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異端ノ魔剣士  作者: 如月 恭二
一章 遠い日の誓い
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昼下がりの丘

 荒い息が耳朶に喧しく聞こえる。それは紛れもない彼自身の息遣いだったが、いらついている彼にとっては神経を逆撫でする雑音だ。


 (ぐっ。情けない事この上なし、だな)


 無茶をしてこの様だ。更に、要らぬ詮索から逃れる為にまたしても体力を使った。そのせいで倍加した痛みに歯を食い縛り、一層重くなった下肢を叱咤しったする。本当の意味で全力を尽くした以上仕方のない事で、断続的に発せられる激痛もまた同様だ。

 自身の衰えはもどかしさと同時に、何処か諦念にも似た感覚をもたらす。

 ──既に、おのれの身体の主ではなくなった。

 そんな答えが自然と導かれた。

 老いては波に勝てん。口をついて出たのはそんな強がりだった。


 『気持ちは常に切り替えていけ』と、そう言われたのも何時だったか。取り留めもなく思いを巡らせると、不思議と苛立ちは何処かへ消え失せる。

 そして彼は、得物を杖代わりにしてようやく小高い丘に辿たどり着くと、丘の到着部に屹立する木の横で寝転がる。

 雑草は固くなく、柔らかい絨毯じゅうたんの様に感じられた。

 そして春先の木陰の下で浴びる風は、心地よく肌を撫でていく。発汗による不快感が洗い流されていく。

 その清涼感に、彼は疲労と痛みが緩和されたような気がした。


 「良い風だ……このまま──」


 ──終わるのも悪くない。

 そう考えた時、不意に明るい声が投げ掛けられた。後方からだ。


 「あっ、居た居た!! お爺さん〜、さっきは有り難う〜!!」


 「……」


 その声を聞き後ろを振り返るなり、彼は固まり閉口した。

 彼ももはや老骨、何時朽ち果てても不思議ではない。

 自分で理解していることだけに人前で目立ちたくはないし、出来るなら他人と関わりたくもない。それが今ではこの始末だ。

 半ば自棄っぱちの行動で少女を救った。その結果が今に繋がっている。

 結局どうしようもない程に目立ってしまい、少女はこうして浮浪者そのものである老人を探し、声を掛けてきたのだろう。


 (押し寄せた観衆のお陰で逃げ出す切っ掛けが出来はしたが。 どうしてこう、人の最後に迄邪魔が入るんだろうか……)


 内心で呻きにも似た感想を漏らす。外套姿の彼には、既に身内が居ない。

 彼等は全て、形はどうあれ時間と言うものに逆らえなかった。

 そして自身もそうなのだろうと、受け入れてはいた。


 (一人で逝こうとしてたのに……。 覚悟が、鈍るじゃないか……)


 逝くことに悔いは無い。

 しかし、いざ一人となると胸に押し潰される様な痛みを覚える。

 一人は嫌だ。気が付けば、心の中で率直に訴えていた。

 だが、元はと言えば、面倒ごとになると分かって尚余計な人助けをしたのは、他ならぬ自身である。

 なるようになれだ。彼は妙なところで腹を括ることにした。


 「大丈夫、お爺さん? 凄く辛そう、顔色がなんだか青白いよ?」


 気が付けば、すぐ横で声がする。小鳥のさえずりにも似た声だ。子供特有の舌足らずな声を聞くと、何故だか不思議な安心感がする。不思議な感覚だった。

 子供なんて面倒な生き物だったと彼は思っていた為か、彼自身も驚いていた。


 (拾った餓鬼ガキの扱い一つですら手をこまねいたというのに、我ながら懲りないというか、なんというか。 そう言えば、どうして儂は見ず知らずの他人をあそこまでむきになって、助けようとしたのだろうな?)


