺めながら、シガールはそこまで思い出していた。


 「皆さん、お初にお目に掛かります。 私はヴェルチュ、護衛同業者ギルドの者で、此度こたびの指揮を執らせて頂く事になりました。 宜しくお願いします」


 騎士と言っても遜色のない好青年が爽やかに名乗り出ると同時、八名がヴェルチュの横に出る。

 そして、次に副指揮官たる男──バルバールが紹介された。

 しかし、彼が纏う雰囲気は無愛想な野武士が良いところだ。本人が聞けば怒りそうではあるが、一見した所は野蛮人が最も正解に近いだろう。失礼な話だが、「……どうも」とぶっきらぼうに一言挨拶をしただけである。正直なところ、対人関係が不安なこの人に副官が勤まるのか疑問であった。

 その後、大して変わり映え無く順繰りに紹介は為され、程無くして終わりを迎えるのだった。









 「ふああぁ、終わった終わった~」


 「そうね、そろそろ寝なくてはね……シガール」


 「お義父さんの話、言わんとする事は分かるんだがな……」


 シガールは解散後、欠伸混じりに言うと大きく伸びをした。

 両親の顔にも疲労の気配が感じられた。何時ものやり取りに覇気が無い事から、それとなく理解した。だが、それも無理からぬ事だろう。護衛要員の紹介の後、恒例とも言える祖父の長話、もとい演説が有ったためだ。

 曰く、


 「さて、良いかね諸君。 我らはより良い商品を仕入れ、お客様に良い物を提供する義務が有る。 しかし、それだけに拘泥していて良いのか? 答えは否だ。 温かい笑顔と気持ち有ってこその我等商人なのだ。 そも、商人とはなんぞや──」


 ──云々。

 話が終わった頃には、町は眠りに就いていた。聞こえてくるのはそよ風と、それに撫でられる草いきれの音だ。正午の鐘がなってから、おおよそ半日が経過していると思われた。

 出立が昼頃である事はこのような事態を考えての事なのだろうが、なんと言うか、その気を遣うべき場所を履き違えている気がする。


 「あ、シガール……」


 「マジー姉ちゃん、こんばんは」


 そんな事を考えていると、向かい側からマジーとマジーの母親がやって来た。

 彼女は既に寝間着姿であった。若干目が薄ぼんやりとしている所をみるに、就寝する所だったのだろう。


 「ふふっ、寝ぼけてるんじゃないの? 『こんばんは』って、アンタと私は、ついさっきまで一緒に会合してたのに」


 「……くっ。 マ、マジー姉ちゃんだって、お爺ちゃんの演説中にうたた寝してたじゃないか?」


「そ、それは。 そ、その、お母さんが、休んでなさいって言ってくれたからであって……」


 負けじと指摘をするや、赤面してわたわたと狼狽えるマジーに、シガールは不覚にもときめいた。恐らくは思考もまとまってはいないのだろう。

 しかし、しっかり者のこうした側面はみている者に安堵に近い気持ちを持たせる。微笑ましいと言った感じだ。


 (こうして見ると可愛いな、マジー姉ちゃん。 普段は怒ってばかりなのに……)


 「──おや、まだお休みでなかったので?」


 その時、ふと横合いから護衛団の二人が現れる。

 長身痩躯の男性はリュゼと名乗り、隣の屈強そうな戦士はアヴァールとか言った筈だ。二人とも革をなめして造られた革鎧を身に纏い、剣帯から金属音を鳴らす。

 話し掛けてきたのは、リュゼの方だ。


 「いや、これから休む所でしてな。 長話で退屈でしたでしょう?」


 「いえ、商人たるもの心構えも必要でしょう。 接客から仕入れまで、色々と大変でしょう? どうかお早めにお休み下さい」


 父とリュゼは社交辞令を交わし、簡単な話をしてから、「では明日」と言って互いに背を向ける。


 「……?」


 その時シガールは、視線の端に映るマジーの様子が若干妙な事に気が付く。

 寒いのか、自らの身体を腕で抱き寄せる様にして身を縮こめていた。心なしか、顔色も優れない様に感じられた。


 (今日は涼しい位で、全然寒くはないけど……)


 季節的には夏が過ぎて秋に差し掛かってこそいるが、若干肌寒い程度の気温である。そこまで寒いとは考えづらい。

 寝間着とはいえ、しっかり着込んでるし、もしかすると体調を崩したのかもな。後で話してみようかな。考え込んでしまう。普段から叱責されていても、気掛かりで仕方なかったのだ。


 「シガール、どうしたの?」


 シガールがそこまで考えた所で母の声が上から降ってくる。


 「えっ? ……あ、いや、なんでもないよ」


 変な子と言って微笑むと、母は父、シガールと手を繋ぎ本日の寝床となる宿へと歩んで行く。


 「さぁ、明日は早いぞ? 寝坊しないようにな、シガール」


 「──それを貴方が言えて?」


 すかさず追及されて呻くソレイユに親子でクスリと笑い、彼もまたそれにつられて苦笑する。

 そのずっと後方、リュゼとアヴァールは幸せな親子に背を向けながら、一筋の光明すら射し込まぬ様な闇夜の中──いやらしく、下品に口角を吊り上げていた。














キャナルから北東へ三〇里が、ペッシ。

ペッシからこれまた北東へ三〇里が、ブランシュ。

ブランシュから更に北東へ三〇里行ったところがゲールの町となっています。

さらに中継地をひとつ挟みますが、初めて聞いたということにしました。(2018.1.19追記)



ちょっとストーリーの関係から距離を改善しました。

分からない人は挙手──じゃなかった、意見を下さい(笑)

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