私がサーラよ文句ある!
雪解けの季節。
小さな町の大きな神殿。
女性ばかりの閉ざされた世界。
そんな舞台での、元気な娘の物語。
私、はっきり言って神殿は好きじゃないの。
白い粉の降る寒い夜、サーラという名と共に生を受けて約十年。金色に輝く私の髪が自分の膝にとどくまで、やさし〜く育ててもらった場所ではあるけれど、やっぱり好きにはなれない。
もっとはっきり言うと、神殿の教えが気に入らない。
町の住人から尊敬の目を集める偉そうな神官たちは、いつも綺麗事ばかりを言い、外に広がる本当の世界を教えてくれない。神殿の外は誰もが許しあう世界じゃない。誰もが施しあい、助けあい、愛しあう世界でもない。
私が聞いたのは、何人もの旅人から強引に聞き出したのは、それまでのワガママな自分を恥じてしまうような、あわれで悲惨な現状だった。
(お嬢ちゃん。決して外に出てはいけないよ。町の外は、鋭い剣を持った盗賊と怪しげな薬を撒き散らす魔術師がいっぱいいるからね)
酒樽みたいなお腹をかかえる酒好きのおじさんや、私を子供扱いするしわくちゃじじいの言うことは、冗談交じりで理解に時間がかかる事ばかりだったけど、町の外で人が死んでいることは本当のようだ。
一人や二人ではなく、もっといっぱいの人が亡くなっているのだと。
今まで、男子禁制の神殿で育ち、もう少し年を重ねたら、町へ出ることも許されない私だけど、目標が出来た。
私は町を出て、外の世界を見たい。食べ物を獲りあうかのように、人の命を奪い合う人たちを助けたい。戦争というものの影響を受けて、住むところを奪われた多くの生き物が、冷たい風雨にさらされているのを助けてあげたい。
神官様たちが言われるような世界へ、私が導いていくんだ。
「よ〜し!やるぞー!」
冷たい表情をみせる空色の通路に夕日が彩りをそえる中、こぶしを突き上げる私の姿は、きっとイタズラ行為に情熱を燃やす悪ガキに見えたのであろう。
突然、後頭部をぶん殴られた。
「サーラ!!あなたには食料品を運びなさいって言ったはずでしょ。ここで何をわめいているのですか?早く行きなさい!」
まだ若いはずなのに、眉間に深いシワをつくる女性神官の名はミンス。私を含めた見習い神官たちの教育係りで、怒ることが仕事らしい。
黙っていれば凛々しい戦乙女みたいでかっこいいんだけど、私は彼女に会うたび、怒りの鉄拳をくらっている。
「ミンス先生。そんなに怒っていると、はやく老けちゃうよ」
私は言葉を発するのと同時に駆けだし、彼女の鉄拳第二段が私の頭に襲いかかるのを、なんとか避けることができた。
「この壊し屋サーラ!さっさと仕事に行きなさい!」
通路を滑るように走り去る私の後ろで、怒鳴り声を上げるミンス先生は、私が神殿の洗い場で多くの食器を相手に格闘していたのを、まだ根に持っているみたいだ。
私の性格上、優しく丁寧にというのはむいていないみたい。
先生の愛情豊かな声援に送られて、私が神殿の物資搬入口へ到着したころ、何人かの見習い神官たちが、いまにも壊れそうな古びた荷台から、巨大な袋を運び出していた。
少し離れた所では、荷台を運んできたと思われる馬が一頭、私をバカにするように大きなあくびをしている。
「なんかやる気なくなるな〜」
とりあえず生意気な馬を睨みかえした私は、遅れてきたことを非難する周囲の冷たい視線を叩き落とし、大きいわりに軽いという野菜中心の荷物を選んで、倉庫まで運びはじめた。
あいかわらずあくびの絶えないのんきな馬のお尻に見守られて、黙々と運びつづけた結果、めずらしく真面目につとめた私のおかげもあって、作業は思いのほか早く終りをむかえる。
寒さが残る春先の夕方にも関わらず、私の額から流れ落ちている大粒の汗を見てもらえれば、嘘を言っていないことが良くわかるはず!