 面倒になると分かってはいたはずなのだ。彼女を助けようとすれば、何の益もない私闘に発展する可能性に至るのが自然だ。

 しかし、そんな小さな疑念はすぐにしまい込まれる。答えてやらねば、と思い会話へ意識を向ける。


 「ははは、まぁ流石に……ごふっ、がほっ!?」


 「あぁ、大丈夫!? お薬が有るよ」


 身体の方は休めとしきりに訴えているようだ。手元を抑えて激しく咳き込むと、掌を生暖かいものが濡らした。

 直ぐ様、少女は塗り薬を取り出す。

 こちらが喀血したのが見えていたからだろうか。もしかすると、こんなみすぼらしい年寄りを気遣ったというのだろうか。

 気は引けた。素直に嬉しい気持ちが有るのは偽りようもない。 しかし、出来るだけ丁寧に断ることにした。


 「いや、身体の中が悪いんじゃよ。 塗り薬では中々に難しいやも知れんな」


 これは事実だ。思い出す限りでは医者曰く、全身病巣だらけらしい。肉腫の類とか何とかだという告知がされたことを、彼は断片的に記憶している。

 そこで最後に通告されたことは、『他の医者に看てもらえ』とのことだ。

 ──知っている。

 その断り文句は、医者が暗にさじを投げたということだ。事実そのようなやり取りは、彼が何度も目にしてきたものに相違ない。

 本当に、手の施しようがないのだ。


 「じゃあどうすれば良いのっ!?」


 「まぁまぁ、そう怒るものではないよ。可愛い顔が台無しじゃよ、お嬢ちゃん?」


 「……むう」


 そう言って頬を膨らませたかと思うと残念そうに俯いた。

 少女はフリルの付いた白いドレスを着ていた。ふわふわした様な服装は少女によく似合っていたし、雰囲気にもぴったりだ。

 風になびくブロンドの髪やドレスも、貞淑ていしゅくな雰囲気を持ちつつも絵になっている。ぱっちりと開いたさび色の瞳も柔らかい印象だ。

 目鼻だちも整っており、美少女の部類に入るだろう。

 恐らく歳の頃は、十歳前後だろう。精緻せいちな造りの人形もかくやと思わせる顔立ちである。

 ふと手元を見れば、彼女はバスケットを抱えていた。

 その沈痛な面持ちから一転して、悪戯っぽい笑みに変わると、少女はバスケットに手を突っ込んだ。

 ──かと思うと、いきなりパンを渡してきた。

 渡すと言っても勢いが良いため、突き出してきた様にしか見えない。

 唐突な行為に驚愕し、思わず少し引いてしまった。悲しき剣士の性である。節々が痛むが、顔に出すわけにもいかず頬が軽くひきつった。


 「お、おぉう!?」


 「そうだ、これ食べてみて!」


 母さんの自信作なの、と彼女は堂々と胸を張った。


 「いいのかい?」


 「お爺さんは私の命の恩人だもん! 悪いわけ無いよ〜」


 (人質になったばかりと言うのに、まるで別人だな)


 ひと安心といった風に柔らかく笑うと、礼を言って受け取り匂いを堪能してから口へ運ぶ。

 芳醇ほうじゅんな小麦の香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。生地はさくさくとしており、そのくせ中身は意外にもふんわりとしていて、こちらを飽きさせない食感だ。最近食事すらろくに摂ることができなかった彼としては、非常に有り難いものだ。身体が受け付けなかったという一因もあったのだが、少しばかり無理をして咀嚼する。

 口腔内が独特の風味で満たされ、そのどこか遠く懐かしい味に首を傾げる。

 その味は不思議で、小麦とは違った甘味と酸味が程よく主張しあっているものだ。それでいて、味がくどくはないし双方が喧嘩しない、まろやかな風味である。


 (……? この甘味は)


 「この味は一体なにかね?」


 怪訝そうにしていると、待ってましたと言わんばかりに、少女は声高らかに続けた。


 「そう、蜂蜜を生地に練り込んであるんだ。凄いでしょ!?」


 「……蜂蜜?」


 彼は単語を反芻して咀嚼する口が、手が固まる。


 「え、ちょっとお爺さん? ど、どうしたの? もしかして、美味しく無かった!?」


 すると、少女は慌てて何がまずかったのかを思案しては居たが、正確にはしどろもどろになっているようだ。せわしなく手をあわあわと振り回す様子からも、それは明白である。

 ひょっとすると、顔に出ていたのかも知れない。

 目の前の少女はまだ子供だと言うのに、彼が気の毒に思うほど人を案じ、気遣う心が感じられた。表情も、明らかに意気消沈しており目の毒だ。

 子供程に辛気臭い表情の似合わない生き物も居ない──彼はそう思った。

 賢いのも、察しが良いのも考えものである。


 (子供がそんな表情するものじゃないだろうに……)


