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異端ノ魔剣士  作者: 如月 恭二
一章 遠い日の誓い
11/120

闖入者

 異端の魔剣士、第十一部です。

 簡素な戦闘描写があります。

 小説って、しかし難しいですね!

 余分を捨てなきゃならないので、取捨選択が肝要なのではありますけれども。

 さて、いよいよ話が進んで参りました。

 一体シガールはどうなるのでしょうか。

 どうか読んで下さると嬉しいです!

 稚拙な文体ですが、宜しくお願いします!

 「殺し屋だぁ?」


 野盗の一人が外套男にいぶかりながら聞き、しばしの間、連中はどよめく。

 男は友人に語りかける様な、実に気安い物言いを連中に対して行う。あまりに場違いに思えた。


 「……そうだ。 聞いていなかったのか? 耳はどうした。 さては腐って落ちたか?」


 「お前……今のてめぇの状況を知ってて与太ぬかしてるんじゃねぇだろうな?」


 その言葉に一人が反応。もう一人が追従する。


 「この人数をみろよ、一人でこの数を相手にどう永らえるつもりだ」


 最早シガールの存在すら無視する様な、それでいて外套男を挑発する言葉を放つ。

 シガールは不安げに男を見遣るが、傍らに立つ男はたじろぎもしなかった。

 相手は四人。数の上では男に勝ち目は無さそうに見えた。

 ──が、男は鼻白んで返す。


 「武力を笠に屈服させようってのか……。 知ってるか? 弱い奴ほどに武力をひけらかそうとするらしいぜ」

 

 「……殺す!!」


 「ふん。 暗殺者風情が知った風な口を利くな!」


 激昂した男達が全員、外套男に向かい殺到。

 四方から囲む様に各自が移動、間合いを詰める。

 男は身体を僅かに下げ、口を開く。


 「……おい、そこの餓鬼」


 シガールはびくりとしながらも、おずおずと自らを指差す。


 「下がってろ、あぶねぇぞ」 


 一瞥いちべつもくれずにそれだけ言うと、棒状の物の中から、刀剣とおぼしい得物を抜き放ち両手で下段に構える。

 少し後退したところで男を見守るシガールは、その光景に目を奪われた。


 (何……アレ?)


 それは刀剣というにはあまりにも細かった。

 シガールが手元に持つ父の剣とでは見た目が段違いである上、刀身が約半分程の厚さで見た目で、特に頑強さという点において、とても頼りになるとは思えない代物だった。

 強いて言うなら、三尺と少々といった具合で間合いにおいては優勢をとれる程度と受け取れた。

 それでも、どうしてそのような武器で泰然と佇んで居られるのか、シガールは不思議であった。

 何よりも男が携えたそれが持つ美しさは思わず息を呑む程で、ともすれば美術品に分類されるのではないかと思うほどだ。シガールは、その妖しい魅力に一瞬意識を持っていかれる。

