表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異端ノ魔剣士  作者: 如月 恭二
一章 遠い日の誓い
21/120

それは正義の名の下に

それは正義の名の下に。

開幕です。

お待たせしました‼

一月かけて、ようやく最新話が完成です‼

グロシーンは少し控えめですが、不足と判断すれば増やします。

誰が得するか分からないような物語ですが、宜しくお願いします。

 シガールが目を覚ます。

 その目にまず映ったのは、黒ずんでかびた天井である。次いで自身を覆う寝具が目に入る。寝具もまたすすほこりで灰色に変色している。


 (……ここは?)


 寝ぼけたような思考だが、その内には動揺と困惑が内包されている。なにせシガールが倒れたのは森の中なのだ。記憶が正しければ、そこで意識が途絶えたはずだ。

 だというのに、シガールは寝具の上に仰向けで寝ていたのだから無理もない。


 (一体……何が? 俺は確か……?)


 そこで思い出すのは、裏切りで隊商が襲撃され、潰滅したこと。

 マジーが、リュンヌが、ソレイユが。みながいきさつはどうあれ、天に召されたこと。

 そして破滅的な悪夢。

 様々な情景が浮かんでは撹拌かくはんされ、また浮かんでは混同された。改めて考える程に、シガールは訳が分からなくなった。

 猛烈な吐き気に見舞われて、シガールは口元を押さえる。

 寝具の上で嘔吐えずく訳にもいかず、かといって我慢が出来るはずもなく、今にも開放されんとした──その時だ、


 「おっと、待つんじゃ。 もどすならこっちだ」


 声がした。低音ながらに落ち着いた声で、耳朶に優しい声だ。

 だからこそだろうか、シガールは目の前に手桶が差し出されることになんの疑問も持たなかった。

 そのままシガールは口腔に込み上げる酸味を、嗚咽と共に手桶の中に解き放つ。

 胃酸が食道をひりつかせ、口腔内は酸っぱく不快な感触で満たされた。


 「おぉ……。これはまた……よくもこんなに出たものよ」


 くすんだ白衣をまとった男が、妙なところで感嘆の声を挙げる。

 そこでようやく意識が周囲に向き、シガールは男の存在に酷く驚いた。くすんだ白衣をまとった男で、病的な程に色白の肌をしている。神経質そうに吊り上がった眉が特徴的な初老と思われる落ち着きである。

掛け布団を撥ね飛ばし、上体を起こすなり口を開く。


 「だ、誰だよ、あんた!?」


 「……うん?」


 男は少しの間顎に手をやり、首を傾げていたがすぐに柏手を打ち、シガールに近付いた。近付いた分だけシガールが下がるのもお構い無しだ。

 シガールはよろめきながらも後方へ下がり、ついに壁を背にした。


 「そう言えば、紹介を忘れておった。儂は坊主、お主を治療した人間で医者をしているアルシュ=クロワという者じゃ。ま、アルシュなりクロワなり、好きな方で呼べい」


 「あの人は?」


 「あぁ、あの偏屈者か?」


 アルシュはシガールの言葉に対し、すぐに察する。

 今自身を助けるような人間が居るとすれば赤雷だけである。

 護衛の人間は揃って敗走か、全滅したと考えるのが自然だ。その上彼らとて、野盗と剣を交えていたのだ。彼らにしてみればいかな雇用主であろうとも、自らが窮地に陥って尚他人の面倒までは見きれないのだ。


