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異端ノ魔剣士  作者: 如月 恭二
一章 遠い日の誓い
15/120

迷い

はい、やっとこさ赤雷のシーンでございます。

後は、多くを語りませんので、どうぞ物語をお楽しみ下さい(汗)。

楽しめるかは、読者次第ということで宜しくお願いします。

文才無いのでorz


*この作品における一里は、現在の距離にして約1.5km程度です。3.9kmだとかなりでかいです。昔の一里は、1.5kmらしいので、そちらを使ってます。

 「……」


 赤雷はシガールと昼食を摂りながら、向かいに座るシガールを見つめる。

 傍目には不機嫌極まりない表情ともとれるが、その瞳にはある種の哀切が込められていた。そこに殺し屋の意思はなく、一人の親としての感情が揺れる。

 シガールは最初の刺々しい雰囲気とは違い、まったくの無感動にポトフをすする。

 恐らくは目が冷めきっていたことが一番大きな要因だろう。家族を失ったこともある。幼い子供には無理からぬことではある。

 ──だが、何故だろうか。

 赤雷にとってはそのことがいささか以上に我慢ならなかった。


 「おいシガール、お前よ……もう少し旨そうに喰ったって良いじゃねぇかよ?」


 (違う……)


 「……」


 「そんな目をして一緒に喰ってる、こっちの身にもなってみろってんだ。 しけた面しやがって……」


 (違う……こんなことを伝えたいんじゃない)


 それでもシガールは沈黙を貫く。赤雷はやや感情的になり、徐々に目尻が吊り上がっていく。


 「死んだ人間の事をいくら考えたってキリがねぇよ。 生き返ったりはしねぇ、だからなシガール……お前のそれは無駄なんだ」


 「──っく!!」


 その赤雷の言葉にシガールはとうとう堪忍袋の緒が切れる。目尻に涙を浮かべ、顔を紅潮させて掴み掛かると赤雷を怒鳴り付ける。


 「アンタ、のこされた俺のことを何とも思ってないのか!? 俺は、俺は家族を守りたかったんだ!! それを……それをアンタは!?」


 そのあまりの剣幕に赤雷は一瞬怯む。


 「……ふん。 だが、たかだか五歳だか六歳だかの鼻たれに何が出来る? せいぜい祈って祈って、殺されるのが関の山だ。 思い上がるな、小童こわっぱ。 お前は何も出来やしない」


 「俺だって、剣は握れる!」


 「だが、それだけだろ? 人を斬ったことは有るのか? 得意な構えは何だ? 斬り付け、斬られる覚悟は有るのか?」


 「そ、それは……」


 「──ほら、これだ。 そんなお前一人が加勢したとて、きっと足手まといが良いとこだったさ」


 「~~っ!!」


 もはや売り言葉に買い言葉である。お互いに一歩も譲ろうとしない。

 シガールは歯ぎしりし、しまいには泣き出してしまった。


 「死んじゃえ!!」


 シガールは罵倒と共に拳を振り上げる。それが偶然、赤雷の頬に食い込み、赤雷は額に青筋を浮かべる。


 「……この糞餓鬼が~。 いい加減にしろっ!!」


 気がつけば反射的に手が出ていた。

 育ってきた環境、教えも要因の一つで有ったが、感情が占める割合の方が大きかった。

 シガールの拳とは違い、ばちりと一際大きな炸裂音が響く。

 見れば、シガールの頬は真っ赤に腫れ上がり、鼻から血も垂れ落ちている。

 赤雷は、はっとして手を伸ばしかけるが、手を出した故に気が引けて、何も言えない。


 「……アンタは違うと思ってた。 あんな野盗連中とは違うって……」


 赤雷は沈黙を決め込む。それ以外に選択肢はない。

 本当の事を言って、現実を突き付けただけだ。

 そのはずなのに、今はただ心が痛かった。


 「アンタは俺を、父さん達を助けようとしてくれた……。 現にアンタは俺を助けはした。 けど、違う……皆死んで、俺ただ一人が生き残ってるだけだ、そうだろ!? ……こんな絶望を有り難う。 くそったれの異邦人!」


 「…………」


 赤雷は何も言えなかった。

 例え自己満足の優しさでも、目の前の子供を助けようと思ったのだと、赤雷は自身に言い聞かせるように手を伸ばしたはずだ。

 だが、違った。

 自身が抱いた感情、本当にそれはただの自己満足で、他人を苦しめていた。

 かつて、為し得なかったことを目の当たりにして罪の精算をしたかったはずだった。

 それが今では目の前の子供一人に手を差し伸べることすら叶わない。それどころか、その子供の傷を余計に掻き回す始末だ。


 (俺ってやつは……最低だ。 こんな……こんなつもりじゃねぇんだ!!)


