夜営
前部の闖入者にくっつければ良かったのですが、これはこれで(汗)
キャラの動きは想定通りですが、合点がいかない人は我慢して下さい。
『想定通り』ですから。
「おい、餓鬼。 気は済んだか? 済んだのなら移動だ、いいな?」
未だ顔を伏せるシガールに外套男は無遠慮に言葉を投げる。早々に切り上げろとでも言いたげである。
不意にシガールの肩の震えが止まる。
「……うるさい」
「あぁ?」
予想外の反応に男は面食らった。意図せずして声が低くなる。
瞬時に振り返り、シガールは男に飛び付くと、男を罵倒し、非難する。
「うるさい! アンタがもう少し早く来てくれれば、こんな事にはならなかったんだ! 父さん、母さんだって死ななかったんだ!! それを──」
「黙れ」
冷たい声音でシガールのを遮り、胸ぐらを掴み上げると間をおかず、更に続けた。
「喚くなよ糞餓鬼。 いいか、よく覚えておけ。 力の無い者は虐げられる、この世は弱肉強食だ。 勝ち残り、生き残った者が強者だ。 分かるか、正義だろうが悪だろうが力を伴わなきゃ無力なんだよ。 付け加えると、俺は仕事で来た身でな。 お優しい正義の味方でも何でもない、ただの薄汚れた殺し屋なんだ。 ……分かったかっ!?」
そう言って男はシガールを放り投げる。酸欠に喘ぎ、シガールは咳き込む。
「ゲホッ、ガホッ!! ……」
ひとしきり咳き込むと、シガールは男を睨み付ける。男と目が合い、一瞬たじろぐもすぐに睨み返す。
だが、シガールに対して男は肩を竦めてみせると思案し始める。
「……ふん。 まぁいい。 取り敢えず、埋葬は後だな」
「なんでだよ……?」
「こんな所に埋葬か? 若いうちからとんだ親孝行なこった」
その嫌味な言いぐさに、シガールは目に涙を浮かべ唇を噛む。知らず、犬歯が食い込み、血がにじむ。
「きちんとした所へ届け出て弔って貰え。 万一埋葬中に襲われでもしたら目も当てられん。 見ろ、じきに日も沈む」
見れば、東の空は宵闇が降りかかっていた。男の言うとおり、夜が来るのはすぐだろう。
「なにより……お前の父ちゃんと母ちゃんだろ?」
不意に言葉を切ったかと思っていたが、唐突な言葉にシガールは驚く。
「……う、うるさい!」
慌てて涙を拭うも、出た言葉は憎まれ口である。
「糞餓鬼が……。 さて、寝床は地面だが、ここは場所が悪い。 そろそろ移動するぞ? まぁ、ここ以外に寝床となりそうな場所と言えば──」
そこまで男が言ったところできゅるるーと、くぐもった可愛らしい音が発生する。
男は目を丸くし、シガールは悔しそうに歯噛みしている。
よって音の主は容易に特定出来てしまう訳で……。
「餓鬼……お前……!」
「う、うるさいな! 昼飯だって満足に喰ってないんだ、仕方ないだろ!?」
移動の為、シガールら一向は昼食は軽くに留めていたのだ。加えてこの騒動である。昼食は馬車の中であったことも手伝い、隊商の誰一人口にする事がなくなったのである。
これで腹を空かすなという方が無理な話だ。育ち盛りの子供であれば尚の事である。現に空腹は極限状態を迎えていたし、ちょくちょく腹も鳴っていた。
シガールは男の肩が震えているのを見付け、語調が強まる。
怒っているかも知れないと思ったからだ。
先のやり取りで、男の人格を嫌った事もあるが、『虐められても心では負けるな』という父の教えが思い浮かべられたのだ。だからこそシガールは強硬な態度を取った。
「ふふっ……」
だからこそだろうか、シガールには男の態度が理解出来なかった。
──笑ったのだ。
押し殺されたような小声でこそあったが、男は確かに僅かな笑みを浮かべた。
悪党じみた態度は最早なりを潜めていたのである。
「さ、早く移動するぞ。 食事の用意をしている場所が有るんだ。 そこまでの辛抱だ、行くぞ」
「……」
