スキルは1人300円まで
最初に来たのは、光じゃない。
“触れられる”感覚だった。
頭の奥に、細い針のような違和感。それが一瞬で広がり、全身へと伝わる。
遅れて、視界の奥で光が弾けた。
線のような光が走る。網目状に広がり、何かを構築していく。
まばたきはしていない。それでも、視界が切り替わる。
「ロード中」の表示が一瞬だけ浮かび——消える。
そのまま、世界が開く。
初めに目についてのは、鏡を見たときの自分の顔だった。
__いや、ちょっと違うな。
鏡、というより。写真で見た時のような、顔だ。
「うお!…すげぇ…クマまで再現されてるよ。」
ぼさぼさの髪に、眠そうなたれ目、笑顔なんてここしばらく作ったことが無さそうな表情がそこにある。
改めて周囲を見る。
白い空間。
壁なのか、境界なのか曖昧な空白。
その中央に、自分とその分身だけが置かれている。
キャラメイク画面っていうか、
「キャラメイク場所?に、いるんだろうけど……」
なんで、自分の体がモデリングされてんだ? 理想の自分を作ろうってか?
身長も……同じ感じだし。
ちゃんとした数値が入力されてるわけじゃないから、詳しくは違うかもしれないけど。
体重は………流石にないか。女性に配慮したんかな。
……考えないでおこう。
「おぉ……すごい。髪の色、めっちゃある!」
思わず声が弾む。
視界の端に、ずらっと並ぶカラーパレット。
単色だけじゃない。グラデーション、メッシュ、インナーカラー。
選択肢を動かすたびに、鏡の中の自分の髪が滑らかに変わっていく。
金。銀。青。紫。
現実ではまず選ばない色が、違和感なく馴染む。
「へぇ……これ、楽しいな」
メッシュを入れて、インナーカラーを別色にして、
結果——
自分の頭が、見事にレインボーになった。
「大学デビューみたい!…………いや…さすがにレインボーは、いないか。」
「いつもなら、こういう自由度の高いゲームを始めたときのキャラメイクは、最初に出てきたアバターのまま、ほぼ触らずに始めるんだけど……」
選択肢をいじる手が、少しだけ止まる。
__流石に自分の顔そのままで、ゲームを始めるのは、なぁ…………。
「そんな度胸、俺には、ない!」
だけど、自分でキャラメイクするとなると、ネタに走ることになるんだよな……。
三人称視点のゲームなら、それでもよかった。自分で見る分には、面白いで済む。
だけど、一人称じゃあ……。自分が見れない分。ただの、大喜利になる。
誰かに見られる前提。その時点で、ハードルが上がる。
「人に見られるってわかってるのに、そんな勇気も持ち合わせてない!!」
思わず声が大きくなる。
懊悩しているまま、操作を続けていく。そんな時に、気づく。
「ん?あれ…これ……キャラメイク飛ばして、先に行けんじゃん。」
出来ないことを、無理にやっても変になるだけだし、ここは後回しにする。
キャラメイクを一時保存して、次に進める。
「……よし」
軽く息を吐いて、画面の変化を待った。
その瞬間、何かに引き寄せられるように意識が前へと滑った。
抵抗する間もなく、作り上げたばかりのアバターへと吸い込まれる。
視界が一度、白く弾ける。
次に広がったのは、ぼやけた世界だった。
輪郭の滲んだ光と影が揺れ、焦点が合わない。
……だが、ゆっくりと。ピントが、合っていく。
それに合わせるように、体の“感覚”が一つずつ戻ってきた。
さっきまで、確かにあったはずの“軽さ”は消えていた。
水の中で漂っていたような、あの曖昧な浮遊感はもうない。
代わりに
ずしり、と。
下へ引き落とされるような、確かな重み。
__重い。
重力。体重。
それらを“思い出す”ように、体が認識していく。
そこで初めて気づく。
さっきまでは、重さどころか“体そのもの”が、存在していなかったことに。
「おもしろ~い。」
意識をほんの少し引くだけで、視点が身体から外れる。
逆に、押し込むようにすれば、また中へ戻れる。
出る。入る。
出る。入る。
まるで幽体離脱のように、アバターと自分の境界を行き来する。
これ、アバター内に入ったあと、ポーズをして外に出ると体が、その状態で固定されるみたい。
自分の思う変なポーズをして、自分で見る。
一人二役で、軽く会釈してみたり、腕を組んでみたり。
ちょっとした一人面談だ。
「……できた!」
一度、外に出る。
そこにいた“自分”は——
片肘を膝に乗せ、前屈みになりながら、顎に手を当てていた。
まるで、何か深い問いに答えを出そうとしているかのような、無駄に真剣なポーズ。
視線は斜め下。
微動だにしない。
「完壁!…………考える人だ!」
