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異端ノ魔剣士  作者: 如月 恭二
一章 遠い日の誓い
16/120

対峙

……遅くなりました。

お待ちの方々には大変ご迷惑をおかけしました。

やっと、やっと折り返し(?)でございます。

よくよく見返すと、この作品は会話より描写が多くなってますね。

この後、会話を増やす予定なので、どうか見捨てないで下さい(泣)。

 「どこだ、あいつら……。 どこに居る!?」


 ソレイユの愛剣を危なっかしく引きずり、シガールは一人森を行く。剣を振るう以前に、剣に振り回されているといった方が的確な様子だ。服装は泥と傷だらけで、美しかった仕立てや控え目な装飾は見る影もなく、身体の至るところに擦過傷や裂傷が散見される。

 疲労は限界に達し、きしむ身体は時折間抜けな低音で空腹の不満を訴える。

 赤雷のところで昼食を摂って、かなりの時間が経過していた。

 太陽も今では夕刻を知らせるべく傾き、鮮やかな橙色の光をその身に纏っていた。日暮れまであとわずかと思われた。

 シガールの歩む先に行く宛はない。有るはずもなかった。

 赤雷が追跡の術に長けていることは分かった。かといって、シガールにその技術が有るわけでもない。ただ、赤雷が決めて来た方角の延長を進む愚行である。

 遭難しているのとほぼ同義だ。

 脚は硬化した上、かなりの張り具合を持ち、時折痙攣けいれんすら起こしていた。

 ぬかるみに足を取られ、樹の根につまずきぼろぼろになりながらも、シガールの心に宿る敵討ちという大義は揺らぐことはない。それどころか、時を経るごとに激しく猛る一方であった。


 「うおっ、誰だお前!?」


 「──!?」


 唐突に上がる声。

 つい先程まで燃え盛っていた業火に冷や水を掛けられる思いで、シガールは飛び退く。それは男も同じなようで、シガール同様後方へ大きく跳ぶ。

 シガールは一瞬赤雷かとも思ったが、すぐに否定する。

 紛う方なき革鎧姿──憎き野盗達である。その総数は四人。

 文句を垂れ流したり談笑したり、思い思いに野営や食料の準備などをこなしていた。

 双方一瞬の沈黙。

 目をしばたかせるなり、一人が笑いながら指摘する。


 「『うおっ、誰だお前!?』だとさ! しかも、たかが餓鬼一匹に出くわしたくらいでよ? くははは、だっせぇ!」


 「うるせぇ! し、仕方ねぇだろ、このくそ餓鬼が茂みから急に出てきたんだからよ!?」


 「おい、今のでこいつ漏らしたんじゃねぇのか!? この慌てよう、ちょっと怪しいぜ?」


 最早シガールを視界に無いものとでも言いたげな様子で野盗は喚き出す。

 冷めた目で見つめていたシガールだが、徐々にその瞳が色を取り戻していく。

 最初にシガールの双眸に有ったのは不安げに揺れる光である。そんな中、シガールは一つ一つの場面を噛みしめる様に思い起こす。

 ──お前達だけでも逃げろ!

 父が放った、全力の意思表示。

 ──あなただけでも逃げて!

 母が投げ掛けた一つの願い。

 ──仇に汚されてまで生きろって言うの!?

 姉と呼び、慕っていた少女マジーの悲しみと苦しみ。

 シガールは怒りのあまりに泣き出しそうだった。 

 幼い瞳は充血し、殺意さえにじませてうるんでいる。


 (──っ!? どうして、皆が死ななくちゃいけなかったんだ!? どうして皆の代わりに、こいつらがこうして笑ってるんだよ!?)


 悔しさに渾身の力を込めて唇を噛む。

 犬歯が食い込み、瑞瑞しい皮膚を突き破っても痛みを感じない程にシガールは激昂。心の奥底で幾度も呪詛じゅそを紡ぐ。


 (こんな……こんな奴らは皆死ねばいいんだっ!!)


