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2013年におこったヒト滅亡型ウイルス流行の驚異を逃れた我が人類たちは、2042年、細菌目視液の接種の義務化を果たした。2037年には下位階級の市民を使って試験的に行われていたのにも関わらず、結果として大失敗に終わる。
2303年。少年にも見える顔立ちの少女は、立ち上がってその文章を音読した。
「そうだ。その先人たちの愚鈍な行いで、250年以上経った今でもその障害は私たちに残っている。たとえば、みんなにも見えているだろうがこの視界にうつる無数の点。細菌目視液がDNAにまで侵入した結果、子孫にも残っているというわけだ。先人たちよりは目に見える細菌は減っているが、まだ腐るほど見えるそのおかげで今も若者の自殺者はいっこうに減らず、人口の推移は目に見えて減少している。」
つぎはぎの多い黒い服を身にまとった、額の広い短髪の、三十代半ばだろう教師が手元のキーボードを使って、ディスプレイに打ち込みながら話し出す。先ほどの少女を始め、生徒たちは皆ノートパソコンに打ち込んでいく。ノートに写す時代はすでに終わっていた。
「次回は、試験的に行われていた下位階級の者たちの様子を記録した映像をみてもらう」
教師がそう言い終えるとほぼ同時にチャイムが鳴り、生徒たちはクリーンルームから出ていった。そんな中なかなか出ようとしない少女。問題児でもないのにかかわらず、職員会議に必ず話題がのぼるほどの、見慣れたその姿。
「いい加減、慣れたらどうだ? 16年も生きているのだから。」
「ですが先生。あたしには食べ物にまで覆う細菌は怖いです。昔の人はすでに細菌の存在を知っていたのに、どうして目視なんて恐ろしい考えに至ったんでしょうか?」
その質問に教師は狼狽する。彼女が納得するような答えを、教師は持ち合わせていなかった。数秒の沈黙の後に出た答えは、文献として残っている本当の答え。
「細菌を目視出来れば、危険な細菌から身を守ることも可能だと、考えたからだ……」
「浅はか!」
即座に声を荒らげ、先人たちを罵倒する少女に、教師は気づかれないようにため息をついて話をそらす。
「少しずつ慣らしていくしかないな。まずは、ご飯をきちんと見ながら食べること。」
教師は、少女の腕をつかみ、引っ張るようにクリーンルームを出た。