変態は町に紛れる。
アクシス・リコレクション
イデアロム社が手掛けた、初のフルダイブ型VRMMOの作品。
ゲーム初日にも関わらず、数百万人規模の接続数を叩きつけた。
現状、もっとも熱いコンテンツ。今も数を増え続けているらしい。
だが、その内実は、決して万人向けとは言えない。
初期ステータスは均一。
成長の自由度は制限され、スキル数も固定。
選択の余地はあるが、その幅は狭く、やり直しの効かない設計。
一見して、窮屈で、不親切。
にも関わらず、プレイヤーは流入し続けている。
なぜ、こんなにも接続されているのか。
そして、なぜ、レビューのこれら、
「同じ[スキル]を使用しても結果が揃わない。」、
「ステータスが最悪」、
「条件が不明すぎる」
が、
”おすすめ”していた訳。
乱れた呼吸の音がする。
「っ……はっ」
足が地面を叩く。
怖い。怖い。怖い。怖い。
頭の中で、それだけが繰り返される。
「っ、は……は……っ」
人の声。
笑い声。
話し声。
雑踏。
それら全部が、まとまって押し寄せてくる。まるで、音の塊が全身にぶつかってくるみたいに。
そのせいなのか。それとも単純に人が多すぎるのか。思うように、前に進めない。
それでも、足を前に進める。
__人の目が怖い………
怖さの理由に検討を付けながらも、身震いをする。
視線。
見られている。
ただそれだけで、体の奥がざわつく。
頭を隠すように、腕を丸める。
だが、腕からはみ出るように、虹色に輝いている髪が、自身は「ここにいるぞ」と主張する。
それが嫌で…………
いや。………それ以上にいやなのが、顔だ。
腕の位置が、少しずつ下がる。
頭を隠す比重がどんどん下へ下がっていく。
視界は狭くなる。ほとんど前が見えない。それでもいい。
見えない方が、ましだ。
完全に顔を覆う。呼吸がこもる。自分の息の音だけが、内側で反響する。
「は……っ、は……っ」
その音だけを聞いているうちに、
少しずつ——
ほんの少しだけ、思考が戻ってくる。
完全に顔を隠しきった状態になって
やっと少し、自分と向き合ることができたのか。
冷静になってきた。
「……なんで、こうなった……」
小さく呟く。
答えは、わかっているはずなのに、
整理できていない。
なら………遡るしかない。
まず、振り返るべきは、どうしてこうなったのか。
時間は少し遡る。
いつのまにか白く光っていた体は色を取り戻している。
輪郭が定まる。質感が戻る。
現状を確認するまでもなく、膝から崩れ落ちた。
__まずい。まずい。まずい。まずい。
思考が一気に加速する。
やっちまった…………キャラクリし忘れた。
「……は?」
自分で言って、自分で固まる。
さっきまで、スキルだのステータスだのに気を取られていた。
ツッコミどころが多すぎて、そっちに全部持っていかれていた。
だからって…………これは酷い。
思わず顔を覆う。
遅い。完全に遅い。
今までもポンコツはあったが、虹はないだろ。虹は!
__何処に架け橋すんだよ。
それに一番ヤバいのが、顔!そのまんまじゃん!
「……いや、まぁ……」
言い訳がましく口を開く。
「顔に自信あるやつは、そのままやる人もいるよ?たぶん」
少しだけ間。
「……俺、普通なんだわ」
静かに現実を認める。
「自信、ないんですけどぉぉ……」
声が、少しだけ上ずる。
チラッと周りを確認する。ほんの一瞬だけ。
美男。美女。美男。美男。美女。美女。美女。美女。変態。
目につくのは…………整っている。作られていること。
__みんな自信に満ちた顔をしやがって…………。
思わず視線を逸らす
ここは、キャラメイク場から、降り立った直後の空間。場所。
本来なら、白いだだっ広い空間のはずなんだろうが、
「……いや、広いのは広いけどさ」
見渡す。いや、見渡せないほどの人の嵐。
人が多くてよくわからない。っというか見えない。そんくらい密集した場所にいる状態だった。
扉はいくつかあるようで、そこの出入りも激しいようだ。
__取り合えず、おちつけ……息を整えろ…………。
自分に言い聞かせるように頭の中で言葉を並べる。
__こういうゲームでキャラクリミスは良くあることだ。
無理やり、理屈を並べる。
__そのはずだ。
MMOみたいな交流前提のゲームみたいなのやったことが、ほとんどない
でも、きっとある。はずだ。
不安要素があるとすれば、イデアロム社の作品ということぐらいだ。というかそっちの方が問題だ。
急ぎながらもUIを確認している。
この会社のは、キャラクリをし直すために、アイテムが必要だったり、キャラクリし直すための場所が、中盤以降にあったり、そもそもキャラクリし直すことができる作品自体少なかった記憶がある。
そういうとこが不親切というか、意地悪なことが多い。まぁ………しょっちゅうキャラクリし直したら、世界観への没入感が減るっていう考えもわからなくは、ないけど………。
「お!っ………おぉぉ!………あった。」
思わず声が出た。
そこにはキャラクタークリエイトの変更と書かれていた。
__いや~流石ですよ。イデアロム社様!
心の中で、全力で手のひらを返す。
__ユーザー目線に則ったクリエイト魂!尊敬してますよ~
おっべっかをいいながらも、指はキャラクリをし直そうと、ウィンドウを操作している。
その時になってやっと気づいた、…………気づいてしまった。
周囲の“流れ”が、止まっている。
いや、正確には自分の周りだけ、不自然に空いている。
囲むように円ができていることに、
初心者が来たことに、目を向けたのか、
変わった髪色に目を奪われたのか、
それとも、同族を見つけて、歓喜していたのか、
それぞれの混じった視線が自身のアバターに目を向ける。
__人に見られている。
ノミの心臓とはこのことかと、
心臓が潰れる。圧縮されたのかと思うほど小さくなる感覚が自身に襲った。
瞬間、足はもう逃げていた。
とある鈍色のスライムのように、また、とある光る結晶のように、…………虹色だけど。
恥ずかしいというより、怖い。
その感情の方が、ずっとつよい。
__人間恐怖症になりそう……。
頭のどこかで、他人事みたいに考える。
そう考えながらも、足を動かす。
人でごった返している扉の前に近づいた。その間を人を縫うかのように進んで、
扉を抜けた先、視界が広がるも、人。人。人ばっか。
やけに、木造の建築が多く感じたが、そんなことは気にしてられん。
人から逃げるように、町の外へと足を向ける。
何人かの視線が気になるが、振り返る余裕はない。
__というか、振り返って目でも合うようなら死ねる!
足を止めた瞬間、終わる——そんな確信だけが、体を前に押し出す。
自分が何処を走っているのかわからない。
上下左右何処でも自分の足場にして、人のいない場所へと駆ける。
人がいない方向へ。とにかく、いない方へ。
一心不乱に走り続けたおかげか、町の外へと続く道がある。
人をかき分けて進み、誰もいない場所へと進んでいった。
「…………」
虹色の頭をじっと見つめている者がいる。
距離はある。
だが、その異質さだけは、はっきりと捉えられている。
町の喧騒に紛れながら、動かない。
ただ、見ている。
興味か。
違和か。
あるいは
それすら、わからない。
やがて、その背が門の向こうへ消えてもなお、
視線だけが、しばらくそこに残っていた。
目の前に来たタマムシが七転八倒しながら飛んで行ったらそりゃあ見るよね。




