昔はもてていました
御庄麻友<ミショウマユ> 、26歳。
なぜか知らないけれど、幼稚園の頃からもてていた。
幼稚園年少の時に3人の男の子から告白されて、意味の解らなかった麻友はそれぞれに良い返事をしてしまった。
問題が起きそうな状況にもかかわらず、仲の良い友達としてしか考えていない麻友の行動のせいで、結局は4人で仲良く遊ぶだけにとどまった。そして卒園と共に、その関係も終わった。
男の子達は泣きながら「麻友ちゃん、また遊ぼうね」と言ってくれたけれど、麻友には「そうだね」という以上の感慨はなかった。
小学生の時は、いくらか恋というものに興味と理解が出てきた。
漫画の影響とか、女友達との話のせいだけれども、告白してくる男の子の気持ちも勘違いせずに受け取れるようには成長した。
告白してくれた男の子は運動が得意だったり、人気者だったりして、恋には興味があった麻友には断る理由もなく、幾人かと付き合ってはみた。
ただ当然だけど相手はまだ小学生で、自己中心的であったり、どうしていいか解らない様子で、麻友の方が途中でそんな彼に飽きてしまう。
麻友から「別れましょう」と言うと、残念そうだけれど、どこかほっとしたような表情で皆んな別れを受け入れてくれた。
恋とか別れってこんなものかな、と麻友は思い始めていた。
中学生になると、年上から告白されることが多くなってきた。
相手は高校生とか大学生が多かったけれど、一度は社会人ということもあった。けれどこれはさすがに「犯罪じゃないですか?」と口にしてしまい、すぐに関係は終わってしまったのだが。
二股をかけたことはないけれど、今ひとつ「好き」と言う思いが強くならない自分というものに気づいていた。
付き合いと別れが多くて麻痺してきているのではないか、と一抹心配にもなったが、そもそも初めから「好きで好きでしょうがない」という思いをしたことがないのだから、まだその時が来ていないのだろう、と自分なりに納得した。
高校1年の時に、それはやってきた。
席が隣の男の子のことが気になってしまった。しかも、彼にはすでに想い人がいる。
正直、振り向かせるのは簡単だと思っていた。気のあることを伝えて話を重ねていけば、情が出てきて流されてくるはず、と考えていたのだ。
しかし、彼は最後まで振り向いてくれなかった。
そして、その彼女と付き合い、結婚してしまった……。
もしも、彼が麻友のことを好きになっていたら、麻友も別れることなく応えて、いつかは結婚に行き着いたんじゃないか、と思う。
彼の子供を産んで、彼の仕事を支えて…… それは淡いけど、とても幸せそうな未来予想図だった。
しかし、それはもう叶わない夢。
麻友にとっては初めての失恋であり、愛するというものが何なのかを、教えられたような出来事だった。
それからは恋愛というものに慎重に、大事にしてきたのだが、どうにも彼のような一生を遂げたいと思うまでにはいかない。残念で悲しいが、それからも出会いと別れを繰り返していた。
麻友は東京の大学を卒業をして就職をした。
麻友がよく行っていた街やビルをまるごとプロデュースしていた会社があって、その会社に興味を持って調べ、就職活動を行ったところ無事内定をもらい、そのままそこに就職してしまった。
上場はしていないが不動産も多数抱え、全国的に大きな商業スペースやビルを手がけている大きな会社だった。麻友はそこの総務部から働き始めることになった。
ちなみに麻友は、この頃から恋愛をご法度とした。
仕事が楽しくて寿退職する気がさらさら無かったので、社内恋愛は仕事の邪魔とばかりに、かわしまくっていたのだ。
スタイルの良い体をなるべく目立たないような服で隠し、整った顔立ちもあまり特徴がないように化粧をした。髪はさっぱりと肩ぐらいにきり、申し訳程度にカールをかけていた。
ちゃんと女の子だけれど、相手に勘違いされないように。背が小さくて入職したてということもあってか、周りから可愛がられるぐらいでそう大きな問題もなく2年が過ぎた。
仕事はしっかり、きっちりとこなした。今時の若い女の子としては珍しかったようで、惜しまれつつも3年目は営業へ異動になった。どうも仕事が認められたらしい、と麻友も気づいていた。
営業は、楽しかった。
天職かも知れないなぁ、と思いつつ、プレゼンのための資料作りや相手側との会話が楽しくてしょうがない。
ちっちゃい奴がどんどん突っ込んでくる、と相手先にもけっこう可愛がってもらった。
こんな時は、女で良かったな、と麻友も思ったりもした。
営業の成績はいつの間にかトップにまで登りつめてしまいそうになり、慌てて他の人のサポートにまわることもあった。それがまた好印象にうつったようで、また評価が上がってしまった。
これまた惜しまれつつ、2年で次の部署へ異動となった。
それが今回の麻友の新しい職場。
「役員秘書室」だった。