 怒り心頭という言葉がある。シガールは視界が赤く染まるような思いがした。今のシガールの形相を例えるなら、まさにその言葉こそが相応しい。

 疲労に伴う倦怠感けんたいかん。擦り傷などによる痛み。

 つい先程までシガールを苛んでいた感覚の一切が払拭される。

 怒りは人を強くするのだと、シガールは胡乱うろんげに思考した。

 騒ぐ野盗をよそにシガールは“長剣(デモン)”の柄に手を掛けて、ゆっくり抜き放つ。

 かちりという僅かな金属音で得物が抜き身となったことがシガールに、そして野盗に伝わる。


 「おいおい、マジかよ?」


 「餓鬼。お前、せっかく拾った命を捨てに来たのか?」


 「ごっこ遊びじゃねぇんだぜ?」


 口々に男達は反応を示す。

 だが、口調とは裏腹に彼らの瞳にあなどりはない。

 野盗達はシガールを、一つの脅威として冷静に観察する、戦士の目をしていた。

 対してシガールは、手にした得物の重さに驚愕する。

 剣とはそれすなわち鋼鉄の塊である。

 “悪魔デモン”は、今までなんとかして抱え運んで来たものだ。

 それが今では、持ち上げることすら容易ではなかった。

 かちかちと柄が、刀身が震える。

 剣そのものの重みのみならず、そこに見えぬ何らかの重みがのし掛かっている様に思えた。

 命を断つ道具で有るにも関わらず、鈍色に輝く一振りは相も変わらず光沢を失う素振りはない。

 その威容はシガールにとって、どこか空恐ろしくさえ映る。


 (……そうだ、構えなければ)


 とっさに構えをとったは良いが、その構えは腰を落として得物を胸の高さまで持ち上げただけの格好である。

 剣の心得はなく、剣を握っただけだ。


 (重い……けど、負けない! 俺は、皆の仇を討つ……!)


 野盗達の言葉に返答はしないし、出来ない。

 周りに気を配る余裕はとうになく、野盗しか目に映っていなかったのだ。

 だが、それは彼には重すぎた。

 それはさながら、剣──それ本来の重みだけではないかのように。

 本当ならば剣なぞ捨ておいて、すぐにでもこの場から逃げ出したかった。

 身体が震え、膝が笑う。

 ──だけど、それでも……。


 「……俺は! 俺は、仇を討つんだ!」


 無様に震える身体の振戦しんせん、迷いを振り払うべく咆哮で一喝。

 シガールは全速力で駆け出し、長剣を突き出し突撃を開始。

 一五間はゆうに有りそうな距離をひた走る。

 だがそこは子供の身体能力。気持ちは最速でも、その脚は決して速くない。


 「おおっと」


 野盗の一人が危なげなく回避。

 それを契機に、野盗連中から徐々に剣呑な気配が消えていき、次第にそれは嘲笑へと変遷していく。

 死地に赴いた人間の拙い技量に、その滑稽さに彼らは笑った。それでも瞳の光は衰えていない辺りが悪辣あくらつである。

 マジーの、ソレイユの、リュンヌの死に顔がまぶたの裏にまざまざとよみがえる。

 臓腑を焦がさんばかりの激情に、彼は頭痛を覚えた。


 (……っ! 殺す、殺してやる……。ずだ袋みたいに引き裂いてから殺してやる!)


 「ハハハ、当たらねぇな」


 「こっちだ、こっち!」


 幾度ともなく、当たりもしない攻撃をシガールは繰り返した。

 それは、はやる気持ちと怒りに突き動かされ、猪の如く突進する無謀な行為だ。

 駆ける度にシガール笑われ、必死の攻撃はひらりとかわされ、あるものに至っては余裕までたたえ攻撃を回避される。ことによると剣の腹を蹴るかはたかれることすらある始末だ。

 無論、半ば及び腰の剣が、その心得を持つ者に届く道理はない。そんな分かりやすいはずの不利な条件にさえ、今のシガールは考えが及ばなかった。加えて一対四という物量差だ。

