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異端ノ魔剣士  作者: 如月 恭二
一章 遠い日の誓い
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悪夢

*鬱展開注意。表現とは言え、残酷表現を多分に含んでいるシーンです。苦手な方はお控えください。尚、筆者は正気です……(汗)


陰鬱な話ですが、ご堪能ください。


 暗く、一縷いちるの光明すら差さない闇の中をシガールはひた走る。

 深淵の闇、水底に似たくらい闇。

 闇を表現する言葉は数あれど、その闇はどれにも当てはまらない。光景がゆがみ、ねじれているところが見えたのだ。かなり異質な空間。

 そんな空間の中、シガールの鋭敏な聴覚は僅かな声量を拾った。

 シガールにとっては聞き覚えのある、安心できる物だった。断片的で、なにごとか口ずさむような声だ。断片的なものだが、その声は間違えようもない。


 (母さん……‼)


 そして暫く駆けていくと、突如として光が射し、視界が開ける。

 そこには黒紅の長髪を揺らす、落ち着いた雰囲気を持つ女性──シガールの母、リュンヌ──の後ろ姿が現れる。

 どうやら野外で調理の真っ最中らしい。皿に何物か取り分けて、味見をしているらしかった。


 「母……さん?」


 「……? あら、シガールどうしたの?」


 いつもと変わらぬ仕草。いつもと同じ、柔らかな口調でリュンヌは首を傾げる。

 シガールは腹部に一瞬目をやり、大きく嘆息する。


 「……あぁ、良かった‼」


 「良かった? ふふふ、変な子ね。 ……そうだわ、今から食事にしましょう。 ちょうど今、鍋を火にかけてるのよ‼」


 「そうなの!? やった、母さんの手料理だー‼ ありがとう、母さん‼」


 「ふふ、おだてたって何も出ないわよ?」


 母の手料理。それを聞いてシガールは更に安堵する。

 母の手作りパンは勘弁願いたい代物であるが、煮込み料理やスープとなると話は別だ。不安も恐怖も、何もかも吹き飛ぶ思いだった。

 母とシガールは束の間、他愛のない話を交わす。

 やれ個人商業を営む誰かが酔って肥溜めに落ちただの、あそこの宿の主人は無愛想だのと、言葉を交わす。

 益体のない世間話だが、以前もこうして母とよく話をしたものだ。そのせいか、下らないはずの話にすらも花が咲き、会話は弾んだ。笑顔は自然と増えて、空気も穏やかになるのが分かった。


 「……あら。 もう出来上がりのようね。 待っててね、シガール」

 

 「うん、有り難う母さん‼」


 (……あぁ、良かった。 ……あれは、夢だったんだね)


 想起するのもまわしい出来事を、シガールは思い浮かべる。

 その出来事ではシガールだけが生き残り、隊商の皆はそろって血の海に沈むという恐るべきものだ。


 (そうだ、きっと夢だ。 夢に違いない)


 確信めいた思考が湧き上がる。夢だったのだと。


 「さあ、召し上がれ……」


 いつの間にか、リュンヌが鍋を抱えて歩いて来た。

 目を開けて、手料理に舌鼓したつづみを打とうとする。


 「あぁ、ありが……!?」


 そして、シガールは硬直する。

 鍋の中が、真っ赤なのである。

 笑顔は引きつり、続く喜びの声は喉の奥深くにしまい込まれる。更に驚愕する要素を発見したためだ。


 「シガール……? ドう、シタの……?」


 「ひぃっ!?」


 先ほどまで何もなかった腹部に、それは有った。

 無いはずの物が、そこには有った。

 ──短槍である。

 穂先は粘着質の赤黒い体液を滴らせ、こちらを向いていた。

 更に、リュンヌは顔と口角からおびただしい流血を伴いにじり寄る。声音さえも不気味に変質し、もはや異形のささやきである。その瞳には我が子を想う光りではなく、生者を呪いうらむ亡霊の燐光りんこうが灯っていた。


 「う、うわぁあああ!?」

 

 逃げ出すのは、永遠にも近い一瞬の間を置いてからだった。

 シガールは走りながら思案する。


 (俺の……俺のせいなのか?)


