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一途な思い




 二人がひと通りお腹を満たし、麻友の昔話で笑っていた頃に、待ち人は現れた。


「まどか! まーちゃん! こっち!」


 麻友が急に立ち上がって、嬉しそうに手を振る。松井もつられてその視線の先を見た。


 男性はやや背は高いが、松井ほどではなかった。痩せている印象だが線が細いというわけではない。女みたいに綺麗な顔立ちに、優しい笑顔を浮かべていた。

 女性の方は、麻友とは違った可愛いい子だった。短めの髪を揺らして、男性に負けないほどの優しそうな、幸せを感じさせる笑顔をしていた。

 そして、子供が二人……お兄ちゃんと妹か。歳は幼稚園生ぐらいに見えた。


 医者夫婦と聞いていたが、とにかく性格の良さがにじみ出ているような二人だ。裏表もあまりなさそうで、松井も一瞬できた緊張がゆっくりと弛緩していくのを感じていた。


「麻友さん! お久しぶり……お隣の方は彼氏さんかな? 初めまして、一柳まどかと申します」


 まどかが丁寧に頭を下げる。松井も慌てて立ち上がり頭を下げた。


「松井博仁と申します。御庄の上司なんですが、いろいろな事情があってのこのこと付いてきてしまいました。すみません」

「いえいえ、こちらこそお邪魔します。一柳誠と申します。よろしくお願いします」


 今度は誠の方が頭を下げ、松井も向き直って頭を下げる。

 そうしたやりとりの隣で、麻友が子供たちを抱き上げていた。


「大きくなったねー、二人とも。元くんにのどかちゃん! 久しぶり!」


 麻友が抱きしめると、二人子供は恥ずかしそうにしながらも喜んでいる様子だ。まだ小さいが、すでに何度か会ったことがあるのだろう。

 元の方はそのまま麻友の膝の上に居座ったが、のどかは恥ずかしいのか母親のもとへ戻って行った。


 そうしてそれぞれが席に座ると、あらためて店員さんがやってきて注文を聞いていく。どうやら二人はお昼を食べてきたようでコーヒーを頼んだだけだったが、子ども達には好きなデザートを選ばせていた。

 元が「チョコレートパフェ」と頼むと、それを聞いた松井が「あっ、俺も」と言ったので、麻友がまた吹き出して笑ってしまった。



 注文が終わると、すぐに麻友が近況を聞き出したり話し始めたりで、机は一気に賑やかになった。

 どうやら年に1・2回は会っているようで、この半年程度の出来事を話しているようだ。

 彼女たちは医師になりたてで、レジデントと呼ばれる研修期間のためかなり忙しい毎日を送っているようだ。

 それに子供達の変化についても話してくれて、聞いているだけでも話はつきないようだ。

 麻友の半年といえば当然、営業から秘書課へ移ったこと、そこでの出来事が主になるので必然的に松井の話が出てくる。


「会社の取締役なんですか! まだお若そうなのに、凄いですね!」


 まどかが素敵な笑顔でそう言ってくれると、松井も悪い気はしなかった。よく解らなくとも、素直に賞賛していることは伝わってくる。やっぱりいい子だな、と松井はあらためて思った。


「お二人だって医師をされていて、凄いじゃないですか」

「私は夫に教えられ、尻を叩かれて、ようやくなったんですが」


 松井の返しに、まどかがそう言って笑った。屈託のない笑顔に、思わず松井も微笑んだ。


「まーちゃんは全国模試で1位になったこともあるよね」


 麻友の言葉ではっとした。ついついまどかの空気に癒されてしまっていたが、今回の目的は麻友の心を掴んだことのある誠を知ることだった。


「1位とは凄いですね。よく勉強されていたんですか?」


 松井がゆるやかに話を向けてみた。


「勉強しかなかったものですから。恥ずかしながら」


 何が恥ずかしいのか解らないが、誠は本当に恥ずかしそうに頭をかきながら答える。松井は質問を重ねることにした。


「じゃあ、高校時代は勉強ばっかり? 他には?」

「勉強ばっかりですね……妻と月に一回デートしたり、麻友さん達と遊んだり、ぐらいでしょうか」

「麻友さんとはどんな遊びを?」


 さらに突っ込むと、誠が苦笑いをして言葉を濁した。……何故?


「まあ、からかって遊んでいたのよ。女装させたりね」


 麻友がそう言うと、誠が恥ずかしそうに頷く。


(――女装? 確かに似合いそうだが……。)


 松井は首を捻った。麻友はいったい、この男のどこが好きになったのだろう。頭のいいところか? ……いや、そうじゃないだろう。優しいところ、それはあるだろうけど、何かしっくりこない。


「高校時代の彼女はどんな感じだったのかな?」


 松井は方向を変えて質問をしてみることにした。

 ところが、聞かれた方の誠はどう答えるべきか悩み始め、しばらく黙ってしまった。


(――おいおい、たかが昔の印象で何をそんなに悩むんだ)


 横を見ると、麻友はどう誠が答えるのか、楽しみに待っている様子だ。

 みんながじっと見守る中、誠がようやく口を開いた。


「とにかく、私は彼女に勝てませんでした」

「……ん?」

「えーとですね、彼女はとても会話が上手なんです。私は話し下手で……その、あんなふうになりたいな、と憧れていたんです」


 誠の視線は迷いがなく、正直に思いを語っていることは解った。解ったが……、いまひとつ麻友の学生時代の様子は解らなかったし、ますますこの男のどこがいいかは理解不能だった。

 ただ名前の通り、誠実で信頼できることは何となく松井にも理解できる。もし自分が病気になったら、この男に診てもらってもいいな、といつしか思うようになっていた。


 足りない説明は、まどかが付け加えてくれた。


「麻友さんは可愛くて、話も面白くて、人気者で、とってもみんなに好かれていました。だから私も、誠さんが麻友さんのことを好きになるんじゃないかって、不安になったこともありました」

「結局、一度も振り向いてもらえなかったけどね」


 麻友が苦笑いしながら答えると、誠もまどかも小さく笑う。たしかに、麻友が誠を好きだったことは3人の中で既知のことらしい。


「誠くん。こんな可愛い二人から思われていたなんて、やるね。本当に迷わなかった?」


 松井はややトゲのある言葉を向けてみる。

 どんな返答が来るのか試してみたかったのだが、誠はこの問いにはすぐに答えた。


「迷いませんでした。麻友さんは確かに素敵な人でしたが、私が好きなのはまどかさんだけでした」

「彼女の何がいけなかった?」


 たたみかける松井の率直な問いに、隣にいた麻友の方が少しばかり動揺する。

 誠はしかし、不思議そうに首をかしげた。


「松井さんは、女優さんとかモデルさんとかを、容姿を見てすぐに好きになったりしますか?」

「……いや?」

「とても好きな人がいる時に、誰か他の人を好きになったりしますか?」

「……いや」


 誠はにっこりと微笑む。


「私も同じです。麻友さんがいけなかったわけではないのです」

 

 その笑顔をみて、松井は理解してしまった。

 なぜ、麻友が彼を好きになったのか。

 そしてなぜ、その恋が実らなかったのか。


 一途な思い。


 迷うことのない心。


 そう言えば、麻友の父親も再婚をしていない。

 きっと今でも亡くした妻を愛しているのだろう。


 優しさ、強さ、一途な思い。


 そうか。

 そうなのか。



 思わず松井は黙ったまま、誠の笑顔を見つめ続けてしまった。




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