 「あれとはそこそこ長い付き合いをしておる。 腐れ縁とも言えるな。 お主のことは奴から聞いた、すべてな。 その年で皆を亡くすとは、さぞや辛かっただろうに……」


 「……何が、言いたいんだ?」


 声が震え、唇が戦慄わななく。知られたくないことだった、それが例え誰であってもだ。ことに目の前に立つような、見た目胡散臭い男に知られるのは尚更である。


 「お主のことが分かる、とは言わない。しかし、力になりたいんじゃ」


 シガールはその言葉に黙り込む。

 男の言葉は穏やかで、自然と心に染み込むような優しさに満ちていた。アルシュの優しさで、隊商の皆が幸福で穏やかだった景色が思い浮かんだ。

 何を言われて、ということではない。アルシュの雰囲気、そして口調からごく当たり前のように想起されたものだ。

 だが、そんなささやかな幸せの幻想も今や色を失っていた。

 ──皆が、死んだ。

 運良く英雄が、豪傑が通りかかれば。

 裏切りがなければ。

 あと少しでも、俺に力があれば。


 その想いがシガールの心を焦がし、無力感にさいなむ。

 思い出す程に心が、胸が締めつけられた。


 「あんたに……一体何が出来る? 皆、俺のせいで死んだ。 俺があの時役に立てば、強ければこんなことにはならなかった! 俺は荷物以下の、取るに足りないものなんだ!」


 「……それは違う。親は子を守るじゃろう。そして親は老いて、子は親を看るようになる。だからお主はきっと、愛されていたんだと思う。そうでなければ、今頃お主はここに立っておらん」


 内心を吐露したシガールに、アルシュは子をあやすように温かな言葉をかける。

 しかし、シガールはその温もりを享受しようとするも、すぐに頭を振る。

 

 「違う……俺が、俺が……うっ!?」


 「これ、怪我人が無理をするでない」


 下腹部に鈍痛が走り、シガールは腹を押さえてうずくまる。それを認めるや、アルシュが「それ見たことか」と言わんばかりに一反の布を引っ張り出し、患部にあてがうそれを替えに掛かる。

 手つきは素早く、痛みを感じる暇もない。荒くもなく、弱くもなく、慎重かつ大胆な手際である。


 「まったく、無茶をしよる。お主は自分が怪我人だということを、もう少しばかり自覚するべきじゃな。若いときの無謀は買ってでもしろ、とは言うが場合にも拠りけりじゃぞ?」


 一通りの処置を終えるなり、アルシュは頬を緩めて呵々と笑う。

 久方振りに人の温もりに触れた気がした。本当に、いつ以来か分からない程だ。まるで何年も日陰の中を歩いて日向に到達した様な、安堵ともとれる不思議な感覚にシガールはただ戸惑った。


 (あぁ……この感覚は、みんなが生きていたときみたいだ)


 シガールにはただ、優しさが嬉しかった。

 血の繋りも無ければ、絆も無い。より突き詰めて言うならまったくの赤の他人である。

 だが、敢えてその親愛を言葉にするなら、隣人愛とでも言おうか。

 医者であるということを加味してもいざという時には頼りに出来ない、吹けば飛ぶ様な安っぽい関係だ。

 それでも、その僅かな温もりがシガールの心に穿うがたれた穴を優しく包み込む。毒のように、けれども薬のように。


 「…………俺は」


 「──良いかシガール君。 あれは誰のせいでもない。 お主自身を責めることは誰も望んでおらん、無論主の家族も。 だから、苦しむことはないのじゃぞ」


 「……ない」


 「なんじゃ?」


 「……そんなこと出来ない」


 唐突に声を挙げるシガール。けれどもアルシュの態度に変化はない。否、その人好きのする柔和な顔にごく僅かな憂いを帯びている。

 シガールは、まだろくに知らない言葉を駆使して、必死に語る。

 皆が死んだのは、自身に力がなかったことが原因なのだと。

 自身に力さえ有れば、きっと皆を守り抜くことが叶っただろうとも。そう語るシガールの眼には、およそ迷いというものがなかった。

 つい先程まで失意に沈んでいた者とは別人のように、瞳に爛々ときらめく光が灯っていた。

 

 (この年頃で、一体なんという眼をしておる……。きょうびこれ程の眼をした者なぞ、あの塵溜ごみだめにもおらぬぞ?)


 表面上は優しい笑顔を湛えるアルシュだが、シガールの眼を観察してからは、胸のうちで大いに動揺し、また恐怖していた。

 静かなのだ。

 最初のうちこそ取り乱し、悪夢にうなされていたというのに、今では半狂乱に叫ぶ訳でもなく、ただ静かにその思考を言葉足らずながらも伝える。かつてこれ程に、アルシュが狼狽ろうばいしたことはなかった。

 自慢ではないが、アルシュが本拠を置く場所はひいき目で見ても治安がよろしくない。そんな場所で、アルシュは様々な人間模様を目の当たりにしてきた。それと同等な程、多種多様な人間を診てきたものだ。

