急がば回れ、群れを裂け
森が揺れる。
枝葉が擦れ合い、空気が震える。
一方向。
同じ方向へ向かって、
影が流れていく。
「…………長居しすぎたか。」
木々の隙間。
そこから、ゴブリンが姿を現した。
一匹、二匹――違う。群れだ。
しかも、さっきみたいな小規模じゃない。
数十。
武器を持ち。牙を鳴らし。
濁った目をぎらつかせながら、
一直線に、こちらへ向かってくる。
思わず、顔をしかめる。
ついさっきまで、
森の中で遭遇したのは三匹程度だった。
なのに今は、“集まってきている”。
「というか、これのせい?」
視線を横へ向ける。
黒猫__閏尾の放った[水球]。
その痕跡。
木々が薙ぎ倒され、地面が抉れ、
一直線に森を吹き飛ばしている。
まるで、大砲でも撃ち込んだあとみたいな惨状。
これのせいで、場所を知らしめている可能性がある?
「………やっべ。逃げよ。」
今の状態じゃ、迎撃は無理だ。敵を殲滅するための手段がない。
スキルを変えてる暇も、なさそうだ。
ゴブリンたちは止まらない。
木々を掻き分け、土を蹴り、
真っ直ぐ、こちらへ流れ込んでくる。
その動きを見て。
「…………。」
違和感。視線が、細まる。
「………全部。同じ方向から…………。」
偶然じゃない。
ここは、渓谷の上。町から見れば、反対側の森だ。
なら、本来なら。
後ろから、這い上がってきたり、横から湧いても、おかしくない。
なのに。
全員。
同じ方角から来ている。
「おめえら、何処に向かってる?」
ぽつりと、漏れる。
ゴブリンたちは答えない。
ただ、その濁った目だけが、
ぎらついた敵意を宿していた。
「そっちには、町しかなかったはずだけど…………。」
違うか?
町。その中央。”白い塔”。
「……まさか。白い塔にでも用があるのか?」
背筋を、冷たいものが走った気がした。
だが__
「……まぁ、いい。」
今、考えることじゃない。
殲滅しているだけじゃ、攻略できないことは、もう理解した。
必要なのは、“群れ”じゃない。
その起点。
「呼んでる奴を潰せば――終わる。」
視線を、森の奥へ向ける。
濃い闇。
木々のさらに向こう。何かが、いる。
|スキル発動 [疾走]。
身体が、軽くなる。
次の瞬間。
地面を蹴った。
迫るゴブリンの脇を抜け、
枝を避け、
森の奥へと駆け抜ける。
向かうべき場所は――そっちの方だ。
森を裂くように、駆ける。
枝を蹴り、木を踏み。木々の隙間を、縫う。
|スキル発動 [疾走]。
足が軽い。
地面を蹴る度、景色が後ろへ流れていく。
「っ――!」
横。
木々の影から、ゴブリンが飛び出した。
振り下ろされる刃を、身体を傾けるだけで躱す。
そのまま。
「邪魔。」
”ナイフ”を、振り抜く。
一閃。
ゴブリン首から、切り傷を受けたようなポリゴンの光が漏れる。
止まらない。足を止めた瞬間、囲まれる。
背後で、身体が倒れる音だけが響く。
「――っち!」
前方。
今度は二匹。
片方が飛びかかり、もう片方が足を狙ってくる。
態勢が低い。
「なら――上!」
地面を蹴る。
|スキル発動 [ハイジャンプ]。
身体が浮く。
そのまま、木の幹を手に掛ける。
回転。
一回。二回。
勢いを殺さず、空中で軌道を変える。
落下。
「――っ!」
ナイフを、突き立てる。一匹目の喉を裂きながら通過。
そのまま、勢いごと二匹目へ叩き込む。
もつれ合うように、二体まとめて吹き飛んだ。
着地。
膝を沈め、即座に加速。
「多いな……っ!」
森の奥。気配。
増えている。
木々の間。赤い目が、幾つも光る。
まるで。
“こっちへ誘導している”みたいに。
「……やっぱ、いるな。」
群れを動かしてる奴が。
その瞬間。
右上。
枝が、大きく揺れた。
「っ!」