「終わった〜。さ〜て何して遊ぼうかな?」
すでに遊ぶことで頭がいっぱいだった私だけど、荷台の近くで馬の取り付けを行なっている一人の少年に目が止まった。
扱っている馬の肌と同じ色をした茶系の髪を、私と対称的なくらい短く刈りこんでいる少年は、私の刺すような視線に気付き、おかしなくらいに慌てはじめている。
「なにオドオドしているのよ。で、あんた誰?名前は?」
私が相手の顔を見上げ、ケンカを売るように話しかけたことで、少年はちょっとしたパニック状態になっていた。
「え?ぼく?え?」
「あんた以外に誰がいるのよ!私が馬に話しかけているとでも思っているの?」
要領の悪い答えに、頭突きでも食らわせてやろうかと思った私だけど、ジャンプしないと当たりそうにない相手の背格好を見てあきらめた。
私が思うにこの少年は、荷台の上で荷物止めのロープを巻き戻しているおじさんの子供なんじゃないのかな?
「あんた、毎回食糧を運んでくれているおじさんの息子でしょ。私は今日からここで手伝うことになった、あれ?ちょっと!どこ行くのよ?」
ありがたい私の自己紹介を無視した少年は、まるで危険を避けるかのように、走り去ってしまった。
目を大きくあけたまま片手を上げて固まってしまった私の姿は、荷台の上からよく見えたみたい。ロープの整理を手際よく終えたヒゲ面のおじさんが、私の頭の上から話しかけてきた。
「ごめんなお嬢ちゃん。息子は人見知りが激しくて、まともに人と話せないんだよ」
あご全体に生えそろうヒゲのせいで一見怖く見えるおじさんは、少年の行動をていねいにあやまってくれていたけど、私の身体の中には、なにかしら燃えさかるものが発生していた。
ダメだと言われるとやりたくなる、勧められると絶対やらない。私の中でゆらめく炎は、私との話しを拒否した少年が、しっかり対話に応じるようになるまで消えそうになかった。
「ああ、そういうこと。じゃあ、私がしっかりと教育してあげましょうね!」
自分と同じ年ぐらいの少年への教育、たまにイジメと呼ばれることもある行為ではあるけれど、私の勢いは止まらなかった。
やりたい事は、今やる、すぐやる、早くやる、というのが私の行動方針であり、確か神官様のありがたいお話のなかでも同じことを言っていた気がするの、私は寝ながら聞いていたけどまちがいないと思う。ということは天上で私たちを見守ってくださっている御方も、私の正義の鉄拳を期待しているはず。
私は自ら創りだした変な理論にうなずいてから、獣が獲物を追いかけるみたいに神殿の外へ飛び出した。
「ツンツン茶色あたま!すぐに見つけてやるからね!」
新しいオモチャをみつけたつもりの私は、にやける顔を隠しもしないで少年の姿が消えた方向へ突き進んでいった。
石畳がならぶ町中を走ることしばらく、見かけた子供は数人。だけど、肝心のオモチャにはなかなかたどり着く事が出来ない。そんな中で、とうとう私は町の北西に位置する、町一番大きな広場にまでやってきてしまった。
「ふ〜、おっかしいな。どこに行ったのだろう?ん?」
職人の技で敷き詰められた石畳から、草花が支配する土の地面に変わる広場のちょうど入口で、私は四人の少年を視野にとらえた。
私の視線の先で身体を寄せ合うように集まっていた少年たちは、よく見たところ仲良く遊んでいるわけではないみたい。
少年四人の内三人は、小さな昆虫の羽根をむしりとるときのような、幼さの中に残忍性が見え隠れする表情をうかべている。ゆがんだ顔の少年たちがつくる輪の中には、頭一つ分とびぬけて背の高い幼顔の少年が囲まれており、暴力には適さないであろう小さなこぶしをふるわれていたのだ。
「最悪!神殿の近くでイジメなんて!私の正義の鉄拳を食らわせてやる!!」
神殿に仕えるものの使命というよりは、神殿内で身につけた護身術を堂々と使える事がうれしくて、私は後先考えずに、白い歯を夕日にきらめかせながら突っ込んでいった。
