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異端ノ魔剣士  作者: 如月 恭二
一章 遠い日の誓い
25/120

閑話 弐

閑話、第二部開幕。

これで一章は全て終了です。



 「……う、ん」


 覚醒を億劫(おっくう)に思いながら、(まぶた)を開く。

 寝具を剥ぐと、この時期特有の肌寒さに身を震わせる。ついでに欠伸(あくび)と共に伸びをひとつすると、周りを確認した。

 赤雷が姿を消して二十日あまり。近頃はそれが、シガールの日課となっている。だが、狭い室内を見渡すのもほんの数秒間で事足りる。落胆し、大きく嘆息する。

 ──今日も彼は、居なかった。

 目につくものはない──強いて言えば、同衾(どうきん)している赤毛の少女くらいのものだ。

 数秒の間をおき、思考が鮮明になっていく中で少女の姿は僅かに浮いてくる。

 意味が分からなかった。そもそも半ば寝惚けて鈍った思考では状況把握なぞ出来ようはずもない。

 ようやく当惑が声となり、事象に対して反応する。間の抜けた声だ。


 「──へ?」


 「……んっ、んぅ」


 夢ではないかと、おもむろに頬をつねる──痛い。

 寝息を立てて(なまめ)かしい声を漏らす少女が幻ではないことを如実に物語る。意味が分からなかった。

 赤雷が姿を消して二十日あまり、少女とシガールは別々に眠っていた。少なくとも、昨日の夜に少女は隣室へ戻っていったはずだ。今こうしてシガールと寝所を共にしている訳がない。

 だが、少女の存在は夢ではない──衣擦れの音がする。

 少女の目が開き、次第に焦点が合っていく。


 「……ぁ、起きたの?」


 涼やかながらも愛嬌(あいきょう)ある声、それは始めて聞く少女の言葉だ。

 その言葉でようやく眠気から解放された身体が反応し、シガールは後ろへと飛び退く。

 だが、そこは寝台の上である。飛び退いた先は堅い床板が待ち構えている。

 刹那の浮遊感の後、後頭部に衝撃が走る。視界が白黒と明滅し、意識が飛びかける。あまりの激痛に悶えることも叶わず頭を押えて震えていると、アルシュが血相を変えて飛び込んで来る。


 「おい、シガール君、平気か!? 儂が分かるか?」


 余程の音がしたのだろう。アルシュは慌てており、明らかに狼狽(うろた)えていた。やっとのことで頷くと、アルシュが安堵の息をつく。


 「心配したぞ、まったく。 一体何が──」


 「──っ!?」


 そこまで言って、アルシュが固まる。その目は寝台の上へと向いている。つられてシガールもそちらへ視線を寄越そうとして──即座に目を伏せる。

 改めて見ると、少女の姿はほぼ半裸という有様だ。肌着一枚に、薄い脚絆(きゃはん)を着用しているが、それぞれ大きくはだけて乱れている。年は十ばかりだ思っていたが、体つきから察するにマジーと同じ位だろうと分かる。よくよく見れば分かりそうなことだ。

 彼女はシガールより頭一つ以上背が高い。これはマジーも同じだった。何よりも、膨らみかけた双丘(そうきゅう)が年頃の少女だということを物語っている。

 顔を背けたアルシュが、苦々しい顔をする。


 「……シガール君、君は将来ろくな大人に成らんな。 儂が保障する」


 「ちょっと、先生!? 俺、何にもしてませんよね!?」


 「──冗談だ、気安く笑いたまえよ」


 「俺だって驚いたんですからね……?」


 いやに自然な感じだったと感想を抱きながら、シガールは気落ちする。寝台から落下した上、いきなり不埒者(ふらちもの)扱いだ。そのような醜態をこれ以上晒すのは御免被りたい。

 命を助けて貰った恩こそあるものの、今はアルシュの笑みが憎らしいのがシガールの本音だ。


 「そうか、それもそうじゃな。 しかし、君には驚かされるな。 この子がここまで気を許すことは、儂相手でも滅多にない。 よほど君が気に入っ──うん?」


 「どうしたんで──うわっ‼」


 アルシュの方を見るシガールは、少女が寝台から降りたことに気が付かない。次の瞬間、小走りで走り寄ってきた彼女に抱き付かれる。

 注意が逸れていたシガールは、そのまま倒れ込む。悲しいかな突然のことに反応することは叶わない。

 更に悪いことに、シガールの腹に少女が(またが)がり、馬乗りの格好となる。必然的に少女を見上げるより他になく、視線は所在なさげにあちこちを彷徨(さまよ)う。目の毒であることは否定できない。