ある程度、遊んだら、アバターに入り、次の画面に顔を向ける。
「職業は、ないみたいだな。」
視界の端に表示されている項目を、ひとつずつ確認する。
名前。スキル。ステータス。
だが、どこを見ても“職業”に該当する欄が見当たらない。
カーソルを動かしてみる。
メニューを開き直す。
それでも出てこない。
「……マジでないのか」
小さく呟く。
MMOでは、大体ここで選ばされるはずだ。
騎士。魔法使い。弓使い。
あるいは、もっと細かく分かれた職業選択が行なわれるが、このゲームでは、違うみたいだ。
もう一度、画面をざっと見渡す。
見落としの可能性も考えたが、どうやら本当に存在しないらしい。
「みんな無職、決定だな。」
「誰が先に定職に就くかの、サバイバルゲームじゃないことを祈ろう。」
軽く肩をすくめる。
もしそうなら、それはそれで面倒くさい。
スキルを覚えるたびに履歴書更新とか、勘弁してほしい。
「……いや、それはそれでちょっと面白いか?」
一瞬だけ想像して、すぐにやめる。
絶対に疲れる。
そんな適当なことを言いつつ、気になることを見つける。
「スキル画面だ。…………少ないな。」
目の前に展開されたウィンドウを、しばらく黙って見つめる。
一覧には、スキルが並んでいる。だが数が、明らかに少ない。
視線を動かす。
分類はされているらしい。
|[武技スキル] [魔法スキル] [強化スキル]
「とりあえず……これか」
一番無難そうなものに触れる。
[強化スキル]。
選択した瞬間、項目が広がる。
「選んでみたけど……わざわざ選ばすほど、数がない。」
そこの取得欄に書かれたスキルは3つ。
|・[強化スキル]
|
|[バカぢから] SP1, [疾走] SP1, [ハイジャンプ] SP1.
「……これだけ?」
カーソルを動かしても、下には続かない。
「SPってのが……取得に必要なやつか」
各スキルの横に表示された数字を見る。
共通して“SP1”。
「スキルポイント、ってやつだよな。多分」
「身体強化のスキルなのか?いや、なら種類別の強化スキルって何なんだよ。」
もしかしたら、強化するもの全般がそこに、入るのかな。
「ええと……スキルの説明は。」
そう言いながら、スキルを押す。
|[バカぢから] SP1,
|スキル使用中、自身のSTR(筋力)を倍加させる。
|
|ステータス上昇値
|STR(筋力):10
内容自体はシンプルだ。
筋力を上げるスキル。
それはいい。
問題は、その下。
「ステータス上昇値……?」
__謎のことばが、出てきた!
意味は、なんとなくわかる。
だが、“どういう扱いなのか”がわからない。
一応、補足らしきものが表示される。
|{ステータス上昇値}
|スキルをスキルセット欄に設置することで、上昇する数値。
「説明になってねえよ!!新しい単語出てきたわ!……もうちょっと詳しく説明してくれ。」
|{スキルセット}
|スキルを扱うために、スキル自体を設置しておくための場所。
|*現在3つの空白があります。
「あぁ……なるほどな。」
少しだけ、理解が追いつく。
「取るだけじゃダメってことか」
スキルを取得する。
それを“セット”する。
その状態で、ようやく使える。
__少し手間がある感じなのね。
だが、それ自体はそこまで珍しくない。
問題は、その下。
「ん?あれ?……」
3つの空白。
「……3つ?」
嫌な予感がする。
「これ……使えるスキル、3つまでってことか?」
確認するように、何度か表示を行き来する。
まじか。どんな縛りプレイだよ……
こうゆうとこだぞ、賛否両論になってるってんのは。
一度、思考を整理する。
スキルは三つまで。
そして——
「ステータス上昇値、か」
さっきの説明が、頭に残っている。スキルをセットすると、ステータスが上がる。
逆に言えば。
「……スキル取らないと、上がらないのか?」
少しだけ嫌な予感がする。
ステータス欄を見ると、そこには均一整ったステータスが見える。
|STR(筋力):10
|VIT(耐久):10
|DEX(器用):10
|INT(知力):10
|MND(精神):10
「うわぁ…………不気味に整っているステータスだな……。」
いじれる項目も見当たらない。
「……振り分けるタイプじゃないのか」
レベルアップで上げるのかと思ったが、それも違いそうだ。
じゃあ、どうするのか。
答えは、さっき見た通り。
「なるほどなぁ。ステータス上昇値ってのは、スキルを取る必要があるのか。」
——つまり、選び方を間違えたら、終わりってことか。
バナナは、スキルに入りますか?




