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異端ノ魔剣士  作者: 如月 恭二
二章 異国之剣客
35/120

索敵

遅くなりました。

元々この話は、二話分の長さを予定していました。つまり、大体六~七○○○字程度の想定でした。

しかし、更新が遅くなってしまうので、今回は敢えて一話完結の形にしました。


遅くなりましたが、宜しくお願いします‼



 翌日、昼頃になって赤雷たちは行動の方針を決めて街中へと出向いている。人が(まば)らである雑踏のように映るが、それは通行人がこぞって赤雷たちを避けているからだ。昨日の酒場で、あわや暴力沙汰寸前というところまでやらかした件もあるのか、円を描くように空間が空いていた。


 行動開始時の想定は情報収集と妨害するだろう者の排除、ないしは撃滅。数多くの施設へ足を踏み入れることも視野に入れ、アルシュの方でも交渉を行うこととなった。赤雷とシガールは、前日同様聞き込みである。

 尚、ミシェルは診療所で待機ということだ。


 情報収集にしても、細かく決めようとしても始まらない。目的なぞ実際ないに等しい上、目標に至っても同様であるからだ。

 何せ標的の人相が割れておらず、情報を集めようにも難航しているのだ。八方塞がりと言ってもいい。

 それでも街の様子を窺い、何らかの異常を察知して対応が練られるのであれば(もう)けものである。

 また、通りから一本の路地へ入れば事情が変わる可能性もある。たとえ通りでの聞き込みが不発に終わろうと、路地裏は日雇い労働者や浮浪者などの溜まり場、ないしはねぐらとなっている。賄賂(チップ)を弾めば面白いほど饒舌になることだろう。

 そういった定石を踏まえ、再度ことに当たるという判断だ。


 「しっかし、なんだ。 ……こうも収穫がないとはどうなっている?」


 赤雷はそう言うと首を傾げる。その疑問にシガールが口を挟む。


 「そうは言っても、その人の隠蔽工作は巧妙だと思うよ。 この街で赤雷さんやアルシュ先生を出し抜いているんだ」


 そう考えるのが妥当だろう。人狩りを生業としているような赤雷と、この周辺で長らく診療所を営むアルシュ。両者の目を欺くともなれば、かなりの手練れだ。アルシュは当然ながら、赤雷にとって此度はかなり危うい綱渡りになると思われた。

 機を計らい、場合によっては暗殺も不可能ではないかもしれないのだ。


 「果たして本当にそうなんだろうか」


 間抜けた声があがるも、赤雷は構わずに続けた。


 「よそ者が来たなら即座に知れわたる街だぞ? そんな街で異邦人ただ一人。 この上なく目立つだろうよ。 それが分からないってことはどこかに匿われてると考えた方が自然だ」


 前回同様に通り付近で聞き込みをしたが、まるで手掛りがない。大通り、そして酒場は情報を集める上で欠かせない。井戸端会議だからと言って馬鹿にはできない。噂は往々にして信憑性こそ薄いが煙というのは、火のないところに立たないからだ。

 酒場にしたって、多数の人が訪れる。そんな中で目立つ背格好をしたり、変わった訛りで話す人間が居ては、分からないはずがないのだから尚更である。当然そのような人物は記憶に残り、運さえよければ聞き込み一度で事足りるのだ。


 それがまったく分からないときた。即ち、隠匿の線が濃厚になってきたということを指す。


 「くそ、先生の方が当たりか。 一旦合流して方針を練りたいところだな」


 シガールが賛同しようとした時、異変が起こる。彼の後ろを通りがかった通行人が突然倒れたのだ。そしてその首筋には深々と刺さった物がある。山鳥の羽毛を利用したのだろう風切り羽根は、放たれた矢であることを物語っていた。それを理解したシガールの動きは素早い。


 額に当たりを付け、飛来する光沢を迎撃するべく見据えていた。恐らくは(やじり)が陽光を反射しているのだろう。次の瞬間には抜き打ちを行ない、人と人との間を縫って来襲する矢を、その中ほどから叩き折る。


 「シガール、無事か!?」


 民衆の混乱が伝播(でんぱ)していく最中、赤雷の言葉でようやくシガールは戦慄から我に返った。

 先程の奇襲、それはほぼシガールの頭部を目掛けて放たれたものだ。一矢は通行人が射線上に出て、不幸にも絶命してしまっただけに過ぎない。道行く人の速さは様々である。一歩間違えば、倒れた男よろしく骸と成り果てただろう。これ以上ない完璧な奇襲だったのだ。加えて、凶器は矢である。もし毒を塗っていれば、それこそ傷ひとつで命取りだ。