 思い立った彼は、早々に話題を切り替えに掛かる。年長者が年下に気を遣わせるのも少し、否かなり気まずい。

 歳を取ると、このような気持ちになるのかと、内心嘆息しつつ何でもない様に続けた。


 「なあに、母親は早くに死んだが……思い出が一つ有っての。それが、パンの食べ方なのじゃよ」


 「もしかして、これが……?」


 頷きを返して、続けた。


 「あぁ、もっとも練り込むよりは、塗り込む方が主だったがね」


 感嘆したように少女は頷く。

 思い返すのも懐かしい、遠い日の記憶。

 よもやこのようなところで、忘れかけていた思い出を掘り起こそうなどと、彼は夢にも思わなかった。


 (煮込み料理は天下一品だったっけな、母さんは。 思い出したのも何かの縁かね? この子に感謝だな)


 何故かパンを焼く腕前は壊滅的であった。ところが、こと煮込み料理に関してとなると、右に出るものが居ない程だった。何故そこまで極端なのか、今思っても不思議である。


 「今度は塗ってみるのもいいかも知れんな」


 「じゃあ、今度試してみるねっ!? でも、ちょっと贅沢ぜいたくみたいだね」


 「そうかな? 美味しいと思うがね?」


 人好きのする笑みを彼は浮かべ、少女もそれに応えるように微笑みを返した。

 そこでしかし、と彼は話題を変えに掛かる。


 「しかし、お嬢ちゃん。 わしが命の恩人と言うのは分かったが、近頃は物騒じゃから、無闇に一人になったりするものではないぞ? きっと親御さんも心配しておるだろう?」


 暗に先程の事を含める様に言うと、少女は少しばかりばつが悪そうに縮こまる。

 気の毒でこそあるが、命に替えられない事なのだ。忠告はあって然るべきなのだ。苦言をていして命が助かるのなら安いものだ。


 「……あ、うん。そう、だよね……分かったよ、おじいさん。私、気を付けるね」


 「良い子じゃな……では──」


 「──あ、あのね!」


 ──親元へ帰りなさい。そう言おうとしたのだが、まだ何か有るようだ。

 少女はまるで何かを思い付いた様に声を上げる。


 「……何かね?」


 心なしか声が低くなってしまう。完全に出鼻を挫かれた気分だ。


 「……えっとね、お爺さんは悪い人じゃない気がするの。 だからこそ、その……お爺さんなら、全然平気なの」


 「へ……?」


 唐突な物言いに彼は首を傾げる。

 何が平気なのだろうか。


 「そりゃあ確かに怖かったけど、それでもなんとなく分かるの。改めて、有り難うお爺さん。ナイフのことは怖かったけど、あれはすごかったね!? もしかして、元は騎士様だったの?」


 「……ぇ」


 意外だった。

 てっきり、彼女が盾にされた際、気を引くために行った投げナイフの件が言及されるとばかり思っていたからだ。

 下手をすれば少女に当たる未来があったかもしれないだけに、気掛かりでは有ったのだ。

 話を聞くに、なにかしらの罰ないしは脅しを掛けられるのかと、ひやひやしていた。そうでなくとも、何かしら非難でもされるものだろうと思っていた。

 あの事に関しては、民衆から批判が飛んでいた気もするが、感謝や尊敬の念を込められるのは想定外だった。無論、彼にしてみれば外すとは毛ほども思わなかったのだが、そういう問題でもないのも事実だ。