 すぐに激昂する者。

 理知的だが、根は残忍かつ狡猾な者。

 廃人を装う、賢者など。

 そんなアルシュの観察眼を以てしても、シガールの様な人間は今まで類をみなかった。

 地獄を見ながらも尚、泰然と佇むような姿は異常極まりなかった。

 大抵の場合、このような身の上をした者は遠からず廃人になるか、そうでなくとも自刃ないしは身投げをする。

 自責の念にかられて地獄に苦しみ、無力感に苛まれながらも、けして自分を見失わない精神性は最早異常である。話を聞く限りでは、シガールは発狂しかねない凄絶な境遇におかれたのだという。

 酷い話だが、アルシュにすればシガールが発狂していた方がまだマシだった。それならば時間をかけての療養で記憶の風化が期待できるためだ。この分では療養の効果が一体どれ程の成果をあげるかは不透明でもある。

 噴火寸前の火口を覗き込むような心境のまま、アルシュはシガールが語るに任せていた。

 そんな時、建て付けの悪い扉が耳障りな音をあげて開く。


 「……む、シガール。 目を覚ましたか!?」


 赤雷である。

 心なしかその声は弾み僅かに顔が綻んでいたが、じきに冷たい表情へ戻る。


 「あ……その、赤雷さんありがとう、ございました……」


 良いってことよとぶっきらぼうに返し、若干アルシュが顔をひきつらせる。足下にすがり付く少女がぴくりと震えたのが分かった。


 「シガール、少し外へ出るぞ。こんな小汚ない場所じゃ息が詰まるだろう?」


 言い終わるが否や、アルシュが非難じみた口調で赤雷に詰め寄る。胡散臭げな印象は、鳴りを潜めているようだ。


 「おい、何を考えている。この子は──」


 「あんたに関係はないだろ、先生。これは、こいつ自身が決めることで、それを決める権利がある」


 それを聞き、アルシュは内心でため息をひとつ吐き、沈黙する。

 有無を言わせぬ物言いは、「黙れ」と言外に含ませていることに他ならない。それは長年赤雷と関わり知った、この男の悪癖であることを認識している。

 加えて顔色をうかがうに、頑として譲りそうにもない。今までにしたってそうなのだ。こう言い出したら最後、聞かないのが赤雷のもつ人間性であることをアルシュは知っている。

 沈黙を了解と受け取った赤雷は、踵を返し扉に手をかけてシガールに同伴を促す。

 状況が呑み込めないシガールの背をやや乱暴に押し、外へ追いやると自身もまた外へ出ていこうと扉の向こうへ消えていく。


 「そういうわけだ、ちょっとこいつは借りるぜ先生」


 去り際にそう言い残し、赤雷は夕闇へと赴いた。

 後にはアルシュとそばかすの少女が残された。


 「……ん」


 「何じゃ、どうした? ──あぁ」


 少女は言葉を上手く表現出来ない様で、アルシュの服を何度か優しく引っ張る。それに対してアルシュは慣れたように穏やかな声で聞いた。

 少女の物憂げな顔と目で、瞬時に語りたいことを察する。まさに阿吽の呼吸である。

 

 「そうじゃな。赤雷め……己がいっとう酷なことをしとると何故気付かぬ」


 アルシュは、シガールと呼ばれる少年に憐憫れんびんと一抹の不安を抱きつつ、彼の心身の無事を祈らずには居られなかった。

 帰ってきたらきつく灸を据えてやらねば。

 アルシュは静かにそう誓い、皿の上に盛った薬草に手を付けた。









 赤雷はシガールを伴い、夕闇に染まる林を歩む。

 雨が降ったのか、地面はやや泥濘ぬかるみ足に絡み付く。そうした地形に慣れているのか、赤雷の足はシガールを置いていく。

 その都度赤雷はシガールが追い付いてくるのを待つ。

 息を切らせたシガールだが、下腹部は相変わらず鈍痛を訴える。それどころか徐々に痛みの度合いは増して来ていた。

 患部を覆う布が創部より流れた血に染み、じんわりとした不快感に苛まれていた。その状態を知るに、どうやら傷が開いたらしい。

 シガールは知らぬ事だが、意識を取り戻さなかった期間は実に四日間にわたる。ある程度の治癒はしているが負傷時と大差ないのが実状であり、傷が開くことは自明の理だったのだ。


 (病みあがり、なんだけどな……)