反射的に身を沈める。
頭上。ゴブリンが通過する。
いや――
「投げてきやがった!?」
仲間を。
飛んできたゴブリンが木に激突し、
そのまま落ちる。
だが。その陰から、別個体。
「うおっ!?」
横薙ぎ。ギリギリで回避。
浅く裂け、HPが、削れる。
「…………閏尾!」
返事を待たずに、ナイフを両手に持ち。
|スキル発動 [猫に小判]が発動されましつ。
その瞬間。
ナイフの輪郭が、“ぶれる”。
残像。揺らぎ。
一本だった刃が、二本へ分かれる。
「――っ!」
その数を”増殖”させる。
投擲。
増えたナイフを投げ、ゴブリンの脳天にぶち込む。
その軌道をなぞるように、加速。接近し、
刺す。
武器を引き抜き、動かなくなるのを確認する前に、加速。
森の中へ。さらに奥へ。
ゴブリンの波を、真正面から切り裂きながら進む。
呼吸が、熱い。
だが、口元は、自然と歪んでいた。
視線を落とす。
両手に握られている、同じ形のナイフ。
その武器の名前は――
「……残子のナイフ。」
十二支のダンジョン。
子の部屋。あの宝箱から、ドロップした武器。
口元が、気持ち悪く歪む。
「ふっふっふ。まさか、使えるとは思わなかった。」
脳裏に、詳細が浮かぶ。
|残子のナイフ
|《輪廻を巡る十二象》第一象――子のドロップ品。
|弱きものは、一匹では生き残れない。
|故に群れ、故に増え、故に己を騙す。
|増え続ける影は、本物と偽物の境界すら曖昧にする。
|
|装備効果:
|武器スキル[残像]を取得する。
武器のフレーバテキストはもっともらしい、強そうなことを書いてあるが、装備効果が、問題だ。
”武器スキル[残像]を取得する。”この武器の特殊能力、いや、スキルは、ナイフを増やすことができる。
だが、代償が、重かった。
スキル枠を、一つ潰す。
しかも。
[残像]には、
ステータス上昇値が存在しない。
つまり、スキルを一つ死に枠へ変えるようなもの。
それなのに。
「スキルコネクト不可、とかいうオマケ付き。」
終わってる。
こんなの、
まともに使えるわけがない。
――普通なら。
「けど。」
視線を上げる。頭の上。
当然みたいな顔で乗っている黒猫。
閏尾。
「お前がいる。」
[猫に小判]。
こいつはスキルを3つ持てるだけじゃなく、アイテムも、保持できる。
つまり、装備品であり、アイテムである。このナイフを猫__閏尾に持たせることにより、
「装備効果だけ、引っ張り出せる。」
もちろん、万能じゃない。
[残像]は、
MPを使って増殖している。今のステータス配分じゃ、連続使用は厳しい。
だが。
「それでも、武器切れ気にしなくていいのはデカい。」
ナイフを回す。
メイン武器が、棍棒じゃ恰好が付かないからな。
最小動作。最短距離。
走りを、殺さない。今必要な武器だ。
その瞬間。
ぞわり。
背筋を、冷たいものが撫でた。
「――っ。」
止まる。
森が、静かだった。風の音だけがする。
さっきまで鳴っていた、枝を踏む音がない。
ゴブリンの気配が、一瞬で消えている。
いや。違う。“怯えてる”。
木々の奥。暗がり。その向こう。
何かが、“立っていた”。
大きい。
ゴブリンじゃない。
木々の隙間から見える、
”青黒い腕”。
異様に長い。
そして。
その手には――
ゴブリンが、“握られていた”。
まるで。武器みたいに。
「…………。」
そいつは、動かない。
ただ。じっと。こちらを、見ている。
片方だけ、妙に優しい目で。
そして、もう片方は。
完全に、”死んでいた”。
次の瞬間。
握られていたゴブリンが、
悲鳴を上げる。
――投擲。
投げられたゴブリンの身体が、
空中でポリゴンの光を撒き散らしながら迫る。
「っ!!」
反射的に、地面を蹴った。




