お買い物
すべての掃除や洗濯が終わると、二人は買い物に出かけることにした。足りないものの買い出しと、夕食を含めた食料の補充である。
歩くにはやや距離はあったが、二人はスーパーにたどり着くと、メモを片手にカートを引いて買い物を始めた。
「ちなみに今日の夕食は何を作るんだ?」
「そうですね。父はロールキャベツが好きなので、それを作ってあげようかと」
麻友の言葉に、松井が思いのほか喜びの声を上げる。
「ロールキャベツ! 俺の大好物だ!」
「キャベツが美味しい季節とは言えないけれど……男性は好きですね。ロールキャベツ」
「外食ではあまり無いし、自分では作ろうとは思わないからな」
「そうですね。確かに。あまり難しいものでもないのですが」
明らかに上がった松井のテンションを見て、麻友はくすりと笑う。
「取締役、子供みたいです」
「いいだろう。楽しみなものは楽しみなんだ。お前の料理は美味しいしな」
「お口に合うといいのですが」
「合うさ。味の基本と言うか、好みが一緒なんだ。最近それが解った」
毎日のように作ってもらっていたお弁当で、松井はそのことを確信していた。出汁の味と言うか、塩味の濃さと言うか、何かが合っている。それは嬉しい一致だった。
「母が関東の人だったからかな」
「そうなのか」
「父とは大学で知り合ったみたいですよ」
麻友は使うお肉を吟味しながら、松井に答える。
「縁があるのかな?」
「無いと思います」
これだっとお肉をカゴの中に入れる麻友を、びっくりしたような顔をして松井は見た。
「即答だな」
「即答です」
「俺の何が不満だ」
松井の自信に満ちた言葉に、麻友は声を出して笑ってしまった。
「取締役が悪いわけではないです。私の好みとすこし違う、というだけです」
「どんなのが好みなんだ」
麻友はうーんと考えながら、
「父とかまーちゃんとかかな。誠実で優しいのに、芯があって尊敬できる人」
「……まーちゃんというのは?」
「私の大好きだった人です。結婚しちゃいましたけど」
さらりと笑顔で答える麻友とは反対に、松井は真剣な顔で立ち止まってしまった。
「取締役?」
「まさか、そいつが忘れられないとか?」
松井としては真剣な問いかけだった。何しろ、麻友のことは何も解っていないに等しい。現在は知っていても過去はまったく知らない。気にならないといえば嘘になる。
「忘れはしていませんが、次の恋ができないほどではありません。第一、まーちゃんとは付き合ってもいません。振られたんです」
「振られた? お前が?」
「私だって振られることがあります。……一度だけでしたが」
振り返ってみて、振られたといえるのは結局あの恋だけだった。始まりもしなかったが、終わりだけははっきりしていた。
とは言え、結婚を祝福した相手に残る思いもない。麻友は本当に新しい恋を待っている状態だった。
「…………」
「気になります?」
「まあ、な」
いつもは冷静なくせに仏頂面をしている松井を見て、麻友は思わず笑ってしまった。いつもはあれほど感情を外に出さないくせに、今はだだ漏れ。……でも、それが本当の彼の姿なのかも知れない。
「会ってみます?」
「会えるのか?!」
「多分」
麻友がカートを止めて携帯を取り出し、松井にかざして見せる。
電話をかけましょうか? と聞いていることはすぐに理解できた。
松井は頷いてそれに答える。
麻友は携帯を操作すると耳に当て、相手が出るのを待った。
「……あっ、まどか? 麻友。……うん、久しぶり。こちらに戻ってきているんだけど、明日の昼に3人で食べない? ……大丈夫? 良かった。場所と時間はまた連絡します。また後でね。有り難う」
松井が呆然と見つめる間に、あっさりと会うことが決まったようだ。
まどかというのが麻友の友達で、そのまーちゃんとか言う男の奥さんなのだろう。……麻友の気持ちをまどかという女性が知っていたとしたら、こうまでスムーズにことは運ぶものだろうか? 知らないのか?
松井がそんなことを考えていると、麻友はそれを見透かしたように答えてくれた。
「私が旦那さんのことを好きだったことを、まどかは知っていますよ。……と言うよりも、取り合いました。負けましたけど。一度も揺らがずに」
「知っているのか! それにしては仲がいいようだが」
「優しいんですよね、二人とも……人を疑いもしないで」
麻友がまどかの立場だったならば、きっとできない。今でもずっと友達でいてくれる二人に、麻友は心から感謝していた。この縁をずっと大切にしたいと誓った昔の約束は、麻友の本心だった。
「大事な友達なんだな」
「大事な友達です」
「会わせてくれて有り難う」
思わぬ素直な言葉に、麻友は振り返って松井の顔を見上げる。
すこしばかり恥ずかしそうな笑顔を浮かべ、松井はまた大きな手で麻友の頭を撫で回した。
「髪型が崩れます」
「嬉しい気持ちを表現しているんだ。許してくれ」
「感謝は言葉だけの方が嬉しいです」
「抱きしめて表現してもいいんだが」
「ですから、言葉だけでお願いします」
麻友が苦々しい困ったような表情を浮かべ、松井は嬉しそうに笑うのだった。