 何しろ、あの時は他にいい手が浮かばなかった。最善手だと思っていたが、それが全てではない。


 しかし、少女の実直な瞳からも読み取れる事だが、その顔に浮かぶのは嘘を吐けるとは到底思えないほど真摯(しんし)な表情だ。

 もしや自分が異常なのか、と思っていた時だった。

 気が付くと少女の顔が、お互いの吐息すら確認出来そうな距離にあった。


 「……むぅ〜。お爺さん、聞いてる?」


 「あ、うぉお!?」


 いつの間にか、彼女はこちらの顔を覗き込んでいた。

 自分でも恥ずかしい程情けない声が飛び出す。いつの間にか思案にふけっていたらしい。


 「私の声、聞こえない?」


 そんな事はお構い無しに、彼女は膨れっ面で聞いてくる。


 「……あぁ、すまんの。 少しばかり考え事をしておったのよ」


 「もう……!」


 「すまんね、もう一度言ってはくれんかな?」


 「分かった、それじゃあね──」


 そして少女は僅かに間を置いてから言った。


 「お爺さんを良い人だと見込んでお願いするね。私、お話が聞きたいの。色んなお話を聞くのが大好きなんだ」


 一瞬何を言っているのか分からず、


 「そうかそうか、お話が、ね。え……」


 これで何度目かも分からない、我ながら間抜けな声を上げる。

 正面でうんうんと頷いていた少女が、がくりと体勢を崩した。

 正直申し訳無い。


 「お爺さん!?」


 「あぁ、いや……すまんかった」


 「お伽噺でも昔話でも、何でも良いからぁ!」


 「何、お伽噺?」


 「そう、お伽噺」


 小さな村や町では老人は語り部として、小さな子供達にお伽噺や昔話を聞かせる、ある種の娯楽提供を行っていた。

 吟遊詩人等も稀にその様な事を請け負い、時には詩を吟じ、語り部としても活動をする。とは言っても、詩人等に至っては村娘が主な目的ではあったのだが。

 この町もそのご多分に漏れず、老人は子供達の良き話し相手なのだろう。


 (あぁ、そう言えば通路でもそんな感じのじじいばばあが居たっけな)


 先程の、町での様子をふと思い出す。

 言われてみれば、老人が子供達に囲まれて何事か話していた気もする。馴染みのある光景だと、すぐに分からない辺り彼も年相応である。


 「それをわしに話してくれ、と?」


 少女は嬉々とした表情を浮かべ、何度も頷く。


 (武器や剣術の事を話そうと思ったなんて言えない……。そもそも、そんな話なぞあまり覚えておらなんだ)


 彼は心の中で頭を抱えた。思い出すのは比喩などではない、文字通り血のにじむ鍛練が殆んどだった。

 少女の煌めく瞳を視ると、そんな話などには引き込めないし、怖がらせる様な真似をしたという後ろめたさも有る。


 ところが、彼はお伽噺の類いなど、片手で数えられる程しか知らず、また情けのない事に思い出せなくもある。

 ことここに至って、老いるという事象を彼は少なからず恨めしく思った。


 (昔聞いたお伽噺とかなら……良いだろうか? 白銀の騎士の話であれば、お伽噺の王道ではあるしのう……。 何度も聞いたし、きっと大丈夫じゃな)


 「よしきた! それじゃあ──」


 「あ、私これでも結構お話を聞いてるから、普通のお話じゃあ満足出来ないんだよ。 とびっきりのをお願いね」


 被せる様に少女は言った。

 心の中を読めるんじゃないかと、少しだけ思った。

 そして彼女には分からぬよう、内心で心底不服そうに顔を歪める。


 (結構なお子様ですこと……)


 これにはさしもの彼も慌てた。

 さらりと難易度を上げられたのだ、困惑しない方がどうかしている。

 確かに、お伽噺の王道は聞いた事がある。いや、彼は寧ろ王道しか聞いたことがなく、ありふれている有名どころの話ばかりだ。

 例として、(ドラゴン)退治に出掛けた、龍殺しの英雄とその仲間達の愉快な冒険譚がある。

 彼が知る物語。それは魔王を滅する為に立ち上がった、白銀の鎧を身に付けた騎士の話──《白銀の騎士》がそれであり、当時のお伽噺の筆頭と言っても過言ではなかった。

 それらは全て、子供達の枕元にて語られるお伽噺である。

中には史実や故事を元にしたものや、まったくの作り話等、多岐にわたる話があった。


 (あぁ、まずいな。知らぬぞ、白銀の騎士以外となると……無理じゃ!)


