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異端ノ魔剣士  作者: 如月 恭二
一章 遠い日の誓い
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医師と殺し屋 弐

繋げれば良かったですねorz

そして私の遅筆ぶりと来たら……(泣)

正直、会話シーンは「丁寧にしよう、丁寧にしよう」と思って二度三度と言わず書き直しています。

結構荒削りですが、第二十話。仕上がりました‼

是非ご覧あれ‼

 「ひああっ、あっああああ!?」


 一軒家にシガールの声が響く。白衣の男は布団の上で喚くシガールに歩み寄る。

 そして、無言のままにそのか弱い首筋へと、男は手刀を叩き込む。

 

 「──あ、おい!?」


 赤雷の制止も甲斐はなく、シガールはばたつかせていた足をぴたりと静止させ、活気溢れる肢体を再び力なく横たえた。

 その様子を見て、男は顎に手をやる。


 「ふむ……」


 「おい、先生。 あんた医者だろうが。 いったい何してやがる!?」


 「赤雷よ、お主にはその子の容態に関して話をしたな?」


 「ああ、聞いたさ。 ……けどよ!?」


 そう聞いて、赤雷は男の話から聞いたシガールの容態を思い出す。

 傷害の程度は、剣が腹部を貫通したという割に内臓の損傷は一切なく、奇跡的だとのことだ。だが、それは男に言わせれば治療の難度が下がっただけなのだった。つまるところそれは、刃物がシガールの身体を深く傷付けたということに、なんら変わりはないことを指す。

 だが、赤雷は尚も食い下がる。

 

 「……主は、己の欠点を知っておるのか?」


 「はぐらかすなよ!?」


 「──感情的になりやすく、直情的。 そして、そうなったが最後周りが見えない。 いや、寧ろ見ないという方がよいか?」


 「……てめっ!?」


 牽制と恫喝を兼ねて、赤雷は鯉口をきる。

 男はそんな赤雷にたじろぐ様子すら見せずに、「それみたことか、微塵も進歩してはおらぬ」と泰然とした態度で背を向ける。


 「言ったはずじゃぞ、そこな餓鬼の容態。 『絶対安静』だとな」

 

 「だからって、あんたなぁ!?」


 「黙っておれ、お主は治療に関しては門外漢じゃろうが。 治療のなんたるかも知らぬ素人が……。 刃物振り回すだけで解決しないこともあろう。 だからわざわざ儂のところへ抱えてきたんじゃろうが……。さもなくば、貴様が治療をせい!」


 その言葉に赤雷は今度こそ沈黙する。

 男の言うとおりであり、自身の主張は素人の横槍であることを自省した現れでもあった。


 「……まあ、なんじゃな。 お主の心配が分からんでもない。 ちとばかり教授してやらんでもないぞ。 ……思いのほか、思い入れが強いようじゃし、の?」


 「おいこら、誰が心配してるっつったよ?」


 「つれない奴よの……。 まあ、これは主に話しておらなんだが、“コカノキ”なる物を知っておるか?」


 コカノキとは、歓楽街の暗部で密かに出回っていると噂される薬物、そしてその原料となる樹木の事だ。

 噂だけではない。赤雷は現に出回っている代物を目にしたこともある。加えて言うなら、その薬物がもたらす副作用をも知っていた。一時の快楽を求めて服用する人間が、貧民窟ひんみんくつには掃いて捨てるほど居る。知らないはずもない。

 酷くなると幻覚や、重篤じゅうとくな禁断症状などをみせる、文字通り使用者を破滅に追い込む危険物品である。いにしえより伝承にて示される《魔剣》なるものと比較しても、口伝にて伝わる《魔剣》の方が幾分ましではなかろうかと、赤雷は常々考えていた。

 そして、この手の話が引き合いに出されたということは、この話がけして無関係ではないことを指す。

 

 「まさかあんた、こいつにそれを?」


 赤雷が剣呑な気配を纏い、男は両手でそれを制する。


 「話は最後まで聞けい、今は処置の話じゃて。 さて話を戻すとな、“それ”はあくまでも麻酔に使ったのよ。 流石に身を縫うということゆえな、痛みを和らげずに縫うのは忍びないと思うての。 ……問題はここからでの、この子を眠らせた薬草なのじゃが──」


