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異端ノ魔剣士  作者: 如月 恭二
一章 遠い日の誓い
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医師と殺し屋

さあて、新規キャラの登場です。

ちょっと妙ですが、書いてて自然としっくり来る空気と展開になりました。

 寝静まった集落にある一軒の空き家で、四人の男女が蝋燭ろうそくほの暗い灯りに照らされていた。

 一人はシガールだ。薄汚れた布団の上で横になり、毛布を掛けられて静かな寝息を立てていた。規則的に胸の辺りが上下しており、とうげを越えたことが分かる。


 (ふう、間に合ったか……)


 その横に赤雷が座り、顔を伏せていて表情がうかがえない。それと気付かれぬように、ひっそりと赤雷は安堵の息を吐く。

 もう一人の男性は、くすんだ白衣を着用した壮年とおぼしい男性である。白髪混じりの赤毛を七三分けにしているが、その容貌はあまりに不健康的だ。

 ほおけており、肌は病的な程の色白というたたずまいをしている。眉間に刻まれたしわのせいもあってか、引きこもりがちで神経質な学者を思わせた。片眼鏡モノクルに学術書でも合わせれば、それはそれは様になりそうな風体だ。

 そして、最後に部屋の隅で毛布を被って寝息を立てる、小汚ない姿をした赤毛の少女が一人いる。

 年の頃は十代前半だろう。体つきは華奢きゃしゃで、服の汚れとそばかすがなければ、かなりの美少女だろうと思われた。

 音もなく赤雷は立ち上がり、席を外そうとしたところで、背中越しに「待て」と呼び止められる。

 白衣の男が眉間のしわを一層深いものにしながら、溜め息を一つ。そして、忌々(いまいま)しげに口を開いた。


 「……お主に聞きたいことがある」


 「……」


 「赤雷、お主じゃよ。 このつんぼめが!」


 男が少しばかり声を上げ、赤雷は向き直り肩をすくめた。


 「ああ、てっきり居もしない者に話し掛けていたのかと思ったんだよ、先生。 いやぁ悪かったな、ははは」


 「……ちっとも悪びれん辺り、肝が据わっておるのか、ただの阿呆なのか察しかねるの。 まあ良いわ……。 ──して、あれはなんじゃ?」


 男はシガールを指して、赤雷に問い掛ける。赤雷を見つめる眼光は鋭く、追及と言うには度が過ぎている様に思えた。

 赤雷はおどけるように返答する。


 「何って患者でしょうが。 もしやそこまでもうろくしたのですか? お痛わしいことだ、まったく。 ……同情するよ」


 そんな赤雷に対し赤ら顔になる男だったが、すぐに黒ずみだらけの天井を仰ぎ、二の句を継いだ。


 「茶化すな、馬鹿たれが……しかと答えい。 どういうことじゃと──聞いておる」


 改めて赤雷の方に向いた時、男の瞳には光りが宿っていた。それは爛々と光るものとは違い、老獪ろうかいで淀みのないものだ。男に目を合わせられるに至り、経験則から赤雷は隠しだては出来ないと確信した。

 暫しの後、溜め息を吐いて答える。


 「……助けたかったから助けた。 それだけだ、他に理由はない」


 「……お主、自分がどんな立場の人間か知ってのことか?」


 「知っている。 少なくともどんな人間かはな」


 瞬間、がしりと赤雷の胸ぐらを、男が掴む。怒り心頭の表情が、吐息の掛かりそうな距離に近寄る。


 「──いいや、違うの。 お主は認めたくないだけじゃ。 『自分はまともだ』と、いつまでそうやって逃げる!? 儂も迷惑しておるのに、何故分からん!?」


 「医者は治すのが仕事だ、そうだろ?」


 「減らず口ばかり叩きおる……」と男が歯ぎしりし、赤雷を睨み付ける。離れた場所で寝言を言う少女が、酷く間抜けに映る。


 「もうお主絡みの患者の数は、とうに両の手で勘定が出来ぬのだぞ!?」


 「商売繁盛、願ったりかなったりじゃねぇか。 いやぁ、めでたいめでたい」


 「先月お主が助けた、薬物組織の金に手を付けた小僧がからすと野犬の腹に収まっても尚、その減らず口は治らぬかの?」


 「……」


 「まただんまりか。 都合が悪いといつもそうじゃの、お主は。 いかな強さを誇ったとて、いつかその甘さが、ぬるさが、いつかお主の足元をすくうことになると、何故分からん?」


