第8話 昼食会
広く豪華な食堂で食事を摂るのは久しぶりだ。
(あぁ、カナン男爵家は食堂も変わっていないわね。ミーティア伯爵家は……あぁ、本館の食堂なんてどんなだったか思い出せないわ。ミーティア伯爵家では、ずっと別館にいたし。そもそも仕事が忙しくて、仕事場で簡単に済ませることも多かったから……)
ディアナは暗い気持ちになって、軽く頭を横に振った。
サミエルも、その両親も、メイドのマリーも、ディアナを気づかわしげな表情でチラチラと見ている。
(いけない、いけない。もうミーティア伯爵家でのことは過去よ、過去。これからは明るい生活が待ってるわ)
ディアナは笑顔を作り、案内された席へと着いた。
正面にはサミエルの両親が座っていて、左側にはサミエルが腰を下ろした。
「わぁ、綺麗」
ディアナは目の前に置かれた前菜の皿に見て、思わず声を上げた。
遅めの昼食会は、早目の夕食会のようなメニューだった。
(エビと野菜のゼリー寄せに、サーモンとチーズのカナッペ。卵のタルタルの上には緑色の葉っぱと紫の小さなお花が飾ってあるわ。生ハムでフルーツを巻いた物は鉄板よね。フルーツは、桃かしら? 随分と早いのね。流石はお金持ちの家!)
彩華やかな前菜は、見た目だけでなく味も確かだ。
(シェフの腕も確かだわ。お金だけでなく、人脈を持つ商家でもある男爵家だから雇うことができたシェフのようね。もっとも私は、ミーティア伯爵家のシェフが誰かなんて知らないけど!)
ディアナはカナン男爵家の食事に舌鼓を打ちながら、改めてミーティア伯爵家や元夫への怒りを感じていた。
「お口に合うかしら?」
サミエルの母がディアナに優しい笑みを浮かべて聞いてきた。
「はい。美味しいです」
ディアナは頷きながら答える。
お行儀の善し悪しはともかく、美味しいものは美味しい。
そしてカナン男爵家ではうるさいことなど言われないのを、ディアナは知っていた。
(我が家は子爵家だけど、サミエルの家は男爵家だから、礼儀にうるさくないのよね。しかもお金持ちらしく、おっとりしている。ここはとても楽だわ)
メインにはステーキと白身魚のムニエルが出た。
パンはふっくらとしていて美味しいタイプだ。
(健康のためには固いパンも捨てがたいけど、ふっくらしたパンの美味しさにはかなわないわね)
デザートとコーヒーが出る頃には、10年という時の流れなどまるでなかったかのような気分になった。
(なぜあんなに我慢していたのかしら? 私は恵まれた令嬢だというのに!)
悪い夢から覚めた気分をディアナが味わっていると、サミエルの母が笑いながら話しかけてきた。
「ふふ。このまま我が家へお嫁に来てくれてもいいのよ」
「ああ。そうしてくれたら嬉しいな」
サミエルの父もニコニコしながらディアナに言った。
(それも悪くないかも……)
ディアナがチラリとサミエルのほうを窺うと、彼は少し暗い表情を浮かべていた。
そして両親をたしなめるような口調で言う。
「ダメだよ、だってディアナは子どもを欲しがっているから……」
カナン男爵の両親が「あぁ」というような納得した表情を浮かべたのを、ディアナは不思議に思いながら眺めていた。