第18話 ざまぁ
「ちょっとあなた、探したわよ。うちのイーサンと別れるってどういうことなの?」
イーサンの母は鼻にシワを寄せ、目を吊り上げてディアナに詰め寄ってきた。
「そうだよ。領地経営とか商会の取引とか、いきなり切るとか酷いじゃないか」
イーサンの父も不満そうだ。
「浮気くらい仕方ないでしょ? イーサンはモテるのですもの。あなたのような地味な女1人で満足できるはずがないでしょっ。あなた、堪え性が足りないのよっ!」
イーサンの母に迫られて、ディアナは後ろに仰け反りながら苦笑を浮かべた。
(全て私が悪いと思っているのね。イーサンの酷さを知っているのに)
昔はディアナも義両親に気に入られようと頑張ったものだ。
それは逆効果でしかなかったが。
ディアナが言い返そうとしたところで、背後から聞きなれた声が響いた。
「おや。こんなところにいらしたのですね」
ディアナが振り返ると、兄の姿がそこにあった。
アレックスはニッコリと笑顔を浮かべて、イーサンの両親へ挨拶をした。
「こんにちは、ミーティア伯爵のご両親。探しましたよ。ディアナへの慰謝料と、持参金の返還はどうなっていますか?」
アレックスの姿を見たイーサンの両親は、あからさまに慌てた。
イーサンの父は、顔を真っ赤にして言葉に詰まっている。
「あっ……あっ」
「今日の所は失礼しますわっ」
イーサンの母はアレックスに向かって早口で言うと、ディアナを振り返って捨て台詞を言う。
「もういいわよっ。あなたがダメなら、別の貴族令嬢を見繕えばいいだけだわっ。あなたなんかよりもお金持ちのご令嬢をねっ。イーサンはとっても人気があるんだからっ」
イーサンの母の隣では、イーサンの父がウンウンと頷いている。
(ちょっとそれは……物事を甘く見過ぎているのでは?)
首を傾げるディアナを睨みながら、イーサンの両親はそそくさと帰っていった。
「何なんだアレは」
サミエルは呆れた表情でイーサンの両親を見送った。
「あーゆー生き物も、世の中にはいるのさ。サミエルも商売していたら、どっかで出会うよ」
アレックスは楽しそうにクスクス笑っている。
ディアナは、そんな兄へ胡散臭いものでも見るような視線を向けた。
「お兄さま、どこへいってらしたの?」
アレックスは妹の視線に動じず、平然と言う。
「ああ。ちょっとね。イーサンの愛人のところへ」
「えっ⁉ なんで⁉」
ディアナは驚いて声を上げた。
「『愛のロマンティックタイムを盛り上げる』魔法薬をプレゼントしてきたのさ。おリボンをかけてね」
アレックスは、悪魔のような冷酷で美しい迫力のある笑みを浮かべた。
サミエルたちは兄妹のやりとりの意味を測りかねて、ポカンとして眺めていた。
◇◇◇
それから間もなく、イーサンの愛人シェリーがめでたく妊娠した。
シェリーは当然のようにイーサンとの結婚を求め、イーサンもそれにこたえてしまった。
イーサンの両親は慌てたが、それに甘い顔をするようなレーアン子爵家ではない。
そのタイミングでレーアン子爵家は法に訴え、慰謝料と持参金を取り立てるための強制執行に踏み切った。
結果、イーサン一家は金策のためにミーティア伯爵の爵位をお金持ちの親戚へと売り渡すことになった。
◇◇◇
「貴族が爵位をなくしても平民になるわけではないけれど。イーサンとシェリーは平民同士でバランスがよい夫婦になるのではないかしら?」
変わらずカナン男爵家の別館に住んでいるディアナは、アレックスからイーサンたちの現状を聞いて素直な感想を口にした。
「ふふ。言うねぇ、我が妹は。イーサン一家の生活は、わずかな両親の年金で賄うことになって、イーサンも、その夫人も両親の顔色を窺って小さくなって暮らしているらしいよ」
「んー。命を落とすよりはよいのでないかしら? そもそも働けば解決でしょ?」
「ははは。ディアナらしい意見だね」
アレックスは楽しそうに笑った。
「それより、ディアナ。サミエルとはどうなっているの?」
ディアナの頬がポッと赤くなる。
「ん……えっと、明日出掛ける予定になっているわ」
「ふーん。で、どこへ行くの?」
「子どもの頃によく行った公園へ行くの。期間限定の美味しいケーキが食べられるそうよ」
「ふーん……」
「もう、お兄さま。表情がうるさいっ」
揶揄うようにニヤニヤと見てくるアレックスから逃げるように、ディアナは顔を背けて両手で隠す。
マリーはお茶を入れながら、その光景を微笑ましく眺めていた。