シガールは男の冷たい態度が軟化したことで呆気に取られる。
置いていくぞという男の声に、シガールは慌てて後を着いていくことにした。
半刻は歩いただろうか、街道沿いの開けたところに出る。
背の低い雑草が、シガールと男の座り心地を快適なものにしていた。
男は外套を脱いでおり、中性的で端正な容貌がほのかなたき火の明かりに照らし出されていた。男だというのに、烏の濡れ羽色をした艶やかな長髪が印象的だった。下手をうてば女性と間違われること請け合いである。
シガールはそんな男の対面に座り、たき火と鍋を挟む。
たき火は男が見事な手際で火をおこした成果だった。ただ、鍋だけが二人の間で異様に映っていた。
男の意図がいよいよ分からず、シガールはついに口を開く。
「これは……?」
「何って……鍋さ。 これから飯にしようってんだ。 見れば分かるだろうが?」
鍋の下には途中で集めた木の枝が組まれており、その上に鍋が鎮座していた。
鍋には水が張られ、枝は赤々と燃えていた。
そこに追加で薪を入れると、その鍋に何かしらの骨、そして乾燥させたとおぼしい肉や野菜をこれまた手際よくぶちこむ。
男はよしというと、上機嫌に言った。
さして時間をおかずに水が沸騰し、具材は煮えて鍋から鼻腔をくすぐる匂いが立ち上ぼり始める。
「いやはや……持ち運びは少々骨が折れたが、これの為ならば苦労した甲斐があったというもんだ」
「……」
確かに旨そうな匂いがした。
濃厚な味を予感させる匂いと野菜と肉の絡み合った、どこか優しい匂いだ。今まで食べたどんなプディングのスープよりも美味だろうことが窺える。腹の虫もやかましかった。目の前のスープは一体どんなに腹を満たしてくれるだろう。
しかし、シガールは男に相槌を打つでもなく黙って佇むだけだった。但し、視線は離れた場所一点のみを見つめている。
視線の先には、男の外套を掛けられた二つの膨らみだった。
──ソレイユとリュンヌの遺骸である。
それを察するや、男は眉をしかめる。
「おい、餓鬼。そう辛気臭い面をするな。飯がまずくなるだろうが!」
「……」
「……ちっ! しょうがねぇ餓鬼だなあ! ……ほら!」
そう言って男は、やや乱暴に器を取り出しシガールの分を取り分ける。
それをシガールへと押しやると、
「喰え! 腹空かしてんだろう?」
有無を言わさんとばかりにさじも付けて押し付ける。
「……ない」
「あ?」
「俺は餓鬼じゃない! シガールって言うんだ! 覚えておけ!」
「……覚えておこう。 シガール、で良いのか? 俺は……赤雷とでも呼べば良い」
反応を示したと思えば、開口一番がこれである。
最早話もままならんと切り替える。肩を竦め、男は自分の分を取り分け食しに掛かった。
ふと、シガールが立ち上がった。
「どこへ行く?」
「どこだっていいだろう!?」
「……」
シガールは金切り声じみた叫びをあげ、男を睨む。
目が合った男は沈黙。口にものを入れたまま、シガールを見つめる。
不思議と刺々しさはなく、一見無感動にも見えるその瞳には、ささやかながらも哀れみが込められていた。
「~~っ!!」
視線が合った事を気にしたのか、シガールは慌ててそっぽを向き、大股でリュンヌ達が横たわる場所へと歩いて行った。
そこへ辿り着くとシガールは力なく膝を折り、食器がひっくり返るのも、中身がこぼれることすらもお構いなしに座り込む。
「……母さん、父さん。 俺も連れて行ってよ、一人はいやだ……。 俺は……俺は、う……ぅ、わああああああ!!」
少しの独白の後、シガールは物言わぬ両親にすがり付き、大粒の涙をこぼして号泣する。
その様を外套男は立ち木の傍でじっと見守っていた。
秋の夜長。
その後泣き疲れて床に就くシガールであったが、その夜はとうとう一睡もせずに過ごしたのだった。




