夕食を一緒に食べませんか?
ただ次の勝負は、どちらが勝ったのか結果的には何とも悩ましい出来事だった。
それはとある日の会社でのこと。
滅多に会社にいない社長が自室にいて、しかも松井と一対一で話をしていた。
会議で二人が話しあうことはあったが、二人だけ、というのは麻友も初めての出来事だった。
一体何の話をしているのだろう……重要な話には違いないだろうが、その内容は麻友にも検討がつかない。
そんなことを考えていたら、松井が戻ってくるまでの時間が麻友にはひどく長く感じられた。
資料の作成をしていたがほとんど手につかず、麻友は松井の帰りを待った。
それから10〜15分ほどたって、松井は戻ってきた。
しかし、扉を開けて入ってきた松井は、見たことがないほどに疲れていた。
麻友に声もかけることもせず、自分の椅子に深く座り込む。
ため息はつかなかったが、どこか一点を見つめ続け、何か考え込んでいた。
疲れている、でもそれを隠そうとしている。
いつも彼を見ている麻友でなければ気づかないぐらいには、松井はしっかりと演技をしていた。
でも、麻友は解ってしまった。
目とか、肩とか。
ほんの僅かな違いだけれど、それでも自信に溢れたいつもとは違う。
「取締役……大丈夫ですか?」
麻友の問いかけに、少しだけ間をおいて、松井は何事もなかったかのように返答をした。
「ああ。大丈夫だ」
そう言われてしまっては、麻友もそれ以上は聞くことができない。
麻友は黙って、言葉を待った。
二人の間に、しばらくの静寂が続いた。
「御庄……」
「はい」
松井が何かを喋ろうとしたが、言葉は続かなかった。
松井はため息をついて頭を軽くふり、ふっ……と笑う。
それだけだった。
恐らく松井は、麻友に何かを伝えたかった。
でもきっと、気持ちを押さえ込んだ。
辛いことも、疲れることも、寂しいこともすべて心の奥底にしまうことにしたようだ。
その松井の自虐的な笑いを見て、麻友はため息をついた。
4年間も守ってきたんだけどな……。麻友は心の中で呟きながら、自分の気持を確認していた。
好きかどうかは解らない。でもこれを放っておけるほど女を捨てちゃいない。
ーーー しょうがない。
麻友はにっこりと笑って、松井に声をかけた。
「取締役」
「……なんだ?」
「一緒に夕食でも食べますか」
麻友の言葉の意味を、松井はしばらく理解することができなかった。
「……今なんて言った?」
「だから、一緒に夕食でも食べますか?」
それでも松井はまだ思考が追いつかない様子だったが、たどたどしく返事はしてくれた。
「あ、ああ……そうだな」
麻友は微笑んで、携帯を開いた。
「では店の予約をします。今日の8時でいいですね」
松井はただ呆然と麻友の様子を見ていた。
麻友が店の予約を終えて、いつもの笑顔でにっこりと微笑むと、松井もようやく苦笑いを浮かべてくれた。
いつもの顔には程遠いが、それでも麻友をほっとさせる力のある表情だった。