目に付くナイフは魅せるため
木々が空を覆い隠している。
差し込む光は細く、地面に届くころには形を失って、ぼんやりとした明るさだけを残していた。
風は弱い。枝葉がわずかに擦れ合う音が、どこからともなく響いてくる。
だが、その音をかき消すように、全力で走る者がいた。
枝をかき分ける音。足が地面を叩く音。荒い呼吸。
すべてが、この静けさの中では異物みたいに響いている。
「はぁっ…………はぁ…………はぁ…………。」
ようやく、息を吐く。
息を切らしたのか、呼吸を整えている。
「やっと……人気のないとこまでついた……。」
肩の力が抜ける。誰もいない。見られていない。
それだけで、こんなにも違うのかと、少しだけ驚く。
少し、落ち着いたところで、現状把握だ。
「全力で町から離れたからな……。まっすぐ逃げた先が森の中………てのはわかった。」
まさしく、一心不乱。
他のことは置いておいて逃げることに全力だったせいか、自分が何処に居るのかは、森の中っということしか情報がない。
「というか。すごいな。」
周りの状況よりも、自分の乱れた呼吸について驚いている。
「VRゲームで息切れを起こすとは思わなかった。」
今の状態は少し、だるい程度の感覚。
視線を左上に向ける。
|HP(体力)
|MP(魔力)
|STM(持久力)
三本のゲージ。
キャラクターの体力と魔力、スタミナ(持久力)のゲージが、表示されている。
そこにある緑色のスタミナゲージが回復していくのがわかる。
「こんだけ走ってもゲージの減りは少ない………。」
あれだけの距離を、あれだけの速度で走った。にも関わらず、削れている量は、思ったより少ない。
「走るだけで、スタミナ切れは………起きないのかな?」
もしかしたら、
「回復が、速いのか……?」
走りながらも、回復が追いついていた。だから、思ったより減らなかった。
いや、それだとスタミナが減っていたことがおかしくなるか。
左上を確認するとスタミナは全回復して、身体のだるさも消えていた。
「体感で体の状態がわかるのはすごいな。」
そう言いながら、今度は意識的に、自分の体を確認していく。その途中で、視界端にチラッと巨大な建物が見える。
森の中にいるにもかかわらず、存在感を放っている。
…………帰り道に迷う心配はないかな……。
後ろを振り返る。
木々の隙間、その向こうに異質な“白”があった。
森の木々の奥、覆い隠そうとしても隠せないほど、天を衝く白い塔が伸びている。
__帰るかどうかは別として……
あの塔が最初に降り立った場所なんだろう。
「とりあえず、帰るかどうするかは、キャラメイクをし直した後だ。」
そういいながら、ウィンドウを操作する。
迷いはない。即、修正。即、解決。__そのはずだった。
|現在の場所ではキャラクタークリエイトの変更ができません。
「は?………」
止まる。
思考が、一瞬だけ止まる。
あれ?見間違いか?
__まぁ、落ち着け…………
頭の中で、自分に言い聞かせる。
もう一度押す。
|現在の場所ではキャラクタークリエイトの変更ができません。
「イデアロム社ぁぁぁ!!!」
森中に声が響き渡る。
「ふざけんなよ!!」
くっそぉ!やってくれたなイデアロム社!最初に期待させといて、後から裏切りやがった。
詐欺師の手口だぞ!!
クッソが!!!
しばらくして。
粗方、怒りをまき散らしたあと、少しだけ、思考が戻ってくる。
ここでは、キャラクリのやり直しができないってなら白い塔に戻らなきゃならいってことになる。
__この状態で?
そう思いながら、自分を見る。相変わらず虹色に輝ている髪の毛。
「……はっ」
乾いた笑いが漏れる。鼻で笑うしかできない。
「とりあえず頭を全部覆い隠せる兜か、顔を隠せる仮面が必要だ。」
そういいながらも、その難易度高さに目を剥く。
「町に行けば人に見られるから、町の外で見つける必要があるよな。」
たまたま、町の外にあって、たまたま、人の頭にすっぽり入る。
そんな、兜的な物なんて、追い剝ぎでもしなきゃ手に入らねえだろ…………。
PK、プレイヤーキラーはダメだ。
唯でさえ人の目に付く見た目してんのに、PKになったら、「狙ってください」って言ってるようなもんだ。
「……詰んでね?」
現実が、静かにのしかかる。
その時だった。草陰が、揺れる。
「ギャギイッ!」
「ん?」
あれ?そっか。森の中ってことは、そりゃあいるか。
イデアロム社が手掛けた、初のフルダイブ型のMMO。アクシス・リコレクション。
その初戦闘の相手がファンタジーが舞台の世界観においてメジャーなモンスター。
緑肌にわし鼻、耳が少し尖った形をした人形モンスター。
「ゴブリンだ………直球で、来たな。」
素早くインベントリを操作する。
「武器は………とりあえず、これでいいや。」
取り出したものは、初期装備として配られている片手剣。他にも選択肢があったが、場所が森の中だから、取り回しやすさ重視で選ぶ。
「なんだ?待っていてくれたのか?」
「ギュイギャギイ!」
こちらの準備を待っていてくれたらしい。誉をもったゴブリンだ。
一瞬の静寂。
互いに、動かない。測るような間。
だが、
「ギャッ!」
焦れたのか、ゴブリンが動きだした__その瞬間、
上。
木の上からもう一体の影が落ちてくる。
奇襲。