 「~~っ!?」


 シガールの困惑を知ってか知らずか、少女は口を開く。


 「この本、また読んで……?」


 「……あ、え~と、その──」


 「読んで? お願い」


 小首を傾げる様子が無邪気で可愛らしく、断るに断れない状況だ。シガールとしては、穏やかに断りたいところである。何故なら、二冊の本はそれぞれ二十はゆうに越える回数を読み聞かせているのだ。


 「あ、明日にしな──」


 「お願い」


 「……はい」


 ──マジー姉ちゃんとは違った意味で苦手だ。

 意気消沈し、腹を(くく)ったところでアルシュが呆れたような声でこう言った。


 「君は、やはりろくな大人に成らんかも知れんな。 そうじゃな……女の尻に敷かれる感じなら、そりゃあもうぴったり」


 「誤解ですってばあ!?」


 





 赤雷がシガールらの居る山村へ到着したのは、姿をくらませて一月(ひとつき)ほど経過した頃だ。その足取りは何処か覚束(おぼつか)ない。それも当然だろう。一つの品を手掛かりもなしに探し、西へ東へと奔走したのだから。

 目的の品を苦心して発見し、回収。喜び勇んで戻る最中(さなか)、野盗に出くわすこと四度。その(ことごと)くを撃退するも、休息に費やす時間は削られていた。それはつまり気を張ることによって精神を研ぎ澄ませ、常に臨戦態勢となることにある。仮眠を取るにしても、周囲の哨戒(しょうかい)や襲撃への備えは欠かせない。

 結果、傷は着実に増えていった。幾筋か入った刃傷のうち、四つはけして軽くない手傷だ。いかに烏合の衆と言えど、疲弊したところに攻められては赤雷とて堪ったものではない。

 ──恐らく、後二度襲われれば命はないところだ。

 危ないところだと、赤雷は肝を冷やす。今は出血こそ止まっているが、派手に動けばそれこそ傷が開く。

 更に出血が酷くなればなるほどに動きは鈍る。そこを突かれたが最期、赤雷もまた名もなき(むくろ)の仲間入りを果たすことに成りかねない。

 そうなれば、シガールに剣を教えられず、かけるべき言葉を掛けることは叶わないものとなる──そう、永遠に。


 (そうなることだけは、御免だ……。 シガール、お前との約束は果たす‼)


 血が乾き、にかわのようになった外套をはためかせ、赤雷は西日が照り付ける村へ侵入する。途中、荒事の気配を察知してか通りすがる村人が赤雷を避けて、或いは身構えるようにして去っていく──主に腰に吊り下げられた刀の影響であろう。そんな民草を一顧(いっこ)だにすることなく、目的の場所に着く。

 束の間高鳴る鼓動を鎮め、扉を開くと──誰も居ない。

 寝具のしわ、(すす)と果実などの混じった匂いが人の生活感を漂わせている。

 ──同じだ。あいつらが居なくなった時と、まったく同じ。

 空虚な思いが込み上げる。次いで、無力感に(さいな)まれる。脱力し、疲弊した身体が弛緩(しかん)していくのが分かる。

 (とこ)()せる妻──(すずな)の痛ましい姿が去来する。

 見殺しにした娘──(すみれ)の愛くるしい姿が(よみがえ)る。

 そして、妻も娘も居ない空間に(たたず)む赤雷自身が浮かぶ。今、この状況は赤雷の過去と狂おしいほどに符合している。


 「そうだよな。 何処にも、居ないよな……」


 一つ、諦めともとれる言葉がこぼれる。だが、返答がないはずの独白に返ってくる言葉があった。(いぶか)しむような男の声だ。


 「──誰が居らぬのじゃ?」


 振り返ると、アルシュと少女、そしてシガールの姿を認める。それぞれ手に果実や川魚などを持っている。中でもアルシュが釣り竿を肩に掛けているのが印象的だ。普段は手術器具を手にしていることの多い彼が、普通な格好をしているのは酷く違和感がある。