 鈍色に、けれども何物よりも鮮烈な光沢はまさに大業物の輝きに他ならなかった。

 しばし、シガールはその剣に魅入られる──それこそ母の事が一瞬意識から離れる程に。


 「行くぜ!」


 「おうっ!」


 そして、唐突に死合の火蓋は切って落とされた。

 挟撃に二人。

 僅かに間をおいて、残り二人が踊り掛かる。恐らくは遊撃だろう。

 彼我の距離は八間弱。その間合いすら瞬く間に詰められ、すぐさまそれぞれの得物の間合いに入る。

 まず、挟撃に回った二人がほぼ同時に斬りかかった。


 「死ねい!」


 シガールは思わず目をつぶった。


 少しの間をおいて金属の擦れる、甲高い快音が辺り一帯に響く。一度の後、それは断続的に発生する。

 恐る恐るシガールが目を開くと、男は無傷である。

 それどころか、二人の打ち下ろしを受け流し、弾き返した直後である。

 その上、不規則に襲い来る四人を相手取ってほぼ対等に打ち合っていた。

 ──否、打ち合うという言葉には語弊が有った。

 彼はまともに、真っ正面から斬り結んでいなかった。

 ある時は大上段からの一撃をしのぎで受け流し、またある時は横一閃の薙ぎ払いを僅かな足運びで、それも紙一重で回避していく。

 短槍の突きは踏み込み、交差方カウンター気味に一閃を見舞うなど、観ていて小気味良い程の剣舞が展開され、鍛治屋さながらの旋律を奏でる。 

 一見外套男の防戦一方に映るが、大勢を相手取っても確かな足運びと技量で押し込まれないよう、工夫と技巧を凝らした剣である事が(うかが)えた。


 危なげない立ち回りと清澄な剣戟の音を感じながら、シガールは男の闘い方を見て気付く。


 (少しずつ、移動してる……?)


 外套男は大立ち回りを演じてこそ居るものの、決して不利にも、優位にも立っていなかった。

 言い方を変えれば、決して負けないとも言えた。

 その戦い方はなにより、勝ちに行っていないと感じられる。

 しかし、幾十合という打ち合いの末、とうとう男は追い詰められ、一本の巨木を背に鍔競つばぜり合う。


 「ふふ、どうやらてめぇのつきもこれまでのようだな」


 「……」


 「せいぜい後悔して逝け!」


 男が再び距離をおき、またも二人同時に左右から襲い掛かる。

 あわや男が斬られる瞬間、瞬時に身体をかがめ男は攻撃を回避。


 「……な!」


 結果、空を切った二人の剣がみきに深く食い込む。追い詰めたと思い込み慢心したが為の痛恨の失敗である。二人して、驚愕に顔をゆがめる。

 だが、それだけでは終わらない。

 屈み込んだのは、勢いを付けるためでもあったのだ。


 次の瞬間、溜めに溜めた脚力は爆発的な勢いを以て駆ける。

 すれ違いざまに一閃を見舞う。

 半円の弧を描いた優美な斬撃は男一人の胸部を深く斬りつけ、返す刀で更に腹部を薙ぎ払い即座に絶命せしめる。


 「……っ!」


 更に、勢いそのままに残る一人に接敵。

 反撃を許す暇すら与えず、逆袈裟に斬り上げ、喉をひと突き。

 断末魔を挙げることも許さず、男達は瞬きの内に仲間を二人も失う。


 「……!」


 決着は僅かな機転で、それも計算された立ち会いで幕を下ろした。

 野盗もシガールも、あまりの事に声すら出せずに居た。


 「俺の剣は“殺しの剣”だ。 お行儀の良い騎士と同じ、ぬるい剣だと思うな。……お前らもそうだ。此処までと思って大地の肥やしになっちまえよ」


 男はお前らと強調し、残る二人をめ付ける。

 

 「う、うわあああ! くそ、来るな! こいつがどうなっても良いのか?」


 男達は戦慄した。

 ただ一人の男に窮地へと追い込まれている事も勿論だが、仲間二人の末路が自身の末路に重なって映り、余裕なぞとうに消え去っていた。

 静かな大喝に二人は怯えながらも、全速力で走り寄りシガールを人質に取って、切っ先を首筋に突き付ける。

 シガールは、抵抗しようと思わなかった。


 (死ぬのも……良いかも知れない。 例え父さんが生きてても、会わせる顔が……ない)


