空回る言葉
強化イベント。
それは、ひと言で括れないほど、多種に渡る。種類が豊富にある。
それぞれのゲームによって形は違ってくる。けれど、共通していることがある。
”今まで出来なかったことが、出来るようになる”。
とある伝説の剣を引き抜いたり、修行クエストを越えて必殺技を会得したり、ボス戦後に得られる力だってその一つと言えるだろう。
それでいえば、俺は、強化イベント尽くしだったといえるかもしれない。
この世界に降り立ってから、”猫”と”鬼”を相手にし、その両方から、力を手に入れている。スキルとアイテムその両方のこと。
だが、今回は、少し違う。戦ったわけではない。攻略した果てに手に入れた報酬でもない。間接的な要因かもしれないが、直接的に戦って手に入れるわけではないイベント。
もっとも、”イベント”らしいもの。物語の途中で差し込まれる、特別なイベント。
……ああ、辛かった。
思い返せば、ほとんど身一つで、ここまで駆け抜けて来てしまった。駆け抜けて来れてしまったんだ。
それも、ついに報われる。
「よしいいぞ。準備は整った。いつでも、教えてくれ。」
もはや、テンションは、うなぎ上り。
アレリアは言っていた。報酬なんだって。
つまりこれは、ゲーム側からの正式なご褒美。
「ここまでよく頑張りましたね」っていう、運営からの配慮。
……まあ。ほとんど、墓穴なんだけど。
ここまで苦労した原因、半分くらい自分なんだけど。
チュートリアル無視して、初手で変な方向に突っ走った結果なんだけど。
でも、ありがとう、報われたよ。
イデアロム社、あなたの思いは、チャンと俺に届いたよ。あなたたちの想い、確かに受け取った。
一人、勝手に感慨へ浸っているキクシオを置き去りにするように、アレリアは、静かに説明を始める。
「__これは、あなたの、うつわ。」
そう言って、アレリアは自身の胸元へ手を添えた。
すると、淡い光が、その身体の奥から滲み出る。まるで、心臓を取り出すみたいに。
ゆっくりと、丁寧に、アレリアの両手の中へ現れたのは、卵のような形をした光だった。
白にも、銀にも見える。曖昧な輝き。
輪郭さえ、少し揺れている。
それを、アレリアは両手で掲げる。
そして、こちらへ差し出した。
「__”これは、なんじが、せおうべきさだめにして”。」
瞬間。空気が変わる。
さっきまでの、どこか幼い喋り方じゃない。響きそのものが、違った。
静かなのに、重い。言葉が、空間そのものへ染み込むみたいに響いていく。
アレリアの瞳が、微かに光を帯びた気がした。
「__”なんじが、たちむかうべきさいかをしめすもの”。」
雰囲気が変わったような気がする。
今、目の色が、変わったような…………。
けれど、そんな違和感すら、今のキクシオには些細な問題。
「まあ、いい。」
報酬。力が手に入るんだ。
「願ってもない。」
差し出された光へ、手を伸ばす。
手に取り、その感触を確かめるように、弄ぶがよくわかんない材質だ。
柔らかそうだと思い、力を込めてもビクともせず。固いものだと思えば、指が沈み込むように柔らかくなる。よく見ようをすると。
すっと。身体の中に入ってしまった。
身体の内側へ、何かが溶け込む感覚が走った。光が、身体へ入り込んだ。
その瞬間、力が湧き出て…………来ない。
「あれ…………?」
ステータスを確認しても特に変化なし。見た目にも変化はない。
もっとこう…………派手な演出とか。新スキル習得とか。大量のレベルアップとか。そういうのを想像してたんだけど。
あれ、そういや、「可能性が広がる」って言ってたから今すぐには変化がない?