「とぅりゃー!!」
私が気合とともにくりだした奇襲のような蹴りは、今まさにこぶしを振りかざして、さらなる暴行におよぼうとしていた少年の背中へ、見事にめり込んだ。
叫びとも驚きともつかない声を私の耳に残して吹っ飛んだ少年は、同じイジメグループの二人と目の前にいた気の弱そうなノッポの少年をも巻きこんで、土がむき出しになっている広場の中を転がっていく。
「あら?ちょっとやりすぎたかな?手加減するって意外とむずかしいものね」
最初から手を抜くことなど思っていなかった私だけど、土にまみれた少年たちの姿にはさすがに後悔の念を覚えてしまう。もっとも、戦いに情けは必要ないとミンス先生も言っていた気がするし、悪い奴におしおきは当然なのだから気にする必要はないね。
私は何歩か歩くまでに、先ほど後悔していた内容をきれいに忘れて、倒れこんでいる少年たちの前に仁王立ちになっていた。
「あんたたち!三人も集めないと喧嘩すら出来ないの?やるんなら、もっと正々堂々とやりなさい!」
背後から蹴りを叩きこんだ私には、あまり説得力のない言葉ではある。だけど、元々ひ弱なために徒党をくんでいるイジメっ子たちには、おどしとしての役目を十分に果たしたみたい。
少年たちは、かき消えそうな声で文句をつぶやき、私に背を向けて広場から出て行こうとしている。
ミンス先生直伝の強力なにらみが効いたみたいで、私はとっても機嫌がよかったけど、次の瞬間、逃げずに残っていた被害者の少年と目があった。
「見つけた!ツンツンあたま!もう逃がさないわよ」
私の大声に、身体をびくつかせて驚くタレ目の少年は、命の危険を察知したかのように走り去ろうとした。しかし、二度も獲物を逃がすほど私はバカじゃない。
私は、餌に食らいつく肉食獣のような勢いで、少年の左手をわしづかみにし、相手を強引に引きよせながら、先ほど無視された自己紹介を改めて聞かせはじめた。
「こら!逃げないでよく聞きなさい!私はサーラ。サーラよ!神殿で働いている十歳の美少女よ!分かった?分かったら返事をしなさい!」
「う、うん」
自らを過剰評価している自己紹介。
まぁ、少年が頷いたから、本当ってことよね。
私は大満足の笑顔で、少年の身体についていた土よごれをはらいはじめた。
「まったく大きい身体してなにやってんのよ?あんなやつらにイジメられているなんて。あんた名前は?歳は?」
下から見上げているのもかかわらず、私の態度は高圧的。
そんな私に、いちいち怖がる様子を見せる少年は、目を合わせないようにしながらつぶやくように答えた。
「ぼ、ぼくは、ナジル、です。もうすぐ、十歳、です」
「ふうん、ナジルっていうのね。まだ十歳になっていないなら、私のほうがお姉さんね、ってうそー!!まだ九歳なの?!いったい何食べたらそんなにでかくなるのよ?」
私の怒ったような驚きの言葉に、身体を小さくして涙目になるナジルは、ただひたすらに許しをこい、すぐさまその場を逃れたいという気持ちを前面に押し出していた。
私はこの時、せっかく見つけたイジメがいのあるオモチャが年下であると分かって、ますます面白くなってきていたのである。だから当然、ナジルが目で訴えようが泣きわめこうが、まったく聞く気はない。
「決めた!あんたの性格、私がなんとかしてあげる!人見知りしてはっきり話せないのも、自分より小さい奴にイジメられるのも、私がしっかり訓練して逆襲できるようにしてあげる」
「え?いや、ぼくは」
「いいからこっちへ来なさい!私は、あんたみたいに自分は弱いから助けてもらえるのが当然なんだ、って思っている人間が大っ嫌いなのよ!」
土よごれを力まかせに払い落とした私は、仕留めた獲物を巣穴に運びこむかの如く、ナジルの耳を引っ張って行く。
下手な言い訳をつくって逃げようとするナジルが抵抗するけど、もちろん私に通用するわけが無い。