 目を閉じた時、低く唸る様な声が耳に入る。外套男が、怒り心頭の気配をにじませていた。男のまとう空気が変わる。


 「てめぇ…………!」


 「どうした、悔しいのか!? なんとか言ってみろ!?」


 優位に立ったとばかりに男はまくし立てる。


 「そうだよな! いくら殺し屋や暗殺者とて所詮人の子さ、餓鬼一人だって出来れば殺したくねえよなぁ!?」


 「……」


 男は俯き、視線の先で(ただず)んでいた。

 だが、シガールは何となく感じる。

 ──違う、彼は諦めていない、と。


 「──斬る」


 男の言葉がいやによく通り、次の瞬間──掻き消えた。


 「……なに!?」


 「何処に行った!?」


 「……!?」


 男は現れなかった。

 ──が、木陰からナイフが二本飛来し、男のそれぞれの利き腕に命中。

 堪らず武器を落とす。

 シガールには黒い影が、木々と木々の間縫うように疾駆しこちらへと向かう様子がみえる。

 それは瞬く間に距離を詰め、男達へと肉薄。


 「がっ!?」


 「うっ!?」


 風の後、男達が呻き、それぞれ肩口と脇腹付近から血を吹き出して怯み、シガールは解放された。

 そしてすぐ横で、静かに言葉が紡がれた。


 『いちノ型──閃影せんえい


 ゆっくりと言葉の方へ振り向くと男がさやへ得物を戻した所であり、チンと鍔鳴りがした後だった。

 慌てて男達を見ようとしたが、外套男に制された。


 「見ていて気持ちの良いものではないぞ」


 「……」


 シガールは若干眉をしかめて、男を見やる。


 「……どうした? まあ良い。 何にしてもここは空気が悪い……。 取りえずは、お前の母ちゃんも連れて移動するとしよう」


 男の言葉をたっぷり吟味してしぶしぶ頷き、その場を離れる事にした。

 去り際、男はシガールの母の遺骸を抱え上げ、ちらと後ろを振り向く。

 そこには、勁部と胸部を半ばまで断ち割られて事切れた、無惨な遺体が二つ転がっていた。

 二人の男だったモノを見て、男は不服そうに、だが何処か悲しそうに──一瞬だけ頬をひきつらせる。

 ──が、すぐに視線を前に戻し、歩みを進める。


 (我が剣は未だ完成には程遠し……。師よ、こんな時きっとアンタは『甘い』と言うのだろうな……。俺は、あの時やはり──)


 “殺しの剣”の発露。それは生半なまなかな攻撃ではなかった。一瞬の内に四回もの斬撃を放射状に放つ技であったが、男にすれば未完も甚だしい物だった。

 ──あまねく斬り飛ばせぬ剣のどこに大言を吐く権利が有るのだろうか。

 彼が目を閉じれば、師の顔が(まぶた)の裏に思い起こされる。

 詮無い事と分かって尚、男の思考はとりとめもなく繰り返された。

 

 その隣で、シガールもまた思案していた。


 (俺にもっと力が有れば、こんな事には……。 母さんだって……死なずに済んだかも知れないのに)


 ふと、頭の中に己が愛好するお伽噺とぎばなしの騎士を思い浮かべた。

 

 それは、何よりも憧れた英雄伝説。

 強きを挫き、弱きを助ける正義の具現。人格者でも在り、困った人の願いを聞かずに居られない騎士の姿。

 何よりも輝かしく、また強さの証明であった、そんな騎士の事を──。

 何時しかシガールは、横を並んで歩く外套男を見上げる。

 想起するのは男の立ち回り、卓越し澄みわたった剣技の数々。

 そんな男に対して、憧れを抱くのはすぐだった。男に対して不満が無いかと言えば嘘になる。

 だが強く、強く優しい父にも憧れを抱いたシガールがそう思うのは自明の理だった。


 (俺は……強くなる! 何よりも、誰よりも──白銀の騎士よりも! きっと殺し屋の剣みたいな剣さばきだって、俺の気持ちさえ違う方向へ向いていれば平気さ!)


 男の後ろに続き、その背中を睨む様に見つめシガールは強くそう誓いを立てる。


 この時のシガールはまだ知るよしもなかった。

 それこそが呪いの類いと言われるものだということを──。






 移動すること約二十数分、男はシガールを連れだってとある場所へ足を運んでいた。


 「……と、父さん……? 父さんなのか……!? ──ヴッ!」


 そこは男がソレイユと出会った場所だった。

 ソレイユは、傍目から見ても凄絶な状態であった。

 下腹部より短槍が貫徹。腰部付近より鋭い穂先が顔を出し、刀傷は身体の至る部位に走っている。五本もの矢玉を受け内一本が左目を穿ち、常人であれば吐き気を催しかねないありさまである。

