憤怒の赤雷
一番やらかしていたシーンを改善しました。
黒歴史が増えるよ、やったね如月‼手直し増えるね!?
さて、冗談はさておき。
このシーンは短いです。というか、私が書く物語は一話が短いです。
赤雷は幼少より、剣を握って来た。それこそ物心付いた頃から。初めて剣ダコが出来たのは……さて、いつだったろうか。赤雷には分からない。
(妙なこった……ったく)
シガールの痕跡を猛追する赤雷は、木の根やぬかるみに留意しながらも益体のない思案に耽る。
──他人に情けをかけるな。それは相手が儂だろうと変わらんことを知れ。まずは型から入る……。さあ、構えい‼
師匠が初めて剣を握った幼い弟子──即ち赤雷──に掛ける言葉がそれだった。
髷を結った、精悍ながらも強面の剣士で、名の有る剣士ですら裸足で逃げ出す貫禄と剣気を放つ男だった。無論そんな男であっても、幼子に持たせるものは木剣であったのだが。
それでも有り体に言って、冷たい人間だと赤雷は思う。幼心に厳格で、容赦のない気性なのだと感じ取ったことが懐かしい。
だが、それは剣士として──戦場でしのぎを削る人間として──当然の心構えとして教えたまでのこと。事実、修行に次ぐ修行で生傷は絶えず、青あざを幾つも作っていたものだ。骨を折りかけたことも、一体幾度有ったことか。
その上、真剣を使用した稽古は特に熾烈を極めた。
手心を加えられてこそ居たのだろうが、そこは真剣。薄皮を斬るだけならまだしも、一度脇腹を少しだけ抉られたことがあった。幾度も身を切られる痛みに悶えもした。
そんな時ですら、
──……ふん。型稽古が足りぬ上に弛んでおる証拠じゃの。早う傷を癒せ。癒えればまた型稽古じゃ、よいな!?
そう言い放って、父は立ち去ったのでだ。彼が幼い時は震えながらも「はい」というのが精一杯なものだった。母はすぐに他界したと聞いていた。
だから、弱音を吐き出せる相手は居なかったし、吐こうとも思わなかった。そもそもが母親の顔すら分からない始末だったのだ。そのことに関して悲しいと、赤雷は思わなかった。父の存在だけで満足していたのかも知れない。
──血筋、か。
そうして自己嫌悪した回数は少なくなかった。
時が経ち、日に日に殺気の籠る重い攻撃、その上に型は工夫や改良を加えた技巧の剣と来ており、稽古は至難で命を落とすと思った。
そんな思いとは裏腹に、日毎に受け方を指摘される所為も有ってか、多少は父の剣を受けられる程度になり、徐々にではあるが成長していった。
そして、師の剣をようやく受け流せるようになったかと思えば、今度は毎日違う箇所を斬り付けられては呻くことが、いつしか日課のようになっていた。
だが、何時からか、
──多少は打ち合えるようになったかと思えば……。いや、次も懲りずに精進することだ。薬をつけておけ、よいな?
投げ掛けられる言葉の温度が、変わった。
ある種の反面教師とするべき人間の変化に、赤雷は戸惑った。
「自分が師となったなら、必ずこうはなるまい」と強固に思っていただけに、赤雷にとってそれは晴天の霹靂であった。
そして、少しずつではあるが、師──もとい父親──に対する憧憬が芽生えていったのだ。
(あの餓鬼……シガールか。 きっとあいつの父親に対する憧れは並みじゃねぇ……。 確か『白銀の騎士』と言ったか、あの御伽草子は……)
この大陸には御伽噺なるものがあると聞いていた。
娯楽と言えば、遊廓ないしは娼館での一夜と、酒場での賭け事が鉄板である。
だが、子供たちにとってみれば『御伽噺』や『英雄譚』こそが数少ない娯楽である。ことに好奇心の塊かつ、好きなことには一途な子供なら尚更である。
そして、シガールの父親は隊商を護衛する人物。
豪胆で闘いは強い。息子にしてみればさぞや自慢の父親であったことであろう。最期の瞬間までを見るに人格者だったのだろうと、そんな予想がついた。
そんな憧れの人物の突然死。それも病などではなく、略奪という他人の身勝手な意図の絡んだ事件で、だ。加えて息を引き取るのも目の前と来た。
その衝撃は想像するに難くない。
(……ちっ。 薬なんざ使わなきゃ良かったかもな。 しかし、両親や……マジーとか言った雌餓鬼が死んでるのを見た時もそうだ。 見てられねぇような顔してたっけな……)
──俺とは違って皆、幸せな普通の家庭だっただろうに。
知らず独りごちていた。跳躍の弾みで舌を噛みそうになる。
思えばシガールの父親は、剣に銘を入れているのところをみる限りでは見かけ倒し。……かと思いきや、息子や妻の安否を気遣っていた。
赤雷の描く理想の父親として、最期まで在り続けた。
その在りように心打たれたというのに、やってることは破落戸そのものだ。父親とは程遠い。
──どうしたってんだろうな。まあ、考えたとて埒のあかん事もある、か。
思考が一段落したところで開けたところに着く。
「……む、着いたか」
ふと見回すと野営の寝所が目に入る。それの近くに小鍋が置いてあり、赤雷は状況を把握する。
盗族連中の野営地に到着したのだ。
「──っ!?」
事態を把握し、絶句する。
シガールの身体は地に伏して、指先一つ動かなかった。
更に、うつ伏せとなったシガールに触れる地面に染み込む赤色──血液だ。
ひきつったような首をなんとか回し、辺りを再度観察。
野盗一人の得物が紅く染まっていることが分かる。
(そんな、シガール……お前死んだのかよ?)