 そう言って男はすそから、どこにでもありそうな植物の根と球根を取り出してから続けた。


 「こいつは“鹿の子草”と言ってな、生薬にも利用される物。 そうさな……お主の国で言うところの“纈草根けっそうこん”に当たるものと言えば良いかの?」


 「──いや、知らねぇな」


 「……お主、本当に“倭ノ国”の人間か?」


 赤雷の即答に、男は思わずこけた。

 「まあよいわ」と、男は体勢を立て直しつつ薬草の効能を説明する。

 男の説明は端的ながらも要点をかいつまんでいた。鹿の子草は昔ながらの薬草であり、治療の際にも用いられるものだ。主に生薬として利用されるもので、催眠作用に加えてヒステリーに対する鎮静作用を併せ持つ、効果の高い薬草である。

 ──以上が鹿の子草に関する説明だ。

 赤雷は聞き終わるが否や盛大に欠伸をかまし、無遠慮に目を擦る。


 「……で? その薬草がどうしたんだ?」


 「あのなあ……お主は人の話を聞いておるのか?」


 「いや、まあ一発殴ってはやりたいな。 その澄ました顔、ちょっとばかり腹に据えかねる」


 「はっ。 何とでも言え。 ……それにな、儂とて薬剤の分量を間違えはせなんだ。 子供を看る機会が少ないとは言え、中毒になぞさせるはずがなかろうが」


 「そうかよ……悪かったな、先生」


 赤雷は謝罪ひとつを放ち、踵を返した。朽ちかけてささくれだった扉へ手をかけて、外へ出ようとしたところで男に声を掛けられた。


 「待て」


 赤雷が男へ向き直る。額にはしわを刻み、苛立ちを微塵も隠す様子がなかった。男はそれをみるなり首を横に振る。


 「すぐ顔に出る。 とことん分かりやすいの、お主は」


 「なんだよ、先生。 まだ何かあるってのか? それともなにか? 俺を怒らせて楽しもうって魂胆か?」


 そう言う赤雷から怒気のこもった眼光が突き刺さる。

 並み大抵の人間なら彼の前に立つことすら考えないだろうが、目の前の男は毛ほどもたじろぐことはない。

 その薄汚れた色白の顔に、何処か諦めの色をにじませて言葉を投げ掛ける。


 「……率直に言うぞ。 儂はな、赤雷。 安静にさせる為に『その子が絶対に起き上がらない程度に薬を調整した』と言っておる。 恐慌なぞ起こされたら、それこそ治療の甲斐がないというものゆえな」


 「……?」


 その言葉に赤雷は釘付けになる。男の真意が測りかねたのだ。知らず、言葉は喉の奥にしまい込まれ沈黙を貫く。それが、無意識に男の言葉──その先を望むものだとは赤雷は知らなかった。

 ため息を吐き、男は「まだ分からぬか」と落胆した呟きを漏らし、こう続けた。


 「つまり、あの子はな“薬の効用をはね除けた”ということよ。 ほんの短時間とは言えまったく、驚嘆に値する力よな。 これだから人間というやつは、ままならん」


 「……」


 「お主から聞いた話だとこの子の隊商は、この子一人だけを残して潰滅したのだろう? 心中察するにあまりあるとは言うが、それにしたってこれは相当なものじゃろうて……」


 何事か言いかけるも、赤雷はやはり口を開こうとはしない。思うところがあるようだ。


 「うわ言で『許して』じゃと? 年頃の子供が呟くものではなかろうて」


 そんな男の言葉がいたく心苦しいものに聞こえた。

 「何故助けた!?」と、先ほどの言葉もある。再度、厄介極まりないという指摘に赤雷は歯噛みする。

 その言葉にとうとう赤雷は耐えきれなくなったように戸を開く。

 外へ去る直前、男の独白にも似た言葉が耳に届く。


 「なあ、赤雷よ。 いっそのこと、あの場で死なせてやってた方がこの子の幸せの為だと──そうは思わんかね?」


 次の瞬間には、荒々しく扉が締め切られる。赤雷がこれ以上の会話を望まなかったからだ。

 脳裏に先ほど男が呟いた声が反芻はんすうされた。

 それは何度も何度も、繰り返して響く。

 噛み締めるように思い出し、男へと返す言葉を探す──が、一向に見付からない。

 しかし、口をついて出てくる言葉は何一つ気の効いたものではなかった。


 「分かってる……分かってるさ」


 シガールの経験したもの。

 見て、聞いて、感じたもの。

 それらはすべて合わせるなら、まさしく一個の地獄だ。 

 その中から一人の不憫ふびんな子供を助けた。なるほど、見様みようによっては、確かにそれは正義たりえるだろう。

 だが、その地獄からただ一人だけすくい上げられて、絶望を抱かないはずがない。

 悪よりなおのこと質が悪い所業であろうことは、少し考えてみれば分かることだった。


 「……俺だって、分かってるさ」


 心の奥底で、赤雷は「これは嘘だ」と確信めいた声を聞いた気がした。

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