第5話 他人のお宅に世話になる
大きな黒い門構えのカナン男爵家の敷地へと馬車は入っていった。
塀は高いし、門番も置いている屋敷は、警備もしっかりしていて安全だ。
「あの間抜けなミーティア伯爵さまが、お嬢さまが去ったことで今まで通りの生活が出来ないと気付くまで、何日かかるでしょうかね」
マリーが嫌味っぽく言った。
「何日だろうね? いずれにせよ、大慌てで此処へ来るんじゃないかな。ディアナがいなきゃ、商売はもちろん、領地経営だってすぐ上手くいかなくなるよね」
「ええ、そうね。今まで順調だったのは、私の実家がサポートしていてくれたからだもの。それだって、嫌々やっていてくれたことなのに。イーサンが浮気三昧だったことを私の家族も知っているから、面白くなかったはずよ」
ディアナはおどけたように茶色の瞳をグルっと回した。
サミエルは、それを見て笑う。
「ふふ、そうだね。君の兄上であるアレックスさまは、青筋立てながら微笑むという器用な表情で怒っていたからね」
「あぁ、お兄さまはね。相当怒っていたから、許さないはずよ。今までの分まで利子を付けて、仕返しするのではないかしら?」
「ふふふ。彼ならそうするだろうね。ああ、ついたようだ」
サミエルは穏やかに言った。
馬車から降りたディアナは、屋敷を見上げて呟く。
「あら、いつものお屋敷ではないのね」
「ああ。まずは君たちに住んでもらう別館を見てもらおうと思って」
ディアナは本館と別館を見比べて言う。
「本館からだいぶ離れているのね」
「ああ。移動に馬車が必要かもしれない。馬車は操れるかい?」
「ええ、それは問題ないわ。ねぇ、マリー?」
メイドのマリーは頷いた。
「私も馬車は操れますし、お嬢さまも馬を操るのは得意ですから大丈夫です」
「それはよかった」
サミエルが微笑むと、ディアナは心配げに言う。
「私とマリーだけで大丈夫かしら? 門番がいるのは分かっているけど、女性2人では誰かが来た時に不安だわ」
「それなら、誰かこちらに来させようか。女性のほうがいいかな。メイドか、料理人か……。ああ、男手もあったほうが安心か。別館の警備も手配しよう」
「ありがとう、サミエル」
ディアナがお礼を言うと、サミエルはどういたしましてと軽く会釈して馬車に乗ると、本館へ向かっていった。
「さて、と。どうしましょうか。お嬢さま」
「ん~。先になかへ入っていてもいいけど。サミエルを待っていたほうがよさそうね。まだ荷物を積んだ馬車も到着していないし。外側をグルっと見学してみましょうか」
「そうですね、お嬢さま」
早くも別館に放置されたディアナとマリーは、建物の周りを散策することにした。
カナン男爵家は広い。
本館が大きいのはもちろんだが、別館もそれなりのサイズがある。
「ミーティア伯爵家の本館くらいありそうですね」
「そうね。1回り小さいくらいかしら?」
別館といっても、二階建ての立派な建物はそれなりに大きい。
しかも庭がある。
「あら、コレって……薬草?」
「そのようですね。ラベンダーは庭に植える花としても人気が高いですし……他にもちらほらと薬草がありますね」
「おや、もうそれを見つけてしまったか」
いつの間にか戻ってきたサミエルが、ニコニコしながら2人に声をかけた。
「別館は生前、祖母が使っていてね。祖母は薬草栽培が好きだったんだ」
「あぁ、それで……」
ディアナは改めて庭を見た。
敷地内の他の場所に比べて、手作り感あふれる庭なのには理由があったようだ。
「祖母なりに薬草によい環境を整えようとしたらしいよ」
「そうなのね」
「ここにある薬草も含めて、別館は好きに使ってくれていいからね」
「えぇ、いいの? それは嬉しい」
「ふふ。喜んでもらえて、祖母も喜んでいると思うよ。では中を案内するね」
ディアナたちは、サミエルが連れてきた使用人も含めてゾロゾロと建物の中へと入っていった。