 東方の言い回しを借りるとすれば今のシガールは、『飛んで火に入る夏の虫』である。

 愚直にも突撃一辺倒の攻撃を繰り返す最中、野盗の一人が長剣を勢いよく抜き放ち、迎撃の構えを見せる。

 

 「いい加減にしろ、鬱陶うっとうしい。さっさと逝ってしまえ」


 痺れを切らしたにも関わらず、その男は怒りにうち震える様子がなく、堂々たる威風をまとう剣士そのものである。

 但し、相手の男には剣士たる矜持きょうじなど有りはしない。

 脅威だから、邪魔だから斬る。それだけだ。


 対してシガールは馬鹿の一つ覚え。長剣を突きだして突撃をするだけだ。そこに研鑽(けんさん)は付随しておらず、一矢報いるということすらままならない。

 シガールは距離を詰め、やがて男へ肉薄していく。

 男はシガールの攻撃をかわ素振そぶりは見せず、そのまま迎撃姿勢を取る。


 (……っ!?)


 シガールはそこで失速。酷使した下肢がとうとう音をあげた。

 激痛で脚が動かなくなる。これは俗にいう『脚が吊った』とされる現象だ。

 もはや勢いに乗った身体は惰性のみで前進を続ける。自身の脚ではないような錯覚にシガールは激しく狼狽ろうばいした。

 更に悪いことに、男は交錯する瞬間に剣を振るう体動のみで回避を行った。

 ──交差方カウンターとされる技術である。

 

 「ぐっ……」


 回避しようにも脚は動かず、その剣はまさしく必殺を期して放たれたもの。

 ゆっくりと進む時の中で、思考で『回避不可』と断定するのにそう時間は要らなかった。

 唸りをあげる剣の刀身は、さながら死神の携える大鎌に思え、脚がすくんだ。


 「──しまった」


 それだけ言うのがやっとだった。


 (あぁ、死ぬんだ、俺……)


 否定する中で、頭のどこかで納得もしている自分が居ることに驚く。

 そして言い終わるが否や、下腹部をぎらつく刀身が貫く。


 (……ちくしょう、俺は……俺は──皆の、仇を!?)


 剣が貫徹しきった衝撃で、目尻に湛えられていた涙が数滴宙を舞った。

 どさりと力なく、シガールは草の上に倒れる。

 傷口が熱く、焼き付いてるかのようで、気をやってしまいそうだったが、また痛みで覚醒する。

 しかし、それも長引かず急速に意識が遠のいていく。


 「ハハハ、お前って奴ぁほんと気が短くていけねぇ」 


 「けっ、邪魔なのは女だろうが叩き斬るに限るだろうが?」


 「本当に下衆な男だぜ、お前」


 遠のく意識の中、シガールはかの者達の不幸を心の底から願った。


 (お前たちなんか、皆死ねば良いんだ。ずたぼろになって死んでいけ! マジー姉ちゃんや母さん達みたいに……いいや、もっともっと苦しんでから死んでしまえ!)


 「……ん、なんだテメェ!? いつからそこにいた!?」


 「ふん、手っ取り早く斬っちまおうぜ!? 男じゃあ、お楽しみもなにもないからな」


 そんな時、野盗の慌てふためく声が聞こえ始める。

 数合の打ち合いの後、血しぶきを伴って一人が地面に接吻(キス)をした。

 それは他の男も同じようで、数合と打ち合わずに倒れていく。


 「頼む、金ならやる。 へ、へへ、たんまり有るんだ。 だからどうか命だけは、命だけは……や、やめ、やめろおぉおおお!?」


 最後に残された男の、恐慌の声が響く。それは悪魔か何かにでも出くわしたような、耳に残る類いの高音だった。


 (良かった……皆、野盗達あいつらは皆死んだ、よ……?)


 そこまで思考したところでシガールの意識は途絶え、視界が暗転した。

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