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異端ノ魔剣士  作者: 如月 恭二
一章 遠い日の誓い
22/120

幼い決意

少し長くなっちゃいました(笑)

最新話、ご堪能下さいね?

 酷い吐き気と寒気、振戦がシガールを苛むこと十分あまりが経過していた。

 嫌悪感は相も変わらず、身体を震わせてやまなかった。


 (皆、俺は仇を討ったよ……? 頑張ったよ……っ!?)


 それでも、その身に刻まれた傷がシガールの意識を現実へと引き戻す。

 下腹部の傷からは、出血が続いていた。

 一時は興奮し、それが絶頂期だったために痛覚は鈍っていたが、僅かに気が緩んだせいか、今まで以上の痛みを感じさせていた。

 シガールが膝からくずおれ、慌てた赤雷が抱き止める。


 「おい、シガール!? しっかりしろ!?」


 「……あ、赤雷さん? 俺は大丈夫だよ?」


 「馬鹿、大丈夫な訳があるか!? この出血量だぞ、すぐに治療をしなければ──!?」

 

 不意に、赤雷の袖口をシガールが引っ張る。

 目を見開き、赤雷が固まるがシガールは剣を杖代わりにして立ち上がる。


 (仇は討った。 それでも、俺は……強くならなければ‼)


 目を見開いて、赤雷に向き直って願いごとを告げる。


 「お願いが有るんだ。 俺に……剣を教えてくれないかな?」

 

 「──断る」


 「なっ!?」


 だが、赤雷はそれを即答といえる早さで断った。

 シガールは驚き、目を白黒させる。


 「どうしてさ、少しでも良いから教えて欲しいんだよ!?」


 もはやすがるような思いだった。

 自分になかった物が今、目の前にある。欲するなという方が無理な話だろう。そんな願いすらも否定されれば、自身に何が残るのか。シガールは自身に何もない気がして、ただ恐怖した。

 赤雷が気まずそうに目を逸らした。

 聞き届けて貰えもしないのかと思うと、心が痛んだ。


 「俺には……もうこれしか。 これしか──無いんだよ!?」


 「……」


 内心を吐露したシガールの叫びにも、赤雷は無言を貫き、目を逸らし続いていた。

 シガールの視界が涙に歪みかけた時、若干いたたまれないような声音が耳へ飛び込んできた。


 「下がって見ていろ」


 「え……?」


 唐突に赤雷が、言葉を投げるがその意図が汲めず、呆けたような声をシガールは挙げた。

 少し待てと言われ、赤雷は手近な巨木を華麗な回し蹴りで蹴り飛ばした。赤雷は細身な身体ながら、強烈な一撃で巨木を揺らした。

 一拍遅れて木の葉が、風に揺られて舞い落ちる。

 赤雷の手には抜き身の刀が携えられ、幻想的とも言える光景が繰り広げられた。

 夕陽の照り返しを受けた刀が、妖艶にすら映り、息をするも忘れるような色香をかもした。

 ゆらりと赤雷が動き、東方より伝わる『舞』なる舞踊のように剣を振るう。

 その間に、一枚、また一枚と木の葉が軽やかに両断されてゆく。

 シガールは、その神秘に息を飲んだ。

 赤雷が刀を振るった後、両断された木の葉が二十は落ちていた。

 一方、そのまま落ちた葉の数は十五程である。

 つまり、赤雷はあの僅かな時間で半数以上の葉を斬ったということになる。


 「凄いね、赤雷さん!?」


 大したことじゃないさとぶっきらぼうに言い放つと、赤雷は咳払いをしてからこう続けた。

 

 「俺が木を蹴ってやるから、その間に舞う葉っぱを斬れ。 機会は三度だ。 一度で四枚斬ることが出来れば認めて、剣を教えてやる」


 「三度とも失敗すれば?」


 「その時は諦めるんだな。 そうなればこの先、お前に剣は教えん。 ある程度の素質は必要だからな」


 シガールは少しの間俯き、考え込むようにしていたがすぐに顔を上げた。


 「分かった、やってやるさ‼」


 (む……こいつ!? 諦める気はないのか!?)