 言葉を話すのも億劫おっくうだった。

 二度命を救われた恩もある。そのこともあってか、シガールに口を開かせるのを躊躇ためらわせていた。

 ものの半刻も歩いていないというのに、一刻以上の時を移動したような疲労と倦怠感がシガールを襲った。


 「おい、シガール。着いたぞ」


 「うわ……なんだよ、もう」


 傷の箇所に気をとられ、唐突に立ち止まる赤雷に危うくぶつかりそうになる。

 そして、赤雷の横から顔を覗かせて前の様子を窺う。

 その目に映ったのはおよそ想像もしていなかったような光景だ。樹木に一人の人間が縄で縛り付けられていたのだ。

 シガールは驚きながらも、その人物の風貌にまったく見覚えがない訳でもないことに疑問を感じていた。

 痩せた体躯で、俯いては居るが頬はけており一見神経質そうな男である事が分かった。いっとう目を引いたのが男の装いである。男は革をなめして作られた革鎧に身を包んでいる。

 その外見に目が行ったとき、シガールは「あっ」と声を挙げる。


 「こいつ、もしかして……皆を襲った奴等の一人?」


 答えを求めて赤雷を見上げると、赤雷は静かに頷いた。

 それを知った瞬間、シガールは心が弾んだ。

 皆を死に追いやった人間が無事なことに──ではない。

 自身の手に掛けられると知り、本人も無自覚のうちに心が踊ったのだ。

 赤雷にすら悟られない程度、それもほんの僅かだがシガールの口角がにぃ、と吊り上がる。それすなわち心よりの歓喜に相違なかった。

 

 「……誰だ?」


 がらがらとした耳障りな声だが、シガールはその声を知っていた。そして思い出した。

 出立の前夜、シガール親子らに挨拶回りをしていたアヴァールと、その相方のリュゼなる人物である。


 「あんたが皆を……」


 「──!?」


 その言葉は押し殺したような、籠った低い声音だ。

 それに反応しリュゼは声の方へと顔を向け、シガールを認めるなり凍り付く。それこそ間近で、亡霊や幽霊でも見付けたような顔だった。

 

 「ほら、こいつを忘れてるぞ?」


 赤雷が布にくるまれた棒状の物をシガールへと放る。

 やや危なっかしく受け取って布をめくると、鞘に収まったソレイユの愛剣が顔を覗かせた。


 (仇を討てるということか!?)


 知らず、シガールは内心ほころび、同時に恐怖もしていた。

 それとなくやり取りの内容を察知したのか、リュゼがわめいた。


 「おい、あんた!? 俺を殺せば困るんだろう!? そこの危険な餓鬼を止めてくれよ!?」


 「安心しろ、お前の身柄は『生死不問』だとさ。 こいつにも仇討ちの機会が有って然るべきだろう? 何せそれほどの事を、お前達はやってのけたんだ。 甘んじて受けるのが大人だろう? ……よって、骨は拾わん、慈悲もない」


 「貴様、狂ってやがる……!」


 リュゼは蒼白になる。ともすれば助命の嘆願であるが、それはにべもなく一蹴された。

 この時リュゼは既に、赤雷の裏をかく策を五つ程巡らせていた。しかし、「死んでも構わん」ということになれば策も意味を成さない。詰みだけは何としても阻止したいと、無意識にリュゼは躍起になっていた。

 わらにもすがる思いで、リュゼは前に立つシガールへ声を掛ける。


 「なあ、君!? こんなのおかしいとは思わないか!?」


 「……」


 「だってこんなの、卑怯だろ? 君もそう思うだろう? 騎士がこんなのを聞けば、きっと黙っちゃ居ないぜ?」


 リュゼの言葉を初めから全て流そうとシガールは決めていた。

 しかし、ある単語が幾度も反芻リフレインした。

 ひとつは、『卑怯』という言葉だ。

 確かにこのやり方は姑息だろう。手も足も出せない人間を一方的になぶり殺しにしようとしているのだから、卑怯には違いない。

 そしてシガールはお伽噺とぎばなしである『白銀の騎士』、そして『騎士』に憧れている。


 清廉にして潔白。何時いかなる時も正々堂々と、真っ正直から敵を叩き伏せる、そんな理想の騎士に──。

 その憧憬(どうけい)は、もはやある種の崇拝(すうはい)に近かった。

 だが、その憧憬もやがてすぐに熱を失う。

 思い出したのだ。

 窮地に陥り、心の中で何度も「この状況を覆してほしい」と何度も願ったことを。かくしてそれは叶わず、家族や仲間が無惨な死を迎えたことを。

 加えて、リュゼ達は騙し討ちという形で隊商を潰滅させたのだ。

 大義名分は充分だ。

 これは『正義』なのだ。


 (何が“卑怯”だ、何が“騎士”だ。 そんなの、都合が良いときだけしか使わない癖に!?)


