ちょっと王子、勝手に婚約しないでくれます?
「リュシア。今日から君、俺の婚約者ね!」
アーデル王子は、今日も元気いっぱいだった。
広間の中央で、舞台役者みたいに両手を広げて、笑顔全開で叫んでくる。
今ピシッて空気の凍る音、鳴ったよね?
貴族たちのざわつく気配。でも私、今それどころじゃない!
「冗談でしょ?」
「冗談なわけないじゃん? ちゃんと王命、出てるし! 父上からの正式なお墨付きもあるよ!」
アーデルはウインクまでしてのけた。
本気? 意味わかんないんだけど!
私はリュシア・グランベル、公爵家の令嬢。
アーデル王子とはふた従兄妹で、子供のころから顔を合わせることも多かった。
──でも、そんな話、今ここで初めて出す? 空気、凍ったよね今?
「殿下の奇襲は、いつもながら容赦がありませんね……」
すぐ隣で、うちの護衛騎士・ノクスがため息をついた。
「また勝手に、リュシア様の心をかき乱して」
冷静な声。けれどその音色には、ほんの少しだけ棘のようなものが混じっていた。
私はちらりとノクスを見る。
──いつもと変わらぬ無表情。けれど、眉がわずかに寄っている。
やっぱり、驚いてるんだ……?
そう思っていたら、ノクスがふいに私を見た。
その視線が、どこか切なげで。
まっすぐな瞳が、私の奥を静かに見つめてくる。
なぜか、たまらなく胸に引っかかった。
……ダメ。そんな顔しないで
だって私──
ノクスのことが、ずっと好きなんだから。
ずっと、誰にも言えなかった気持ち。
でも、彼を選べない立場だって、わかってた。
公爵家の令嬢として、私はいつか、家同士の利のために嫁ぐ運命だから。
私が彼を初めて意識したのは、とある夜会があった日のこと。
人混みに疲れ果てた私を、ノクスが黙って裏庭まで連れ出してくれた。
星明かりの下、ベンチに腰かけると、彼は無言で私の髪の乱れを指先で直してくれた。
その手つきが、あまりに優しくて。
鼓動が跳ねた私に、ノクスはくすりと笑うと、目を細めて言った。
「……そういうところが隙だらけですよ、リュシア様」
その声と表情が、ずっと胸に残っている。
あれから、私は彼を目で追うようになった。
ずっと大切に育てていた、私の初恋だったのに──
アーデルの婚約者になるだなんて、聞いてないんですけど!?
***
婚約式の当日になった。
っていうか、婚約者ねって言われて三日しか経ってないんだけど。
司祭様は、たった三日で会場と祝福の準備、全部やらされたらしい。お疲れ様です。
あー、鏡に映る着飾った私、めちゃくちゃ綺麗だ。目は完全に死んでるけど。
祭壇の前に行くと、アーデルが満面の笑みを向けていた。わぁ、楽しそう。
死んだ目のまま唇を噛む私に、いつものように軽い口調で尋ねてくる。
「リュシア。最後に望むこと、ある?」
私は結んでいた唇を、そっと開く。
「……ノクスに、一度だけ会いたいの」
まぁ、今朝も会ってるけど。うちの護衛騎士だし。
わがままだけど、今、彼の顔が見たかった。
──最後に、心を決めるために。
アーデルは目を細めてふっと笑うと、片手をひらりと挙げた。
「じゃ、中断ー! 本日の婚約式、横道入りまーす!」
は? 横道?
会場がざわつく中、アーデルは軽やかに次の言葉を放つ。
「ノクス、入っていいぞ!」
扉が開く。
重たい足音が、まっすぐ私へと近づいてくる。
いつも通りの冷静な顔。
けれどその目は、誰より真剣だった。
まさか、本当に入ってくるなんて。
私の前に立った彼は、深く息を吸い──そして、言った。
「俺は今日、護衛としてではなく……リュシア様の隣に立つ者として、ここに来ました」
「ノクス……?」
その瞳が揺れる。ほんのわずかに、けれど確かに。
「リュシア様がアーデル殿下と婚約すると聞いた時、自分でも驚くほど……胸が痛んだんです」
それって、どういう……?
私が問いかける前に、ノクスは優しく目を細めて言った。
「ずっと、伝えたかった。俺は貴女を、心から──愛しています」
……うそ。
今──愛してるって、言った?
まさかの言葉に、胸が締めつけられる。
でも、苦しくなんてない。ただあたたかくて、溢れるように涙が落ちた。
「私も……私も、ずっとノクスのこと……」
声が震える。想いがあふれて止まらない。
だって、ずっと好きだった。
私はいつか、両親に言われるまま、誰かの元へ嫁がなきゃいけないって思ってたから。
アーデルは王命とか言いながら、私たちを結ばせるためにこんなことしたんだ。
第一王子の立場を使って、正式な通達を乱用するとか。
人前でこれだけ騒ぎになれば、引き返せないってわかってて──もう、お騒がせ王子なんだから……!
参列者たちが、「まったく、王子殿下らしいな」「やれやれ、こんな婚約式初めて見たぞ」と言いながらも、皆それぞれ笑顔で去っていく。
その片隅では──
「……予定と、違いすぎる……」
司祭様が祝福用の花冠を両手に抱えて、しゅんと肩を落としていた。
ごめんなさい、司祭様。
ハンカチで額をぬぐいながら、ぼやきつつ祭壇の飾りを片付けていく司祭様の姿に、申し訳ないような、可笑しいような気持ちになる。
そんな中、アーデルは私たちを見て言った。
「ようやく言えたか。ったく、長かったな」
そんな風に言われると、どこか気恥ずかしい。
私たちが照れながらも目を合わせる姿を見て、アーデルは軽く肩をすくめた。
「お前らの気持ち、バレバレだったぞ? ノクスはリュシアの護衛を譲ったことなかったろ。リュシアはノクスの剣の音が聞こえるたびに、カーテンの影から覗いてたしな?」
「ちょ! そんなの見てたの!?」
「見てた! 兄としてな。あと王子として、ちょっと首突っ込んでやったってわけ」
アーデルは誇らしげに胸を張って、ふっと笑った。
「ようやく報われたな、騎士殿」
拳でトンッとノクスの胸を叩いたアーデルは、くるりと私たちに背を向けた。
「じゃ、続きはこの二人で婚約式、よろしく!」
彼がさっそうと出ていくと、私とノクスは目を合わせる。
きっと、同じ気持ちだった。
この数年間、言えなかった言葉も、届かないと思っていた気持ちも──
すべてが、今ここで報われた気がした。
優しく笑みを向けると、私たちは吸い寄せられるようにそっと顔を近づけて──
自然と、唇が重なった。
会場のどこかで、司祭様の「おおう……!?」という声が聞こえた気がするけれど。
……たぶん、気のせい。
***
廊下に出たアーデルは、誰もいない空間で立ち止まり、天井を仰いだ。
「あ〜あ〜……兄ちゃんって、損な役回りだよなぁ」
でもすぐに、ケロッとした声に戻り。
「ま、いっか。幸せそうだったし」
そう言って、王子は口笛を吹きながら歩き出した。
まるで──誰よりも華やかな舞台を降りた、名脇役のように。
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『婚約破棄の続きをどうぞ、王子殿下』
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