 言っておいてなんだが、赤雷は驚愕していた。

 実際にこうしてやってみせているが、視るとそれを実行するのではまったく違ってくるのだ。

 例えば、風に揺られて舞う木の葉一つとってみてもそうだ。

 葉は物にもよるが軽く、風の影響を直に受けるため落下の軌道が読みにくいのだ。更に、風は常に一定方向に吹き付けず、多様な向きから吹くため、素人にしてみれば木の葉一枚捉えるのも至難となる。

 赤雷は、シガールの傷害具合から「諦めるだろう」と希望的観測をした。

 身を斬られ、あまつさえ剣で貫かれたのだ。大の大人でさえ痛みで動こうとしないだろうと思っていた。

 そんな推測すらも裏切り、シガールは痛みで腹を押さえてこそいるが依然、意気軒昂としている。

 しかし、痛みに耐えかねてか、その華奢きゃしゃな身体が傾いだ。


 「ぐっ……!?」


 「おい、身体は大事にしろ!? 死ぬぞ!?」


 赤雷はせっぱ詰まったように声を挙げて制止に掛かる。


 「二度も機会を、くれないような気がするから……ね」


 「……」


 その言葉に赤雷は押し黙った。図星である。

 傷のことを釈明して、なかったことにしようとしていたことが、いつの間にかシガールにそれとなく伝わったことで慄然とした。

 歯を噛み締めるが、自身の失言は取り返しが付かない。

 「なかったことにする」と言えば良いものを、赤雷は切り出すことが出来ずにいた。

 かつて自身が、己が子の意志に添ってやれなかったことが脳裏にちらついて、言い出せなかったのだ。

 この時の赤雷は、シガールを案じる想いと拒絶の意で板挟みになっていた。

 もはや頭の中は思索でごった返しており、取り留めのない問答で埋め尽くされた。

 離れた場所に移動し、赤雷は木を蹴り飛ばす。

 梢が揺れて、ほどなくして木の葉が優雅に踊る。

 シガールは頼りない足取りで赤黒く変色した長剣デモンを取って、自然体となる。赤雷の姿を模倣したのだ。今、シガールの疲れは限界であり、精神的にもかなりの疲弊をしていた。いくら模倣したところで、効果的とは程遠い状態だ。

 加えて失血はシガールの意識を、徐々にではあるが不鮮明にしていく。


 (く、ぁ……う……)

 

 踏ん張って、剣を振るう。ただそれだけのはずが、力を込めた身体が、剣に振り回される。

 十数合も振るって、ようやく一枚に切っ先が掠めただけだ。成果らしい成果はまるでなかった。


 「まだ後、二回……あるね」


 弱々しい口調で、シガールは強がりを口にする。

 今ならば、あのいけすかない医者気取りの男──アルシュ=クロワ──の言うことが痛い程分かる気がした。

 既に青白い顔をしたシガール。

 そんな子供の顔に、活き活きとした朱がないことを確認して、赤雷は深く自責し、酷く後悔した。 


 (こんなの、子供がすることじゃねぇ……。 子供は自分の幸せだけ考えていりゃ良いってのに……‼)


 「……なあ、もう止めねえか?」


 「嫌、だ……」


 赤雷は駄目で元々と思って声を掛けるも、やはりシガールの意思は固く、毛ほどの揺らぎすらもなかったのだ。

 愕然としながらも、言われるがままに木を揺らす。


 (下手をすればこの子は死ぬ……万が一の時は抱えてでも‼)


 赤雷は決意を新たにする。

 ──が、ほんの一合振ったところでシガールはどさりと倒れ伏す。

 シガールの身体は熱を失っていた。赤雷が駆け寄ると真冬の外気にさらされ続けたように、熱感がない。


 「この馬鹿野郎‼ 死んじまったら元も子もないだろうが!?」


 そうやって叫ぶ赤雷に弱々しい声が届く。

 