 更に言うなら、咄嗟に頭部を警戒したことが功を奏した。

 寸分違わずに、矢は頭部へと吸い込まれるところであった。つまり、当たりが外れていればやはり、今頃死んでいたことになる。ひとえに運が良かったと言わざるを得ない。


 ──もし、動きが取れなかったら……。


 明確な死の恐怖が、全身を支配し身震いする。

 だが、こうしてばかりも居られないだろう。今この瞬間も、矢はつがえられている。最早一刻の猶予もない。


 「路地裏へ入れ。 振り返るな!」


 シガールと赤雷は迫り来る矢の雨を背に走る。外套を貫き、石畳に弾かれるそれらを一顧(いっこ)だにすることなく、息を切らせて懸命に逃げた。

 二区ほど抜けたところで路地裏に入ると、襲撃からは逃れられたようだった。矢が飛んでくるなどといったことはない。


 二人はそれぞれ警戒して路地裏を隠れ潜みながら、通り付近の遮蔽を観察していった。幾つかの射線をもとにひとつひとつを洗い出していく。


 しかし、敵もさるものだ。その頃には人影ひとつなかった。さほど時間が経過していないことを考えると、退却の手際から見るに素人ではない。

 どう見ても、引き際を(わきま)えているからだ。破落戸連中は、赤雷たちの劣勢に気をよくして更に追撃を掛けてくるはずである。突出したところを叩く算段だったが、その策も水泡に帰した。


 「もしかすると新興勢力か? ……だが、そんなのは聞いたことねえな」


 「でも赤雷さんのことを知らないなら、この襲撃は納得がいく」


 「……いや、そうでもないかも知れん」


 赤雷にはひとつ、嫌な心当たりがあった。

 

 「アルメ=イディオの連中ならやりかねんぞ」


 シガールは絶句する。それはある傭兵集団のことである。宿代が浮き、娼館も多いとのことでこの近隣に居を構える男達だ。

 団員の素行不良は、そこらの傭兵など比ではない荒くれ揃い。町で娘を(さら)って、肴代りに(なぶ)るなど日常茶飯事の嫌われものだ。

 過去に一度、赤雷が町民の依頼で問題の傭兵団員を二人始末したことがある。

 だが、赤雷であっても逃避に難儀したという。

 戦友というものの仲間意識は、荒くれであってもやはり変わらないようで、文字通り血眼になって下手人を探し回ったらしい。その様相たるや騎士も顔負けの徹底ぶりで、訓練された兵士のようですらあった。

 更に赤雷の見立てでは、恐らく力量はシガールと同程度。そしてそれは、けして低くないという試算である。


 「骨が折れそうだね……」


 「ああ、下手に事を構えると間違いなく死ぬな」


 何よりも危惧すべきは、多勢に無勢の状況に追い込まれた場合だ。

 集団戦闘において、実力が近い者が武器を手にして相対したとすると、その戦力差は往々にして数倍の範疇(はんちゅう)に収まらないものだ。

 寡勢のこちらが袋叩きになるのは目に見えている。当然、立ち回りには細心の注意を払わざるを得ない。

 杞憂という可能性も無くはないが、念のためアルシュにも警戒を促すべきだろう。


 「とりあえずは戻って方針を詰めよう」


 そう言って、赤雷はシガールの全身をくまなく観察して頷き、診療所の方角に向かい歩き始める。


 「今のは何、赤雷さん?」


 「シガール」


 「俺、なんかやらかした? それならそうと──」

 

 「傷はねえだろうな」


 唐突な問い掛けである。これにシガールは、少々面食らった。失敗したことを(なじ)られると思っていたからである。数瞬の間をおき、言葉を選ぶ。


 「どこにもないよ」


 「そうか」

 

 「一体なんなんだ……」


 素っ気ない言葉に、シガールは少しずつ苛立っていく。


 「次からは気を付けろよ。 襲撃が何時かも分からんからな。 遮蔽も忘れるんじゃねぇぞ」


 シガールは一瞬、ソレイユと赤雷が重なったように思えた。それはしかし即座に霧散し、足早に遠ざかるいつもの外套姿が映った。


 気遣われたという事実に、シガールは気が付かない。

 ソレイユのように、(たくま)しい(てのひら)で頭をなで回されると言ったことはない。寧ろそれは望むべくもないことだ。それでも何故だか、その言葉が無性に嬉しくて堪らなかった。


 「分かった。 俺、頑張るよ!」


 笑顔が咲く。その足取りは普段よりも幾分弾んだように感じられた。

今も昔も、戦闘の趨勢は情報戦にあり。

そして、戦争は数である、と。


不穏な風しか吹かない町で何が起こるのか、楽しんで貰えれば幸いです(笑)

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