そんなんありかよ。めちゃくちゃ期待してたじゃん。
思わずアレリアの方を見れば、また、別の物を取り出そうとしている。
胸元へ、再び手を入れる。そして、今度は、2つ。別の光を取り出す。
その瞬間、空気が、元に戻った。
さっきまでの雰囲気が消えている。
「__これが、せおうもの。」
差し出された2つの光。
また、同じのかと思ったが、よく見れば違う。
玉の奥。
その中心に、模様が刻まれている。
1つは、”黒い猫”。
尾を揺らし、こちらを見つめるような紋章。
もう1つは、”赤と青の鬼”。
2つの色を宿した、裂けた鬼の仮面の紋章。
その2つを見た瞬間。
頭の中で、それぞれの戦いがフラッシュバックする。
その戦いの記録が光に閉じ込められていた。
そして、アレリアは、小さく首を傾げる。
「__どっちに、する?」
その仕草は、あまりにも可愛らしいが、酷い2択を迫ってきていた。
二択。
人生とは、選択の連続だ。
……なんて言葉を、どこかの偉い人が言っていた気がする。
けれど、少なくとも、今この場で提示された二択は、軽い気持ちで選べる類のものじゃなかった。
黒猫の紋章。赤と青の鬼の紋章。
どちらも、ここまでの戦いそのものだ。
片方は、ずっと共に戦ってきた相棒。片方は、ずっと求め続けてきた願望そのもの。
それを、「どっちにする?」の一言で決めろと言われても。
無理に決まってる。
「あの…………アレリアさん。」
思わず、変な敬語が出た。
アレリアは、“さん付け”されたことが不思議だったのか。
ぱちり、と瞬きをしたあと。また、小さく首を傾げる。
「これって、どっちかしか付けられないの?」
恐る恐る確認する。
頼む。「実は両方いけるます」って言ってくれ。
そんな願望を込めた問いだったが。
「__うん。」
即答だった。間髪入らない肯定。思考の余地すら挟んでいない。
「…………。」
まずい。
いや、本当にまずい。
頭の中で、一気に意味が繋がっていく。
アレリアは言っていた。これは、”背負うもの”だと。つまり、片方を選んでしまったら、もう片方は”背負わない”ということ。つまり、切り捨てる物ってことなのか?
「いや待て待て待て待て。」
脳内で警報が鳴る。
選べるわけがない。黒猫__閏尾は、ここまで共に戦ってきた相棒だ。
もう片方は、ずっと欲しかった仮面。今の自分の目的、そのもの。
今さら、どちらか片方を諦めろ?
いや、無理だろ。
しかも、このゲームだ。「またどこかで手に入りますよ」みたいな優しさがあるとは思えない。
むしろ、普通に一回きりまである。
頭を抱える。思考がぐるぐる回る。
どうする。どっちを選ぶ。いや選べるか?
選べないだろ。でも選ばなきゃ進まない。
そんな風に、一人で深刻に悩み始めた俺へ。
アレリアが、慌てたように声を上げた。
「__どっちも、つけてみたらいい!」
「…………え?」
思考が止まる。
「…………なんて?」
聞き返すと。
アレリアは、少し不安そうにこちらを見ながら、おそるおそる、言葉を並べた。
「__つけはずして、みたらいい。」
「……………………。」
数秒。
沈黙。
そして。
「はぁぁぁぁぁぁぁ……………。」
本日二度目の、盛大なため息が漏れた。
肩から、一気に力が抜けていく。
「……ただの勘違いだったのか。」
早とちりもいいところだった。盛大な独り相撲。
“背負うもの”とか言われたせいで、完全に重大選択イベントだと思ってた。
いや、普通そう思うだろ。どっちにするって聞かれたら。
RPGなら大体、“取り返しのつかない選択肢”じゃん。
でも違った。
ただの装備変更だった。
よかった。本当に、切り捨てずに済んで。
ここへ来てから、自分でもわかるくらい情緒が忙しい。
__ナーォ。
呆れたような、鳴き声が響く。
視線を向ければ、閏尾が半眼でこちらを見ていた。
「お前なぁ…………。」
思わず苦笑する。
「切り捨てられる寸前だったんだぞ。」
そう言いながら、手に出現していた仮面をインベントリへ戻す。
一回落ち着け。切り替えろ。深呼吸しろ………。
よし。
「とりあえず、両方の効果だけ、教えてくれないか?」
できるだけ、穏やかな声で聞く。
さっきまで一人で騒いでいたせいか、少しだけ気まずかった。
これは、受け取らないという選択肢があります。
アレリアも、もちろんコミュ症です!