 「……頼むよ、後一度だけ残ってる……機会を、くれよ?」


 「……どうしてそこまでやって、お前は闘おうとする?」

 

 もう充分だ。赤雷はそう思った。

 面白おかしく暮らせば、楽しい毎日になるだろうに。

 それをこの年端もいかない子供は、自分を苦しめるような道を選び、自らがいくら傷付こうが構わず突き進もうとしている。

 止めてくれと、赤雷は正直に頼む。

 ──が、


 「……それは出来ない」


 「何故だ!?」


 シガールは頑なにそれを拒んだ。赤雷は目元を赤く腫らして尋ねる。

 神妙な顔でシガールは口を開く。


 「これは、俺の、ものだから……」


 「……」


 赤雷を見つめる顔が呆けたような色に染まり、シガールの口角は緩やかに上がる。


 「赤雷さんは、もう少し……冷たい人間だと、思ってたけどな」


 「……お前の思ってることは当たりだよ、糞餓鬼。 ──あ、おい!?」


 シガールは四肢と剣を駆使してなんとか立ち上がると、剣を構え直す。

 頭の中では、ソレイユの教えたことを思い浮かべていた。

 ソレイユの言葉が、頼もしい声が脳裏に浮かんだ。


 (確か……?)


 『ナイフってのはな、シガール。 それ自体が小振りだからって大振りしてはいけないんだ。 万一そうすれば、例えとしてお前の身を守る時、かえって隙を見せることになりかねん。 これは、剣でも同じことが言える』


 その教えとは、基本的には大振りをしないということだった。

 もしかするといけるかも知れないという希望が芽生えた。


 「馬鹿、死ぬ気か!?」


 「……頼むよ?」


 シガールの有無を言わせぬ言葉に、赤雷は不承不承といった様子で頷き、願い通りにする。

 かくして、最後の機会である。

 ──木の葉が、踊った。


 (まあ、ともあれこれが最後だ。 諦めてくれればそれで良い。 しかし、終わり次第お前は引き摺ってでも連れ戻す‼)


 赤雷がそう決意していると、シガールの剣の振るい方が変わる。


 (……うん!? こいつ……ずぶの素人だろう!?)


 それは、身体の動きを駆使し、身体と共に剣が振るわれる格好である。先程までの、力のみで振るう剣とは違っていた。

 自然と、苦痛のないかたちで振るわれる剣は、無駄のない動きで振るわれる。だが、長年剣に触れてきた赤雷は、それが基本的な動きだと分かる。

 突然変わった動きに戸惑う。

 一方、シガールは力んでも身体に手応えがなくなってきたこともある。

 そのためか、木の葉に刃が追いすがるような斬撃ではなく、木の葉にそっと刃を添え置くような小気味のよい太刀筋に変遷していく。

 シガールは木の葉の動きを視て、その動きに対してある程度の予測を立てて行動に移る。

 動きを変えたことが功を奏したのか、二枚を斬った手応えが有った。

 その頃には、木の葉は半分が舞い落ちてしまっており、次第に焦りが生じる。感覚も乏しく、斬ったか斬らぬかそれすらも判別がつかなかった。


 (……く、駄目か!? ──うっ!?)


