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異端ノ魔剣士  作者: 如月 恭二
一章 遠い日の誓い
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在りし日の隊商

 「そして騎士は在らん限りの気迫を以て、自慢の大剣を魔王へと振り下ろしたのさ」


 「──っ」


 正午の町中、小ぢんまりとした広場に、これまた小ぢんまりとした人だかりが有った。

 主に子供達が集まって何事かしているようだ。

 その中に一人だけ白髪を整え、あごの下に白髭しろひげをたくわえた壮年の男性が居る。

 子供達の中心となり、大仰な身振りと熱の入った口調で子供達へと語り掛けていた。もはや芝居さながらの様相である。

 皆一様に生唾を飲んで、目の前のおきなの話に耳を傾けている。 

 何処か貫禄かんろくのある老人。その話に少年達は思わず聞き入っていた。

 何時しか彼が話す物語は佳境を通り越し、最終章クライマックスを迎えていた。

 話の内容はこうだ。暗黒の闇に覆われ、混沌とした世を正すために立ち上がる一人の騎士が、各地を巡り並み居る敵や魔物をなぎ倒し、遂には魔物達の王たる魔王を討ち果たすというものだ。

 内容としては中々に壮大で、各地を旅して仲間を集め、魔法を掛けられた白銀の鎧や聖剣を手に入れべく奔走する。様々な工夫が成されていた。聞き手を満足させるためのものだろう。

 また、好敵手である魔剣士との、手に汗握る白熱の戦闘とやり取りが繰り広げられるなど、かなり派手で豪快な物語であった。

 子供達──主に男の子達──の憧れである。

 金髪の子供達が多い中で、紺の髪色をした少年も皆と同じように耳を傾け、話の行く末を黙して見守っている。

 ──と、そこで聞き慣れた声が耳に飛び込んできた。


 「あ、居た居た。 こら、シガール! あんた、どうしてこんなところで油を売ってるのよ?」


 「……ゲッ、マジー姉ちゃん!?」


 小声でこそあったが、その声はシガールと呼ばれた少年にはしっかりと届いていた。その結果、少年の口からこぼれるのは蛙を潰した様な奇声である。

 そしてそれは相手方にもしっかりと伝わっており……


 「『ゲッ』じゃないわよ。 まったく」


 呆れたような、それでいて明らかな怒気をにじませた声で言い放ちつつ、シガールの襟首を掴む。

 周囲の子供達や老人は初めはギョッとした表情を浮かべるも、二人が見知った仲であることを察するなり、何事も無いように話を戻す。

 少女の名はマジー=プリエール。

 亜麻色の髪と、ほのかな滅紫けしむらさきの瞳が印象的な美少女だ。 ワンピース調のしとやかな服が、少女特有の美しさを助長している様だった。

 彼女は言わば、シガールの姉の様な存在であると同時に、シガールらが属する隊商の看板娘でもあった。明朗快活。少女を印象づけるとすればこの言葉だろう。

 しかし、シガールは少し……大分苦手な感が否めない人間なのだ。

 七つ年下の──マジーは今年で十三だ──シガールを苦もなく引きずり、集まりから離れていく。そして、二人だけになるや口を開く。


 「……さて、シガール。 私が何を言いたいのか、分かるわよね?」


 「えっと、あの──」


 「分かるわよね?」


 「……う」


 有無を言わさず言葉を被せる辺り、問答無用ということなのだろうとシガールは思った。

 その雰囲気に思わずたじろぎ、声すら出せない。

 そう、シガールが苦手意識を抱くのは、この石頭とでもいうべき責任感の強さともうひとつ、叱責の激しさ故である。

 普段はそうでもないのだが、いざ御使い等をさぼろうものなら即刻探しに出掛け、遂行させるべく諫言し完遂するまで離れないのだ。

 いつだったか、以前買い物をさぼった際もそうだ。周りが止めに入る程激しく叱られた事が記憶に新しい。

 恐らく今回もそうなのだろう。

 そう思うと汗が出る辺り、ある種の条件反射となってしまっているらしい。

 少年は意図せずして身が縮こまる。


 「返事は?」


 「……はい」


 「それで? ランプ用の椿油、それと蝋燭ろうそくは買ってるの、シガール」


 改めて御使いの目的を問われる。

 言われてあたふたと着物のすそ等をまさぐるシガールであった。

 しかし、少し経った辺りで思考が事の経緯に至る。


(やっべぇ……完全に忘れてた)


 思えば、買い出しに出て店の周辺にまで来ていた。何故なら、視界の端に目的の店が映ったからである。

 そこまでは良かったのだが、見付けた人だかりに吸い寄せられ、そのまま目的自体を忘れ語り部の話に現を抜かしていたのだ。いくら探したとて、目的の品がないのは当然のことだった。


