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第3話 白い結婚では子どもはできない

 子爵家と伯爵家の縁組ということで爵位の格差はあったものの、ディアナの実家は裕福だ。

 手広く商売をしていて、そのすべてが上手くいっている。

 領地経営も順調だ。


 対してミーティア伯爵家の方はといえば。

 こちらもまた商売をしていて、領地経営と共に順調であった。

 しかしミーティア伯爵家の商売は、レーアン子爵家と比べたら規模がとても小さかった。

 ディアナとイーサンを結婚させることによる恩恵は、ミーティア伯爵家のほうが大きかったはずだ。

 

「釣り合いのとれた結婚だったはずなのよ。私には価値がある」


 茶色の髪と瞳を持つディアナは、細身でスラッとしているし、整った顔をしているが、貴族としては凡庸な見た目をしている。

 それは自覚しているが、ディアナは自分の価値が低いと考えたことはなかった。

 魔法薬作りの天才。

 王立学園始まって以来の才女。

 優秀さは学園の折り紙付きだ。

 しかも実家が太い。


 見た目の凡庸さがなんだ。

 自分には価値がある。

 ディアナは、そう信じていた。

 今もそうである。

 だから、いつかイーサンが振り向いてくれることを信じていた。

 でも……。

 もう待っているのは無理だ。


「はい、お嬢さまには価値があります。魅力的ですし、才能も、お金も持っているのですもの。嫉妬を買うことはあっても、安売りすることなど、あってはなりませんっ」


 メイドのマリーは細い眉をクイッと跳ね上げた。

 ディアナは、辛い事実を認めざるをえない。


「そうよね。この結婚、間違っていたかもしれない」

「ええ、そうですわ。お嬢さま相手に白い結婚なんて。しかも、浮気はし放題っ。ありえませんっ!」


 赤毛のメイドは、赤い瞳に怒りの色を浮かべて、ミーティア伯爵家の本宅を睨みつけた。

 細身で小柄なメイドだが、迫力だけは大柄な兵士並みにある。

 実家から連れてきたメイドだが、彼女は最初からこの結婚に反対していた。

 まだ若かったディアナは、2歳年上のお気に入りのメイドが結婚を反対する理由が分からなくて悲しい思いをしたり、悩んだりしたものだ。


 だが、今なら分る。

 イーサンはクズだ。


 18歳の若き乙女であったディアナにイーサンが『お前を愛することはない』という傲慢で冷たい言葉を放ったのは初夜でのことだった。

 華やかな結婚式の後に放たれた衝撃の言葉に、ディアナは酷く傷ついて泣いた。

 その時、側にいてくれたのがマリーだ。

 若いディアナは、そのうちイーサンの気持ちが変わるだろうと思っていた。

 だから耐えた。

 しかし未だ白い結婚の状態は続いている。

 暴言も続いていた。

 イーサンは『玉の輿なのだから文句を言うな』とか『お前にはミーティア伯爵家に恩がある』とか色々言ってくる。


 ディアナからすれば、キョトンである。

 彼女の作る魔法薬は評判がよく、それにより先代が引退した後もミーティア伯爵家の商売は上手くいっているのだ。

 イーサンの商売手腕は酷い。

 彼の手腕に任せておけば、いずれ商売だけでなく領地経営も行き詰まるだろう。

 ミーティア伯爵家の繁栄は、ディアナの魔法薬と、太い実家との間に繋がったパイプのおかげだ。

 ディアナが去れば、ミーティア伯爵家が没落していくのは想像に難くない。

 

 いつかイーサンは自分の良さを分かってくれるだろう。

 自分は彼に尽くしていればいい。

 彼の妻であるのが幸せ。

 振り向いてくれる日を待つわ――――


 そんな風に思っていた時期が、ディアナにもあった。

 若かったから、待つことができたのだ。


「結婚した時には若かった私も、既に28歳。このまま白い結婚でいたら、子どもが持てないわ」


 ディアナの言葉に、サミエルの表情が曇った。

 その隣でマリーはコクコクと頷きながら「ようやくお気付きになられましたか、お嬢さま」と言っている。


「こうなったら離婚ですね、離婚」


 メイドは両手を握りしめ興奮に揺らしながら、キラキラした瞳で愛する主人を見上げた。


「ふふふ。もう、マリーったら」


 言葉の不穏さと、マリーの反応のちぐはぐさに、ディアナは声をたてて笑った。


「だってぇ~。この家の人たちは、お嬢さまを軽く扱い過ぎです。私は腹が立って、腹が立って……」


 ディアナは何だか憑き物が落ちたような気分になった。


「そうね、私も我慢しすぎたわ。もう我慢するのは止めましょう」

「賛成です。そうと決まったら、荷物をまとめなくては」


 黒いお仕着せのワンピースの袖をまくり上げるメイドの背中に、ディアナは不安げな声をかける。


「でも……あの人たちが、そうやすやすと私を手放すとは思えないわ」

「大丈夫。君のことは僕が守るよ」

「ありがとう、サミエル」


 サミエルはディアナの同級生であり、兄の友人であり、取引先である。

 カナン男爵家は、領地こそ持たないが、手広く商売をしている商家だ。

 サミエルはカナン男爵家の当主だ。


「そうと決まれば、荷物を運ばないとね。馬車を回してくるよ。追加の馬車は必要かな?」

「ええ。ここにある物を全て持っていけば、魔法薬の納品が遅れることはないわ」

「ふふ。それは持っていかなければ納品が遅れるという脅しだね」


 サミエルの言葉にディアナは頷いて笑った。

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