 ところが、失血による意識の薄弱化には歯止めが効かず、寧ろ拍車を掛けていた。

 膝は笑い、猛烈な寒気で手足の感触がひどく薄れて来ていた。

 手が止まっている間にも、葉は無情にも落下していく。

 泣きそうになる。 

 自らの身体の自由が効かず、死にゆくことに対してではない。

 シガールは、ただ自身に対しての無力感に押し潰されそうだった。


 (……また、また駄目なのか!? あの時みたいなことだけは、もう──二度とごめんだ‼)


 皆が倒れる姿がちらつく。

 シガールは傾いだ身体に、あるだけの力をもってして強引に踏みとどまる。気迫だけに物を言わせた、痩せ我慢にも等しい行為であった。

 幸いにしてか、掠れかけて半ば見えない視界ながらも、朧気ながらに落ちてくる木の葉の存在を知覚できた。その数、僅か三つ。

 他に落ちてくる様子はない。

 正真正銘、これが最後の機会である。

 集中力が、極限とでも形容されうる高みへ上る。 


 (──斬る‼)


 シガールは摺り足で右側へ半歩前に出ると、落下してくると思われる空間に一度刃を据える。

 更に足を移動、息も吐く間もなく左足と右足を入れ替え、木の葉を薙ぐ。返す刀で、更に最後の葉を断ち切らんと刃を振るう。


 そして、そこで限界を迎えたシガールの身体が地に落ちる。

 落ちたと気が付いたのは、視界が横になってからだ。

 ごつごつとした地面の感触すら、今のシガールには感知できなかった。


 「この、馬鹿‼ 死んじまったら、何にもならねえだろうが!?」


 赤雷の非難じみた嗚咽混じりの声も、どこか遠くに聞こえた。


 「あれ、は……?」


 言われて赤雷は掌に五つの割れた木の葉を乗せて、シガールへ見せる。

 それは、他ならぬシガールが斬った物だ。

 何よりも、赤雷とシガールは少しだが移動して場所を変えている。赤雷が斬った物だとは思えなかった。


 「合格だ。 何より、約束は約束だ……」


 (やった……‼ これで、ひと……安心……)


 シガールの意識はそこで遠退いていく。

 赤雷がシガールの身体を抱えて何事か話し掛け、気遣う様にして移動する。

 その背中に揺られながら、意識はどこか別のことを考えていた。

 倒れゆく皆の姿を視ながら思ったこととは、地獄を覆す英雄豪傑の救済である。

 そんなシガールの心にひとつの夢が生まれる。


 (英雄なんて、居ない……。 いつか、俺が……俺が、英雄になるんだ)


 そこで意識は暗転し、シガールは安寧の闇へと堕ちた。




 シガール達が立ち退いて、すぐのことだ。

 シガールが最後に力を振り絞って木の葉を斬った場所で、それは起こった。

 四十は有ろうかという木の葉が散乱している場所で、一陣の風が吹き付ける。すると、三枚の木の葉が真っ二つに割れた。それは、斬られたことを今更思い出したかのように。

 東方の言い伝えに、こんな話がある。


 「名は無き、高名な剣士あり。彼の者の振るう剣の迅さ、他の追随を許さじ。在るとき国主の戯れにて風にそよぐ木の葉を斬ろうとせん。されど、いくら剣を振るおうとも一向に斬れず、国主の不興を買いて追放さる。追放した後、木の葉が全て二つに割るるを視る」と。


 そして、この逸話には続きが有った。


 剣士を招致した国主は剣士を賞賛する言葉を残した。

 「あまりの迅さ、斬れ味に、時を隔てて割れたのだろう。 かような者は剣士等という枠組みには収まらぬだろうて。 達人とはかく在るのだろう」、と。



 実際のところは分からない。

 あまりの鋭さ故に遅れて切れたのか、それとも一陣の風によって後押しがされたのか。

 ──真相は誰も知り得ない。

 その剣士は、行く方を眩ませたとされているからだ。


 その木の葉は誰にも知られず、再び吹きすさぶ風に巻かれて夜の森へ消えていった。

異端ノ魔剣士最新話、いかがでしたでしょうか!?

書いてて小っ恥ずかしくなるような、(いろいろと)全開なお話ですが、お楽しみ頂ければ感無量でございます‼

次回は、エピローグというか、閑話というか、そんな話を予定しています。

誰得なお話かと思いますが、読まれている方には感謝を‼


──ありがとうございました‼

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