 「黙れよ……じじい


 赤雷が剣呑な気配をまとい、空気が張り詰める。

 いつしか赤雷は自然な所作で鯉口を切っていた。

 それに臆することなく、白衣の男は肩を竦めて言い放つ。


 「何時だったか言ったな、お主は。 『この界隈かいわいに入った時から覚悟している』と。 ──甘え腐るな、若造。 私情に流されて、死ぬのがお主だけならまだ良い。 だが、儂やあの子にとばっちりが来ては堪らん。 ──だろう?」


 絶句するも、理性を働かせる。

 必死に頭を回し、「抜けば負け」だと理解する。

 正しいのは男の方なのだ。男が辟易とするのも承知で迷惑ばかりかけていたのは、他ならぬ自身であり、立腹されるのも至極当然であった。

 それが悪目立ちすることを好まない、白衣の男の本音であるらしかった。

 もっとも、これほどまで我慢しているのも予想外ですら有ったのだが。


 「……すまん、熱くなりすぎた」


 男の正論に赤雷は吐き出す様に返す。

 正論。何もかもが男の言うとおり。

 この界隈は弱肉強食。背中を見せようものなら、成す術なく食い散らかされてしまう。力と金、性と持てる物すべてで上下関係が成り立つ世界。

 そしてそれこそが、日陰に生きる者達の宿命だった。


 「まったくじゃ、未だに進歩の“し”の字すら垣間見えぬ癇癪かんしゃく持ちの若造の尻拭いとは……。 やれやれ、骨が折れるわい」


 嫌味たらたらの男に閉口する赤雷だが、以前にも世話を掛け、ひと悶着起こしかけた手前がある。じっと耐え忍ぶ。

 聞けば、やれ「今年に入って八人目」だの「今日は厄日か」だとか、日頃のうらごとともとれる言葉を、白衣の男は生気の籠らない顔で呟いている。生きた心地がしないというのは、きっとこのことなのだろうと思い、赤雷は冷や汗を垂らす。

 なんとかひとしきりの不満をやり過ごし、赤雷は「なあ」と声をかける。

 男は心底嫌そうに眉根を寄せるが、赤雷はそれを歯牙にも掛けずに本題へと入る。


 「この子──シガールは助かるのか?」


 「なんじゃ、そんなことを気にしとるのか? だったら諦めることじゃな、そこな坊主は手遅れじゃ、うひひひひ」


 「──斬るぞ?」


 「おぉ、怖い。 なに、治療一回で金貨八枚の大仕事じゃ。 代金分の仕事はしっかりするのが儂の矜持きょうじ故な」


 「……またそれを言う‼」


 金の話が絡み、赤雷は喚いた。頭を抱えてうめく赤雷とは対照的に、白衣の男はしたり顔である。心なしか上機嫌に見えないでもなかった。

 この国では、金貨一枚で少なくとも十日分の生活費となる。それが八枚なのだから、男の喜びは察するに余りあった。

 男は嘆息する。


 「やはり、まだ根に持っておったか……道理で、の。 しかし、女子おなごに好かれぬぞ? ……うん? もしや、お主……」


 「ああ、そうさ。 金欠だよ、笑いたけりゃ笑え……。 ……で、どうなんだよ実際」


 思わずばか笑いをしそうになる男だったが、赤雷の言葉に真顔となる。


 「笑ってやりたいが、まあいい」


 「傷の程度はどうだった?」


 「そうさな、傷は思いのほか深くはない。 致命的ではなかったゆえ、さほど苦労はせなんだ。 何より、臓腑ぞうふの損傷は皆無であったからの? 後は……そうさな、痛み止めに微量の阿片あへんを使った程度かの?」


 男はいきり立つ赤雷を、毒も酒も薬とたしなめてから続ける。

 

 「原始的では有るが消毒、縫合ほうごうも無事に完了した。 後の経過は、化膿に留意しておればなんのことはなかろうて」


 「引っ掛かる言い方だな……。 勿体振らずに教えろよ、先生」


 「……分からんか、お主?」


 「……?」


 「この子は両の親を殺されたのじゃろう? その上、剣で腹を刺し貫かれた。 ならば傷は勿論治さねばなるまい。 じゃが、生憎と儂はただ治療をするのみよ。 じゃからの、赤雷や……。 儂は、患者の身体は治せても──」

 

 シガールが毛布を荒々しくめくりあげて跳ね起きる。その様子に赤雷が目を見開く。

 一拍おいて、男が目を伏せる。 


 「──心の傷はなかなか、そうはいかぬぞ?」


 次の瞬間、恐怖に凍ったシガールの悲鳴が、壁を、小屋の空気を震わせた。

現代の医師とは、ものの見方が違うと思って頂ければ幸いです。

さて、遅筆ですが、頑張りますよっと。

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