 赤雷はただ口の中で唇を噛み締める。

 今また口を開けば、それこそシガールを傷付けかねないと思えた。たかぶった感情はそう簡単には冷えきらないものなのだ。

 だからこそ異邦人と罵られ、蔑まれても甘んじて受け入れる他はない。


 「ご飯を有り難う。 俺はもう行かなくちゃ……。 さようなら、もう会うこともないだろうね……」


 剣をよたよたした動きで拾い上げ、赤雷に背を向けてシガールは歩き出す。赤雷には一瞥もくれず、その視線はただ前のみを見据えていた。

 赤雷はまた手を伸ばしかけ、所在なさげに彷徨さまよわせた後だらりと下ろす。


 ──子供ですか……。私はにぎやかで好きですよ。あら、あなたは苦手なのですか?


 ──おとう、疲れた?


 今までの様々な追憶が駆け抜ける。

 赤雷にとっての温かい日常。

 もはや戻らぬそれを思い起こすのは、無い物ねだりだと決めつけていた。

 だが、それでも心は……心だけは寒かった。

 しかし、今くすぶる感情はそれに背いた。


 「糞餓鬼が、勝手にしろっ!!」


 ずきりと胸が締め付けられるのを無視し、赤雷は去り行くシガールに背を向けて武器の手入れに着手した。

 ──残された者のことを何とも思って居ないのか?

 シガールのその言葉が赤雷の心に楔となって突き刺さり、手は言うことをきかない。いつもの慣れたはずの研磨や、椿油の塗布でさえおぼつかない手つきでのろのろとこなす。


 「……なぁ、シガールよ。 お前、家族のことを俺以上に本気で受け止めて、本気で悔しく思ってるんだな……。 俺は、情けねぇ……人一人傷付けてなにを偉そうに言う権利があるってんだ」


 乾いた笑いが漏れ、赤雷の双眸そうぼうに光る物が浮かぶ。

 遠く異郷の地に降りて実に数年。赤雷と呼ばれた男の目に涙が戻った瞬間だった。






 赤雷が目を開くと、異国情緒溢れる屋敷が目に映る。

 西方の、石や煉瓦等をふんだんに使用したそれとは違い、木材を基調とした、自然味溢れる屋敷で、石材との調和が美しい。

 豪奢でいて美しさを損ねる事のない、味のある職人芸が垣間かいま見える。


 ──おとう、遊ぼう!


 その屋敷の敷地で年端も行かぬ少女が一人、薄紅色の長袴ながばかまと着物を着込み、赤雷に話し掛ける。

 少女の容姿は黒髪で風に流され、深緑の松や竹が整然と立ち並ぶ庭の中に有って一際美しく、様になっていた。

 刀を握り汗だくとなった赤雷は口の端を僅かに吊り上げて、


 ──おう、久しぶりに遊び倒すぞ?


 にっこりと笑う。

 刀を放り、少女と赤雷はたわむれる。

 蹴鞠けまりを使い、追い掛け合ったり、はしゃいだり。実に色んな事を繰り返す。

 そんな赤雷達を軒下で見つめて女性は柔らかく微笑む。

 華奢で、抱けば折れそうな線の細い、色白の美女だ。少女とお揃いの着物に身を包んでおり、女性らしさを強調する線が浮き彫りとなっていた。

 だが、足を投げ出してぱたぱたとする様子は年相応とはいかず、年頃の少女のようにあどけない。

 二人と女性は、目が合って暫しの後、目をしばたたかせる。


 ──あら、やだわ私ったら。あなた、今のは忘れて下さいまし!?