今更ながらに思い知る。
彼がしたかったことは、とんだ自己満足だったのだと。
結局のところ、感謝されたかったのだ。
傲慢で、身勝手。独り善がり。
『僕や父さん達を、助けてくれて有り難う!!』
そうやって感謝の言葉を投げ掛けられる、あろうことかそんな夢を望んだのだ。偽善も良いところのくず野郎、それが自分の正体だと、赤雷は思った。
過去の贖罪をしたい──それは裏を返せば自身だけのための願いである。赤雷はこんな些細なことに気が付かなかったのかと思うと、乾いた笑みが漏れる。
そうしてまた一人、子が死んだ。
何の罪もなく、幸せを享受すべき子供を一人──また一人死なせた。
──俺が、殺した。
甘さ、弱さ、無知。言い訳なら山ほど出るくせに、いざ言葉にしようとすれば、ずいぶん前に凍らせたはずの気持ちは燻り、言葉に出来ない。
自分と、目の前で哄笑する連中に怒りが抑えきれない想いだ。
「あぁ……くそ。 まったく、いやになるぜ……」
小さく呟いたつもりだった。
「……てめえ、いつからそこにいた!?」
「手っ取り早く斬っちまおうぜ?」
それでも野盗達にはしっかり聞き取れている様子だ。
戦士としての技量は決して低くはないと分かる。
小狡くて、戦闘技能は高く、周りに気も配れる。そのくせ、すぐ感情的になる。
──よく似ている。俺に。
「……どいつもこいつも反吐が出る」
赤雷は言うが早いか、地を蹴った。
一番実力の低い人間を標的に定め、強襲し間合いを制す。それは鷹が獲物を襲うようであり、迅雷の如く鋭い。
逆袈裟、横薙ぎ、上段から打ち下ろし、最後は返す刀で切り上げた。
男は必死に応戦、四合程打ち合ったところで隙ができる。度重なる連撃にたたらを踏んだのだ。仕上げに頭部めがけて一閃を見舞い、即座に命を断ち切る。
殺生の余韻に浸る間も無く、二人目が襲来。
横薙ぎの一閃を紙一重で躱し、返す刀で頚部を断斬。男は自らの血に溺れゆく。
この間実に数秒。迅速な立ち回りと剣捌きで、野盗はほぼ壊滅状態となる。
更に三人目が不意を突いて飛び掛かる。半ば自棄っぱちで、奇声を挙げて突撃を敢行。
しかし、赤雷にすればあまりに未熟な奇襲である。
自暴自棄気味にしては威勢がよいが、男は自らの不利を増大させたのだ。
「……へっ!?」
すれ違い様、男の足に自らの足を引っ掛けると、巨体が面白いほど簡単に転がり、赤雷へ腹を向ける。そのまま心の臓をめがけて一突き。致命的部位を貫かれ、びくびくと痙攣する男の胸部に、更に震脚の要領で追撃。
胸骨を踏み抜く感触が伝播。威力を物語る様に、男の下から大地へと亀裂が走る。その刹那には、仰向けのまま男は二度と動かなくなる。
「……嘘だろ」
隊長格の男がもはや掠れた声で呟く。
「……」
彼に掛ける言葉は持ち合せがないし、掛ける義理もない。
沈黙を貫き、近寄る。それだけでも充分、危険は何一つない。
お山の大将を気取ってふんぞり返る人間は、得てして肝が小さいのだから。
「頼む、金ならやる。 へ、へへ、たんまり有るんだ。 だからどうか命だけは、命だけは……や、やめ、やめろぉおおお‼」
──黙れ。
それだけ囁き、漆塗りの鞘で頭を強打してやる。
鈍い音が周囲を包み、糸の切れた人形のように男は倒れる。
「お前みたいなのでも捕まえると飯の種くらいにはなるんだ。 まあ、これも定めと思って諦めろ……三下」
毒を吐き、男を念入りに縛るとシガールへと歩み寄る。
掛ける言葉は──見付からない。
(野盗も俺も根本は何も変わらん。 ……とどのつまり、同じ穴の狢さ)
苦々しい思いを抱えつつも、「これも何かの縁、せめて弔ってやるか」と赤雷は重い足取りでシガール達を引きずる。
そしてふと、体勢を変える折、シガールの首筋に手が触れた。
「……ん? おぉ……!?」
──弱々しくも確かに脈が有った。
小さく、やや不規則ながらも脈動が感じられたのだ。
僅かの間恐慌に陥るも、近隣に連れてきていた連れ合いのことを思い浮かべる。
なるべく動かさないよう配慮しつつも、シガールの手を背に回して背負う様に抱え上げると、小走りで移動する。今までと違ったことといえば、足取りが軽やかだったことだ。
「待ってろよ、シガール‼」