 どれだけ走っただろうか、「もう走れない」と思った時ソレイユを見かける。

 いつもと同じ、商いをする際の軽装である。その恵まれた体躯はシガールに頼もしさを感じさせる暖かいものだ。

 体格に似合わず人懐っこい笑顔をシガールへと向けてくる。


 「よぉ、シガール。 ……どうした、そんなに怖い顔をして? 肩で息をしてるじゃないか?」


 「……そ、それが母さんが……!? お、おかしくなっちゃって……‼」


 それを聞くや、ソレイユは眉根を寄せる。


 「なに、それは本当か!? こうしちゃ居られんな、行くぞシガール‼ 案内してくれ‼」


 「……う、うん、分かった‼ こっちだよ!?」

 

  そう言ってシガールがソレイユへと背を向けた時だ。

 ──がしり。

 唐突に肩をつかまれる。


 「…………え?」


 恐る恐る後ろを振り向くと、左の眼球が潰れ血まみれとなったソレイユが怨念をたたえて、至近距離からシガールをにらんでいた。

 そして、そのおぞましい瞳とシガールは目が合った──合ってしまった。

 脚絆きゃはん湿しめる感触すら、今のシガールには感じ取ることが出来なかった。


 「逃ゲられるト、思ったノか? 母さンのこと、絶対に許サん。 許さんぞ!? オ前は『母さんヲ守る』と約束シタのに……‼」


 「……」


 その言葉にシガールは絶句。全身の筋肉は弛緩し脱力、とうとう座り込んでしまった。

 

 (……俺の、せいだ)

 

 離れたところから顔面を蒼白にし、そのうるわしい顔の半分を潰したマジーが脳漿のうしょうを振りきながら走り寄ってくるのが見えた。

 形相は悪鬼のそれで、罵詈雑言ばりぞうごんを吐きながら泣いている。

 『アンタが死ねば良かった』と確かに今、そんな言葉がシガールの耳へ届く。


 (俺の力が弱いばっかりに‼)


 三人居たはずの人間はいつしか隊商全員へと増えていた。

 皆一様に顔面蒼白。生きた心地はしなかった。


 「「ばつを求メるか?」」


 生けるしかばねはまったく同時に口を開く。生きてはいないのだろう。印象としては、東方における“からくり人形”である。生気なぞは微塵も感じられなかった。ただ、シガールに言い知れぬ何かを感じさせていた。


 (これは、きっと罰なんだ。皆を守れず、俺だけが生き残ったことに対する罰……)


 その言葉にシガールは答える。


 「……お願い、僕に罰を……いや、罰してくれ、お爺ちゃん」


 ──答えて、しまった。

 言い終わるが否や、屍達はいやらしい笑みを浮かべ、口角を上げる。反射的に、ぞわりとシガールの全身が総毛立つ。


 「良かろウ、その願イを叶エン」


 祖父こと、リッド=ヴァーグが嗜虐しぎゃくに顔を歪め、あごで示す。隊商の一人がリュンヌの四肢を、頭を持つ。合図の後、それぞれがリュンヌの四肢と頭を引っ張り始める。

 すぐにリュンヌが悲鳴を挙げる。その声は元の優しい声に戻っていた。


 「い、痛い‼ やめて、皆‼ シ、シガールお願い‼ 助けて‼」


 「母さん‼ ……っ‼」


 矢も盾もたまらず、シガールは駆ける。

 しかし、ソレイユから解放された矢先、シガールは一人の男に拘束される。そして、ソレイユも二人に拘束されていた。

 シガールは喉が張り裂けんばかりに叫んだ。


 「なんでだよ!? こんなの、話が……話が違うじゃないか!?」


 「いいや、コレは罰じャ。 だカラの、シガールや──」


 我らが隊長は悦に入った態度で続ける。その後方でリュンヌがくぐもった声を漏らす。否が応にも、連中の意図を察してしまう。

 牛裂きの刑よろしく、引きちぎろうとしているのだ。



 「ぎィ……シガ──」


 「…………や、やめろ。 それだけは……」


 一瞬の停滞の後、ぶちりと何かが千切れる。それは、


 「せめて家族、皆の死に様を拝んデおくんじャ」


 ──リュンヌの四肢と頭部であった。

 そして、続くはずのリュンヌの断末魔はシガールの絶叫に掻き消された。


 「やめろぉおおおおおお‼」

読んでいただきありがとうございます。

相も変わらず昏い話ですが、お楽しみ頂けたとあらば幸いです。

貴重なお時間をどぶに捨てさせるような駄作ですが、ご愛顧頂けるとは恐悦至極です。

有り難うございます‼

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