 ──ぷっ!?そうしていると、まるで年頃の女子おなごよな。はははは。


 ──あ~、おかあの顔真っ赤~!!


 ──もう、二人して!?……ふっ、ふふふ。



 他愛のない事で笑い合う。

 なんの事はない、他者からすればつまらない日常。

 それでも赤雷にとってはかけがえのないものだった。

 そんな日常は、けれど唐突に消える。


 ──なっ!?


 目の前の少女も、女性もそれが元から夢か幻であったかのように掻き消える。


 ──どこだ、どこに行ったんだ!?頼む帰って来てくれ!おい、どこなんだ!?


 視界は徐々に色を失い、気がつけば宵闇だけが赤雷を包み込んでいた。

 女性と少女を探し、進めども進めども暗闇が晴れることはない。

 代わりに有ったのは底抜けにくらい深淵である。

 ついに視界は暗転していき、赤雷は闇に呑まれた。

 呑み込まれる最後の瞬間、赤雷は恥を掻き捨て喉が張り裂けんばかりにえた。





 「すずなーっ‼」


 次の瞬間、赤雷は覚醒する。いつの間にか居眠りをしていたようだ。

 肌着が発汗した皮膚に張り付き、なんとも不愉快な寝覚めだ。

 そして、森に木霊する自身の声で意識はより一層覚醒していく。 


 「すみれ……?」


 気のない声で今は亡き娘の名を呼ぶ。当然答えは返って来ない。

 今彼が居るのは東方の島国である《倭ノ国》の屋敷などではなく、西方大陸の国──《シエル王国》。その領内であり、王都より西に移動すること五十里の場所に位置する森林地帯だ。

 その場には居もしない者の名を叫ぶなど、事情を知らぬ者が見れば気が触れたと捉えても可笑しくないだろう。


 (……夢、か? はは、それもそうか……。 俺にはもう、菘も菫も居ないんだ……。 ──っ!?)


 そこで赤雷は一人の顔を思い出す。全身は血に塗れ、死にていになりながらも親子を想う、そんな一人の男のことを。

 ──頼む!妻と子供を助けてくれ!

 初めて聞いた時は、無責任と内心笑ったものだが心意気は紛れもない本物だった。

 本気で自らを盾とし、妻子を助ける為の捨て石となったことを赤雷は知った。

 

 「すまん、あんたの息子を死なせるかも知れん……」


 遺骸を前に、赤雷は陳謝する。

 それは以前の彼からすればあり得ない行動だった。

 本拠に戻れば、そこそこに有名な人物として注目の的になるような人間が、遺体とはいえ、人に謝ることなど今の今までなかったことなのだ。

 それを踏まえると、赤雷の行動基準は以前より少し狂っていた。


 「もうじきに日が暮れる。 帳が降りるのもそう遠くはなかろう……」


 見回すと、木漏れ日が赤く染まっており夕日だと分かる。

 東方と季節の変遷へんせんはほぼ同じであるから、今は秋だろうか。

 そうすると、日が暮れるのも時間の問題である。

 

 (もしや、シガールは死んでいるのでは……。 いや、死んでいるであろうな……)


 手近な木の根に腰を下ろし、思案にふける。

 思い浮かぶのは、シガールが凶刃に倒れる姿である。

 足運び、体重移動、仕草などを思い浮かべる。

 それらを元に思索するも、よくて迷った挙げ句に餓死、悪くすれば賊連中に捕まりなぶり殺しの未来が待っている。

 その思考の中で、死んだシガールの生気のない目と目が合って、赤雷は目を閉じる。


 (俺に、餓鬼の面倒はみれん……今更、な)


 そう決め付けかけた時、赤雷の脳裏に焼き付いた光景が思い出された。


 ──お父……お仕事、今日は行かないで?


 「~~っ!」


 ──うぉおおおおおおおおおお!!


 そして、最後にシガールが哀切に慟哭する姿が浮かぶ。それは自身の家族に重ねられた。

 赤雷が選んだ行動は、感傷に流されたものだった。


 「くそ! これだから餓鬼ってやつは……!?」


 そう言った時にはシガールの足跡をたどり、赤雷の足は地を強く、荒々しく蹴っていた。

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