デートをしよう
帰りの新幹線でも、松井は黙り続けていた。
麻友もあえて話しかけずにいる。
松井の視線は窓の外に流れる景色を見つめていたが、この旅行で何を感じ、いま何を考えているのか、さすがに麻友も解らなかった。
ただありのままの自分を見せて、諦めてもらうつもりでいた麻友としては、まあこんなところかな、と思うところもある。
麻友は松井の横顔を眺めつつ、呟くように言った。
「どうでした? 付いてきて。……少しは冷静になれましたか?」
松井の顔がゆっくりとこちらに向く。
「……どういう意味だ?」
「思っていたよりも、私は普通の女の子でしょう。別に、特別でもなんでもない」
「いや……そんなことはなかった」
「どこが」
「掃除をしているところ、料理をしているところ、父親と話をしているところ、母親への思い。俺はあの家族の中に入りたいと思った」
「えっ……」
予想とは違った反応に、麻友も一瞬たじろいだ。だが、言いたいことはもう1つあった。
「でも、気づきましたよね。私の好みとは違うこと」
「ああ、確かに。だが、まだ本当の俺は見せていない」
「本当の?」
「そう。次はおれの番だ」
麻友は首を傾げる。
「取締役の実家に行くんですか?」
「そうじゃない。……一度、デートをする」
「デート?」
「そうだ、デートだ」
「……それで?」
「そのデートが終わった時、またこの関係を続けてもいいとお前が思ったら、結婚を前提に付きあおう。それで駄目なら、俺も諦めるさ。ただの上司と部下に戻る。……どうだ?」
松井の提案に、驚いた麻友は目を大きく見開く。
この旅で松井は麻友への熱が冷めるものだと、麻友は思っていた。だけれども、いまはっきりと結婚を前提とした付き合いを申し込んでくるなんて。
ただ、この提案は悪くない。今まで選択権はほとんど麻友になかったが、今回は麻友が選んでいいという。
ひるがえって言えば、松井は心を決めたということだろうか。麻友が応えれば、共に一生を歩く伴侶となることを。
一瞬の迷いはあったが、麻友は「解りました」と答えた。
松井は満足そうに頷く。
「時間と場所はまた、連絡する」
「はい。何はともあれ、明日からまた仕事ですからね。忘れないで下さいよ」
「仕事なんてどうでもいい。こちらのほうが一生をかける大事なことだ」
「取締役……働いて下さい」
残念そうな目で麻友が見つめると、松井は小さく舌打ちする。
それを見逃す麻友ではなかった。
「いま、舌打ちしましたね。取締役。私は仕事を大事にする男性を素敵だと思っています」
「解ってる。解っているよ。……それでも、お前を優先したいという男の気持ちを、少しぐらいは理解しろよ」
「私はそんなことで喜ぶような、わがままな女ではありません。きっちり仕事をして下さい」
「……ったく」
松井はそうぼやきながら、顔は笑っていた。
いつもの上司と部下の空気に戻り、ほっとした麻友も小さく笑うのだった。