 だが、そんな些末(さまつ)なことはどうでも良かった。ただそこに居るだけで、赤雷は嬉しかった。

 ──違った。……良かった。

 自然に、頬が緩む。


 「どこぞのやぶ医者が居ないと思っていたんだよ」


 口を突いて出たのは、素直ではない憎まれ口だ。


 「……して、そのやぶ医者と言うのは誰じゃ?」


 「──さあな」


 それを聞き、心底意地の悪い笑みを浮かべるアルシュ。普段であれば不快に思うはずのそれは、今、不快ではない。対する言葉も柔らかになる。

 つられて、赤雷も静かに口角を上げる。


 「おい、本当にお主“あの”赤雷か? 赤雷の皮を被った偽物ではあるまいのう?」


 怪しむような気配をもって赤雷に近付くなり、アルシュは彼の頬を縦横無尽に引っ張り回す。

 痛みに耐えるが、やはり無言──とは言え、口を動かせないのだが──でアルシュを睨み付ける。

 半笑いのアルシュだが、赤雷に接近して様子見るなり顔をしかめる。


 「なっ──お主、また怪我をしよったか! これ、見せい」


 乱暴に着衣が(まく)られたことに、赤雷は目を見開き声をあげる。


 「おい、ちょっと待て──ああ、もう!?」


 (ほころ)びのある場所から遠慮なく生地が(やぶ)られた。

 そこから(うる)み、浸出液を伴った傷口が顔を出した。


 「この馬鹿者、()んでおるではないか!? まったく学習せん奴じゃのう、何度言えば分かる? 今日こそは覚悟せい、“アレ”を使ってやる」


 「……嘘だろ、勘弁してくれ」


 そう話す赤雷は脂汗を垂らして呻く。その“アレ”がよほど嫌なのだろう。

 

 「──と、言いたいところじゃが、お主に話があるそうじゃ。 後にしておいてやろう」


 「……」


 「シガール……」


 前に出るシガールは、止まったかと思うと赤雷に飛び付いた。そして動く気配はない。赤雷の腰の辺りに顔を(うず)めている。

 困り果てた赤雷がややあって言葉をかける。


 「一体、どうした……?」


 「帰って、来てくれた……」


 その意味するところが分からず、疑問に思っていると震えた声で話が続けられた。


 「怒らせた、から帰って来ないのかと、思った。 ……皆みたいに、もう二度と、会えないって……」


 聞いて、赤雷は理解した。

 シガールはこの一月もの間、それだけを気に病んでいたのだ。端から見れば空が落ちてくる心配をするような話だ。

 しかし、シガールの境遇であればこうして不安定になっても仕方がない。恐らくは、帰って来ないことも危惧(きぐ)していたことだろう。

 加えて、頼れる者は赤雷以外に誰も居なくなってしまった。既に両親は他界している。ましてやほぼ初対面の人間だ。治療という恩があるものの、会って日が浅い人間と過ごすのはさぞや肩身が狭いことだろう。

 かつて共に過ごした娘のことが脳裏をよぎる。。

 このように泣かせたこともあった。慰めようと思えば、それも可能だったが、叶わなくなった。


 (許されることじゃない。『あの時は辛かったから』だとか、言い訳しか出ねえ。『支え合う』ってのが、家族だったはずなのによ……。 そう言えば、あの頃から抱きしめてやったこともなかったっけ)


 赤雷はシガールに目線を合わせる。シガールは大粒の涙を溢して、顔をぐしゃぐしゃに(ゆが)めている。ぼろぼろの装備や服が濡れるのも構わず、赤雷はそんな彼を優しく抱きしめる。

 短く、困惑の声が漏れた。


 「……俺は、赤雷さんを怒らせて、困らせたのに……どうして?」


 「約束、しただろ? 『お前の師匠になってやる』ってな。 だから、もうそんな心配なんてしなくていいんだよ。 そして……ほら、母さんの指輪だぞ」


 銀のそれを受け取り、赤雷に思い切り抱き付くと、シガールは人目を(はばか)ることなく号泣した。強く抱き付かれた衝撃で激痛に悶えた赤雷すらも眼中になかった。

 長らく溜め込んだ感情全てを吐き出すように、今まで我慢したことを押し流すように。無垢な赤子のようにシガールは泣いた。

 

 次第に双方落ち着いた頃、それぞれは心に誓った。

 

 (あの頃までとは言わん。 せめて、もう少し可愛がってやれたら……。 もう二度と後悔をしたくはねえ……だから、こいつはたとえ何がなんでも守り通す!)

 

 ──この温もり、優しさ……。俺は、これを絶対に亡くさない。その為に、今一度誓おう。──強くなる、と。


 最後にもう一度熱く抱擁を交わし、二人はアルシュらと小屋へ戻っていった。

 去り際に手を繋いだシガールと赤雷の姿は、多少ぎこちない。


 その後ろ姿は、まさしく親子のそれだった。

因みに、今の今まで言いませんでしたが、何故こうも省略された箇所が多いかといえば……。

ひとえに私が「必要ない」と判断した表現があるからです。


例えば、

「困惑の声が漏れた」をセリフとして書き起こすと、非常に鬱陶しく思えます。

強調(!や?)の乱用と同じです。


私も完璧なんぞありません。

しかし、一応と言ってはなんですが、誤解を招かないように校正を随時行っております。

未だ誤解を招きそうな箇所もあるかと思いますが、ご理解のほどを宜しくお願いします。



最後に、この回までお付き合い頂いた方々、本当にありがとうございます。

そして、貴重な時間をどぶに捨てさせてしまって申し訳ありません‼


愛想を尽かせていませんでしたら、是非是非、二章も読んで頂きたく思います(笑)


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