 失血の程度も相当なものだと、素人目にも分かる程だ。

 シガールはソレイユを見付けて父と認め、傷害の度合いに涙を溜めて口元を抑える。

 外套男はソレイユの状態を観察する。

 棺桶に片足どころか、両の足が入りそうなほど悲惨な状態だが、それでも胸は微かに上下していた。

 とは言え、首の皮一枚でもっているようなものだ。いっそ生きているのが不思議なくらいである。


 (腐っても医者、か……。 今回ばかりは感謝だな)


 それを確認し、男はソレイユの頬を優しく叩く。


 「おい、起きろ。 アンタ、『助けてくれ』って言っただろうが?」


 「やめろ! 父さんが、父さんが……!」


 シガールがすがり付き、やめてくれと懇願する。

 しかし、男はその手を無情にも払いのける。


 「黙れ餓鬼。 この半死人おとこが命張ってまで『お前等親子を助けて欲しい』と言ったんだ。 残酷かも知れんが、これも俺なりの……言わば一つの手向けだ」


 「なんだって…………」


 その言葉にシガールの目が見開かれる。


 (俺は……父さんに任せられた。 ──だというのに、どうして父さんは……?) 


 そこで母の事が頭を掠める。

 シガールを庇って死んだ母の姿がまざまざとよみがえる。

 心臓が不快な脈動を刻み、肩が震える。


 (まさか父さんは母さんの事を知ってるのか……? だから助けを?)


 頭の中が真っ白になる。ついで、様々な思考、感情が渦巻き混沌を為す。

 もし、自分の考えが正しいのだとしたら、自分はここに居る権利などない。

 そうして、幾つもの考えが浮かび、

 ──俺は、何も出来やしない。

 何時しかそんな考えが浮かんだ。


 「ゲヴ……!」


 「父さん!?」


 父ソレイユが血のあぶくを吹きこぼしながらも、辛うじて息を吹き返す。


 「……お、おぉ……シガ……。 無事、か」


 「うん、何とか……」


 「どこだ……どこに、いる……?」 


 (こいつ……見えていないのか?)


 ソレイユのすぐ隣にシガールは膝を突いていた。だというのに、ソレイユはそれに気付いた素振りがない。震えて動かない手を必死に動かそうともがいていた。


 (……もう、駄目だ。 ……!)


 男は経験からそれを読み取りソレイユに目を向ける。

 懸命に父へ縋るシガールを目にして不意に、男の胸がちくりと痛んだ。


 「俺はここだよ、父さん!? 分かる!?」


 シガールは、父に身体を密着させ手を握る。

 ソレイユは一筋の涙を溢し、身体を震わせた。


 「おぉ……良か……。 リュン……は?」

 

 「……っ!?」


 シガールはその言葉に凍り付く。

 ──が、


 「──怪我をしている。 今は離れた所で安静にしているさ」


 男が割って入る。シガール、そしてソレイユも急な発言に驚く。


 「……!」


 ソレイユは、一瞬だけ驚くとすぐに表情を緩め、ふっと笑みを浮かべる。それは、死に逝く者とは到底思えぬ穏やかなものだった。


 「そう、か。 ……本当……に、良かった。 ……あり……う」


 次の瞬間ソレイユの手が、地面に力なく落ちる。瞼は安らかに閉じ、ただ眠っている様にも見えた。

 シガールは、その事象が指すことを理解した。理解してしまった。


 「父さん……? 父さん!? 大……丈夫? あ……あ……!」


 許しが欲しかった。

 母を頼むと言い付けられ、結局守りおおせず死なせてしまった事。

 その贖罪しょくざいがしたかった。

 怒り狂った父に罵倒され、力の限り殴り付けて欲しかった。

 殴られて死んでも本望だとすら思った。

 それももう、叶わぬ夢に成り果てた。全ては瓦解し、優しい日常は思い出に変わる。

 ──力の無いばっかりに!


 「ああぁあああああ!!」

 

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