 実は彼、この他に四つか五つほどの話は覚えていた。

 しかし、どれも話の筋のみしか覚えておらず、話とするには不安しか無かったのだ。そもそもそれら断片的に覚えている話をしたとて、話が成立するかどうかは怪しい。

 話として話せるのは、白銀の騎士の物語一つしか無い。何度も聞いたお気に入りの話だったからである。その上、並大抵の話では満足出来ないと来たものだ。


 「ねぇ、おねが〜い」


 少女はこちらの気苦労を尻目に、その円らな目をキラキラと輝かせている。


 (正直に謝るか……)


 期待に応えられない忸怩(じくじ)たる思いを振りほどき、覚悟を決める。

 いい加減に片付ける事は、彼にとって納得の行かない事であった。


 「えっと、お嬢ちゃん……?」


 「どうしたの、お爺さん?」


 可愛らしく小首を傾げる彼女には申し訳なく思いつつ、重い口を開く。


 「その、な……儂はお伽噺を知らんのじゃよ」


 「……え?」


 目を見開く少女。

 期待に応えられない事に、久方ぶりに悔しいと思う感情が芽生える。

 きっと彼女は失望していることだろう。


 「別にお爺さん自身のお話でもいいよ?」


 「すまぬな……は?」


 予想外の言葉に素っ頓狂な声が漏れる。

 しかし、彼女は言葉通り、微塵も失望してはいないようだった。それどころか、彼が携える刀を指差してから言った。


 「ほら、その剣ってこの辺りで全然見たことないし、何だか気になるじゃない。良かったら話してくれないかな? もしかすると、お伽噺なんて目じゃないかも!?」


 「……」


 刀を指して目を輝かせている少女に対し、彼は峻巡(しゅんじゅん)する。

 よりにもよって自身の話と来た──とんだ無茶振りである。あまり気乗りしない──率直に言わせて貰うならそれが感想だ。

 頭を抱えるが、その間も少女は目を輝かせて彼を見つめる。

 正直に言って、彼自身にも不明な点は幾つもある。ならば、伝え聞いた話として披露すればいいだろう。


 「儂でなくとも、誰かから聞いた話でも良いかね?」


 「良いよ、お願い」


 「では、儂の話でこそないが……少し怖い話になるかも知れん。 それでも良いかね?」


 「……うん、平気だよ!」


 分からないところはぼかそうと決め、座る。

 少女は元気に一言そう言うと、沈黙する。彼女の期待に少しは応えられるかもしれない。

 そう思うと彼は、安堵の息を吐いた。


 「では、実在したある男の話をしよう……」


 少女はふむふむと頷いて続きを促した。


 「そやつはかつて、『魔剣士』と謳われた事のある男だった」


 「『魔剣士』……?」


 お伽噺における魔剣士とは大抵、主人公など正義の騎士に敵対する好敵手であり、特に事件の黒幕、または総大将の副官である話は枚挙に暇がない様な存在である。

 また、魔法剣と呼ばれる剣──すなわち魔剣──を操り、禍々しくも巧みな魔法や剣技を以て、主人公達を苦しめる難敵として描かれ、知られている。

 その様な存在の話を持ってこられて困惑したのか、少女は可愛らしく小首を傾げる。

 そんな少女を横目に見つつ、出来る限り穏やかに話そうと考える。


 面倒なことは避けようと思ったはずなのに、彼は今では自然体で居られた。話をしてやろうという気持ちに、少しばかり戸惑っては居るがそれだけだ。不思議な、感覚。

 嫌な気分ではないことを感知し、悪くないと内心で感想をらす。


 「キ……いや、(シガール)は何処にでも居る普通の少年だった。──或る事件が起きるまでは」


 

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