【短編小説】嗚呼!ドライブ!
甲州街道に覆いかぶさっていた首都高はそれて行き、フロントガラスを雨粒が激しく叩いた。
ワイパーを動かすと、一瞬だけ世界がクリアに見える。
後ろをチラリと見ながら、返事を期待しない大きい独り言を始めた。
「あー、なんか前の車が厭な感じだな。なんかさ、厭なんだよ。感覚的な問題なんだけどさ。わかんねーか。
んー、ほら、見てた?さっきのブレーキを踏むタイミングとか停車の仕方とか、逆に発進の仕方がなんか、何となく厭なんだよ。
俺の感覚からズレてるの。
運転してると凄いんだよ、これ。とにかく気持ち悪い。
俺がそう感じてるってことは前の車を運転してる奴もそう感じてるんだろうな。俺の運転が気持ち悪いとか言ってるんだろ、どうせ」
当たり前だが返事は無い。
「んー」
と言う小さい唸り声のようなものが車内に響いて、すぐに窓ガラスを叩く雨音に消された。
前の車を避けようとウインカーを出した途端、前の車も同じ方向にウインカーを出して、即座に引っ込めた。
「ほら同時に車線変更しようとしたろ?
こういうタイミングがカチ合うのも厭なんだよ。俺が車線変更するから黙って待ってりゃいいのに……って相手も思ってるんだよ。
そういう感覚のズレ……むしろ一致か?それがお互いにムカつくんだ。
早く離れなきゃ苛々して仕方ない。だけどしばらくはこのままだよ。それもまた腹立つ。お互いにな」
俺は仕事を終えた解放感と、激しい雨に加えて自分の言葉を吐くにつれて、どんどんと自分が怒張しているのがわかった。
「急いでるのか知らんけど赤信号の時にやたらジリジリと前に出るやついるじゃん?
そういう奴に限って青信号になると出るのがワンテンポ遅いんだよな。アレなんなのかな。腹立つからじっとしてて欲しいんだけど。
バイクもさぁ、赤信号の停車を抜けるならまだしも走り出してるならダメだよね。
まぁすり抜けしないならバイク乗る意味なんて無いだろうし、すり抜けたかったらお前もバイク乗れよって思ってるんだろうけどさ」
バシバシと千本の鞭が車体を撫でるような激しい雨音が聞こえる。
俺は独り言を続ける。
「土地勘ってのさ、あるじゃん。
例えばここは道路沿いにコンビニとか飲食店多いから右斜線を行くんだよ。
こう言うのとかさ、信号の変わるタイミングとか色々を含めて道を知ってるって言う訳じゃん。なんか道順を認識してるだけじゃ道を知ってるって言わないと思うんだよね。
最近はカーナビ付いてるからか知らないけど、何度か走っただけで道を知ってるって言う人が少なくないよね」
ルームミラーに目をやる。「んー、むー」と言う声。
「大丈夫、もうすぐ着くから。
まぁ着いたところで終わりじゃないんだけどね。え?あぁ漏らしちゃった?
いいよ、あとで掃除しとくから。
まぁ濡れた下着とかは気持ち悪いだろうけどもう少し我慢してよ。どうせ必要なくなるんだし。
口のテープはまだしたままだよ、それも地下に入っちゃうと外しても平気だからね。
まぁもう少しの我慢だよ。
んー?大丈夫。安心して。
子宮とか肛門には興味ないから。
あー、大丈夫だよ。
眼球も鼻腔も……あ、鼻腔ってわかる?鼻ね。鼻の穴。あと耳とかね。どうでもいいんだよ。
いや、久しぶりでね。虫歯が無いってのは凄い珍しいんだ。
うん。きっと綺麗な標本が作れるよ、理科室に飾ってあるようなやつ。楽しみだね。あ、でも君は見られないのか。ハハ、まぁいいか」




