改札口
土曜日の新幹線改札口は、いつものように混雑していた。
遠方に行く人、東京へ帰る人が絶え間なく改札口を通り過ぎていく。
そんな雑踏の中に、遠目からでも解るほどの背の高さと整った顔立ちの男が一人、佇んでいた。
いつものようにスーツの上下に身を固めた松井だ。
スーツ姿のサラリーマンは他にもいるが、松井はどこかそういった人達とは雰囲気が違っていた。
鍛えられた体格や、誰が見ても解る高級そうなスーツや時計のせいだけではない。
意思の強そうな瞳と言うか、全体を包むオーラと言うか、ここにいるのは場違いのような存在感が彼にはあった。
通りすぎる男女の視線を浴びながらも、松井はそれをまったく気にした様子を見せず、待ち人を探してあたりを見回し続けていた。
もうすぐ約束の時間になろうとしたその時、松井の視界に一人の女性の姿が入ってきた。
時が止まった。
いや、音が消えた、と松井は感じた。
柔らかな、それでいて力強い瞳。
わずかに微笑みをたたえた、温かな色の唇。
真っ黒なのに、重力を感じさせないように揺らめく髪。
飾り気のないナチュラルな色合いのワンピースに、たったひとつだけ小さなイヤリングが耳元に光っている。
色のない世界に、そこだけが鮮やかな色彩を放っているように見えた。
惑うことなく、松井のところへ歩を進めてくる。
「えっ、いや」
戸惑う松井の思いとは別に、その女性は松井の目の前で立ち止まった。
にっこりと微笑むと、
「お早うございます」
と頭を下げる。
それは間違いのない、麻友の声だった。
その声と共に、雑踏の喧騒が戻ってくる。
戸惑い立ち尽くす松井を、微笑んだままの麻友はじっと見上げ続けていた。
「御庄……だよな」
なかなか言葉が出せずにいた松井が、ようやく一言そう呟く。
それを聞いて、麻友はくすっと笑った。
「そんなに違いますか?」
「ああ……何ていうか、雰囲気と言うか、化粧と言うか」
「女は化けるんです」
麻友は楽しそうに笑うと、そこだけ花が咲いたような明るい雰囲気になる。
仕事場では見たことのない笑顔に、松井は忘れていた鼓動が速くなるのを感じた。
そんな松井の思いとはよそに、麻友は嬉しそうな笑顔を浮かべながら、いつもとは違う化粧の理由を告げた。
「だって、世界で一番好きな人に会いに行くんですから」
「世界で一番好きな人?」
「はい」
麻友の言葉に、松井が首をかしげる。
「俺のことじゃないよな」
「……どれだけ自信過剰なんですか。父のことです」
「ああ、そうか」
今回の目的のはずなのに、忘れていた、と言わんばかりに松井は頷いた。麻友にとっては単なる帰省なのに、松井の中では麻友との小旅行となっているのかも知れない。
麻友は相変わらずの松井に苦笑いしつつ、彼の腕をぽんっと叩く。
「さて、切符を買って行きましょう」
「……そうだな」
ようやく気持ちが落ち着いてきた松井は頷き、麻友と共に改札口へと歩き始めた。