 様々な罵倒の言葉が脳髄をぐちゃぐちゃに掻き回す。

 皆が倒れ行く情景が浮かんでは消え、浮かんでは消えていく。最後にマジーの悲痛な叫びとその末路が浮かび、激情はとうとう限界を越えた。


 「あんた、十代の女の子を知ってるだろう?」


 怒りの篭った、凍てつくような低音でシガールは尋ねた。リュゼの全身が総毛立つ。

 

 「姉ちゃんはな、震えて、泣きながら死んでいった。なあ、あんただけ見逃してもらおうだなんて、虫がいいとは思わないか?」


 「──!?」


 リュゼは絶句した。

 選択を間違えたどころではない。それは最悪の選択であった。

 幼さ故の正義感を利用し、あわよくば永らえる腹づもりだったが、リュゼはシガールを完全に見くびっていたことに気が付いた。


 「おい、嘘……だろう? 俺を、殺しはしない、よな?」


 そうして問い掛けるリュゼの目を僅かに観察し、シガールは幼いながらも確信した。そこに有るのは純然たる救済の願いではなく、ただ他者を蹴落とす為の冷徹な光があるだけだということを。

 シガールは力のある声で、言葉を紡ぐ。それは彼の愛するお伽噺の台詞であった。


 「今ここに、お前を断罪せん」


 それはいにしえより語られる英雄譚。かつて魔王と、それに抗い剣を取り立ち上がった一人の騎士の物語。かの物語で、魔王を討ち果たす際に、騎士が呟いたとされる一言だ。


 しかしてシガールの手に取る剣は、怯えと恐怖に彩られ、心も竦みかけてはいるけども。

 心は、心だけは正義に殉ずる騎士のようにと、震えと怯えを抑え込む。


 「いざ覚悟!」


 「待て……ぐ、あぁああ!」


 剣を握っているシガールだが腰は引けており、それでもリュゼに避ける手立てはない。

 肩口に刃が食い込み、血が噴き出す。それもなまじ浅いだけに、リュゼの苦痛は長引いた。

 あがる悲鳴に、歯を食い縛る。


 「あぁあああ!」


 それも、僅かな効果しか持ち得なかった。

 シガールも悲鳴のような声を挙げ、手元すらろくに確認もせず滅茶苦茶に剣を振るう。

 

 「おい。 おい、シガール落ち着け!?」


 「──ひっ!?」


 何時までそうしていたか、赤雷がシガールの腕を横からむず、と掴む。その顔は真摯(しんし)であったが、シガールへ向けて静かに首を横に振っている。

 永遠にも等しい間剣を振るっていた気もするし、そうでもない気がした。

 そこで、前を確認して凍り付く。

 シガールはこの瞬間を、きっと死ぬまで忘れないだろう。


 「……ヴッ!?」


 シガールは口元を押さえる。

 そこには一面のあかが在った。

 かつて人だったそれは完全に沈黙し、ただの肉塊として鎮座している。

 はみ出した骨は憎らしい程に白く、亡者の手が突き出ているかのようなおぞましい想像を掻き立てる。


 そして、手に持つ得物にその緋がこびりついているのを確認し、シガールは嘔吐いた。隣で赤雷が何事か問い掛けて来るのも、今のシガールにとっては意識の外である。

 寒気と震えが酷かった。吐き気は際限なく続くようで、何度も胃液が吐き出され、その胃液で更に嘔吐は続く。

 それでも、シガールは内心で達成感のような気分に浸っていた。同時に、どこか空虚な感覚が同居している。不可思議な感慨だった。

 だが、震えがいつまで経っても止まりはしなかった。

 シガールはただ内心で、『白銀の騎士』の最後の一節をそらんじる。


 ──かくして、諸悪の根源は騎士の手により葬られ、世界はめでたく元通り。


 『白銀の騎士』。それは正義の名の下に、語り継がれる物語。

意見あればいつでも受け付けますとも‼

遅筆かつ中二病の私ですが、善処致します‼

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