 「ごめんなさい……」


 歯を食い縛り、来るべき恐怖に備える。


 「……まぁ、良いわよ。 ちょうど目の前だから、あたしも一緒に行ってあげる。 なんせシガールじゃあ不安だしね~」


 ところが、拍子抜けな程あっけらかんと答えるマジー。

 それもさることながら、冗談めかして頬をつついて来る事に驚いた。

 つい、聞かずには居られなかった。


 「……マジー姉ちゃん」


 「ん? なあに、シガール?」


 「なんか変なものでも食べたの? いやにご機嫌だけど……」


 それは最も気になっていた疑問であった。

 しかし、シガールは半眼で睨み付けられてしまう。


 「ちょっと……シガール? それってどういう意味?」


 少しばかり低くなった声音でマジーは、シガールに問い返す。

 シガールはその姿に言い知れぬ威圧感を感じ、言葉は尻すぼみになっていく。


 「え……? あ、いや、その……機嫌が良いなって思って……」


 「成る程成る程。 つまり、あたしがご機嫌なのがそんなに可笑しいって言いたいのね?」


 顔は笑顔なのだが、いかんせん目だけが据わっていた。

 ──墓穴を掘った。

 そう思うも既に遅かった。

 逃げる間もなく、両のこめかみに拳を当てられ抉り込むように押し付ける。更にその拳を不規則に回し、苦痛を増幅させる彼女の相好たるや悪鬼そのものと言えそうだ。

 その様子たるや、花も恥じらう年頃の少女とは思えぬ剣幕である。


 「こんの馬鹿たれが! 笑って許そうと思ったけど、もう許さない。 反省なさいっ! 見直したかと思えば、この悪餓鬼は~」


 「あぁあぎゃあ、痛い! 痛いよ、マジー姉ちゃん!?」


 「聞こえないわねぇ、シガール。 どうしたのよ、ほら言ってごらん」


 (お、鬼め……。 この、悪魔……いてててて!)


 痛みに苛まれながらも、心の中であらんかぎりの罵声を浴びせる。仮に聞こえたならば、この上にどんな刑罰を課すのか、想像するだに恐ろしい。

 シガールにとって恐ろしいこの体罰は、マジーが見物人の視線に気付くまで続いた。








 「う~痛い。 まだ痛むよ、マジー姉ちゃん……」


 シガールは未だひりつくこめかみをさすりながら、マジーに訴える。

 その声音が非難めいて聞こえ、マジーはそっぽを向いて言った。


 「シ、シガール、あんただって男の子でしょう? そのくらい我慢なさい」


 「……」


 その元凶が今更何を……と思わないでもないが、やはり口に出すのは辛うじて制する。言ったところで追撃を喰らうのは分かりきっているからだ。


 「あ、シガール。 皆のところに着いたわよ!」


 その言葉にシガールは毒気を抜かれてしまう。マジーが早足で歩いていくと、シガールもマジーにならい駆け出す。

 そんな二人を迎えるのは、彼らの視線の先、約一五間ほどの露店で番をしている二人の男女だった。

 店としては、食器や織物に衣服、水袋など、生活雑貨店とおぼしい品揃えである。

 男はシガールの父である、ソレイユ=デュール。商人には似つかわしくない程の偉丈夫だ。身の丈八尺あまり、用心棒と言われても納得しそうな体躯を誇っている。

 昔は傭兵稼業だと聞く。今では商人として商売を生業としているというのだから、なんとも奇妙な職歴を辿っているものだ。

 横の人物を見れば、女性の方はシガールの母──リュンヌであった。

 地味なようで居て、淡黄色の淑やかな麻服を着用しており、黒紅くろべにの長髪をなびかせている女性だ。長髪の落ち着いた雰囲気が、清楚な印象を強調している。


 「シガール、お帰り。 あら、マジーちゃんも一緒に行ってくれていたの?」


 「うん、ただいま」


 「おう、シガール。 待ちくたびれたぞ?」


 「おじさんに、おばさん。 今戻りました。 ……でもね、聞いて下さいよ。 シガールったらお使いも済ませて無いのに、店の前で油を売ってるんですよ?」


 「ちょ、ちょっとマジー姉ちゃん!」


 両親は客への愛想を振り撒きつつも、息子の帰りを歓迎する。

 だが、マジーはそんな二人にシガールの行動を包み隠すことなく暴露してしまった。


 「まあまあ、そう怒らなくても良いじゃないか、マジーちゃん。 店の前には着いていたんだろう?」


「あなた、あまり甘やかすのはよく有りませんよ? マジーちゃん、ごめんなさいね。もう……シガールったら、またサボったのね。まったく、しょうがない子なんだから。ほら、こんなときはなんて言うの?」


 母に穏やかな声でたしなめられるシガールは完全に畏縮する。なまじ怒鳴られるよりも優しくさとされることで、買い物を放り出して周りに迷惑をかけたという事実を認識し、シガール申し訳なく思う。


 「ごめんなさい。マジー姉ちゃん、父さんと母さんにも迷惑かけちゃった。気を付けるね?」


「良いのよ、シガール。 また一緒に、買い物行こうね」


 マジーは次はさぼらないのと厳めしい顔をしてから僅かに微笑む。そして、ささやかな約束をとりつける。

 こうしている分には慕いやすい姉のような、面倒見の良い少女であるのだ。ただ、シガールの立ち振舞いが問題なだけなのだ。


 「うんっ」


 「次はさぼらないのよ、いい?」


 「…………うん」


 困ったような笑顔で返事をするシガールに、皆一様に顔を綻ばせる。

 だがしかし、父であるソレイユは巨躯に似合わぬ悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべるとこう言った。


 「……さあて、シガール。 夜には会合が有る、忘れては無いだろう。 だが、居眠りするんじゃあ無いぞ?」


 「げっ。 嫌だよ、だってお爺ちゃんの話って長いんだもん!」


 「な、最高だろ?」


 それを聞くや、思わず皆吹き出して、声を上げて朗らかに笑う。

 商隊の一日はかくも平和で、豊かで笑いの絶えない、愉快なものである。

 破滅が訪れるとは誰一人、夢にも思わず──今日もまた、隊商は変わらずに商いをするのだった。



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