第10話 推理
その日の夜。
ディアナはマリーからお世話を受けながら、強くサミエルとの再婚を勧められていた。
「わたくしのお勧めは断然、サミエルさまですよ、お嬢さま。ミーティア伯爵家との縁は切れているのですし、もともと白い結婚だったのですから早く次へ行きましょう、次へ」
鏡に映るメイドは、赤い瞳のはまった目を大きく広げ、ついでに鼻の穴も広げて、興奮に大きくなる声で鼻息荒く言っている。
(実際にマリーの荒い鼻息が、耳のあたりに当たっているような気がするわ)
ディアナは、彼女の髪を手入れしながら熱く語る細くて小柄な赤毛のメイドに、鏡越しに苦笑を向けた。
「でもね、マリー。サミエルにその気があるのなら、イーサンと婚約する前に、お話があったのではなくて?」
「ん~……そうですねぇ」
マリーはディアナの地味な茶色の髪をブラッシングしていた手を止めて、少し考えるように視線を上へと向けた。
(実際、そんな雰囲気の時もあったし……でも自然消滅してしまったのよね。そうこうしている間にミーティア伯爵家から婚約の申し込みがあって……)
学園で人気の高かった美形のイーサンから婚約を申し込まれたことでディアナは浮かれ、そのまま結婚してしまったのだ。
「ミーティア伯爵家から婚約を申し込まれたのは16歳の時よ? サミエルにその気があったら、遅くてもその時に何か言ってきたはずでしょ?」
「そうですねぇ……」
マリーは首を傾げている。
それはディアナも同じだ。
(サミエルにとって私は、妹のような、兄弟のような存在だから、婚約を申し込まれなかったのだと思ったのだけれど。違ったのかしら?)
もし当時のディアナの予想が外れていたのだとしたら。
思い当たる節がひとつある。
(昼食会の時、私が『子どもを欲しがっているから』ダメだと言っていたわ。そして、この別館にある数々の品物……もしかして、サミエルには男性不妊症の疑いが?)
ディアナは魔法薬の天才だ。
薬師である彼女にとっては、不妊症に関する相談も寄せられる。
なかでも男性向けでは、不妊症はもちろん、ED治療に関する魔法薬の需要は高い。
だからディアナは、男性向けの不妊治療薬はもちろん、ED治療に関する魔法薬についても詳しいのだ。
(貴族にとって、跡取りの子どもが出来ないのは大問題だもの。男性側に問題があっても、子どもが出来なければ女性にとっても悲劇だわ。そんな時に役立つ魔法薬は需要が高い)
ディアナは薬師として様々なケースを見聞きしている。
(子どもが出来ないのは夫に問題があると騒ぎ立てたって、貴族夫人には何の得もない。そんなことをイチイチ言わなくたって、『夜を盛り上げるための薬よ』とでもいって男性不妊治療用の魔法薬を飲ませて子どもを作れば問題は解決だもの)
だから屋敷内に、こんなにあからさまに材料が転がっている状態が、余計に引っかかるのだ。
(もしかしてカナン男爵家は、もともとEDの傾向が強い家系なのでは? この屋敷の庭には、セロリやニンニク、玉ねぎやニラ、アスパラガスといった勢力アップにつながる野菜が沢山うえられているのよね)
ディアナは鏡越しにマリーをチロリと見た。
薬師でもあるディアナにとっては頬を赤く染めるような話でもないが、マリーとするには、ちょっとだけ気まずい。
だがディアナには、庭に植えられているものを見て疑問に思っていたことがある。
(庭へ植えるにしては変わった物が多いし、薬として考えても特殊なのよ。特にセロリ。あれは強壮剤として有名なのよね。市場で気軽に購入できるようになったのは割と最近なのに、この家には、おばあさまの代から庭に生えていたことになる)
アスパラガスも、セロリも美味しい。
ニンニクや玉ねぎ、ニラといった野菜も美味しいが、庭に植えるには匂いが強すぎるのではなかろうか。
(おばあさまが作られたという瓶詰も、オクラやレンコン、やまいもなどの精力剤の材料になる野菜の酢漬けだったわ。キュウリやスイカ、メロンなどの種もあったし。ちょっと偏りがあるのよね……)
別館を使っていたのは随分前だと考えても、アレ? と引っかかるようなことは多かった。
(ハーブにしても、ラベンダーやローズマリー、カモミールといった一般的に使いそうな物がなかったり。でもジャスミンはあったから妊娠中に女性が避けたいハーブを遠ざけたから、というわけでもなさそう。ジャスミンは、男性不妊には効果が期待できるのよね……)
ここまであからさまだと、不妊傾向の強い家系であることをサミエル自身も知っているのかもしれない。
(だからって男性不妊やEDの問題はデリケートな問題だから、私がサミエル自身に聞くというのも……)
鏡越しにマリーが気づかわしげな表情を浮かべて話しかけてきた。
「眉間にシワなどよせて、どうかなさいましたか、お嬢さま?」
「いえ、何でもないわ」
(悩んでいても仕方ないわね)
「マリー。お兄さまへ手紙を書くから、明日の朝一番に送ってちょうだい」
「はいっ! アレックスさまにご相談されるのですね?」
マリーの表情がパッと輝いた。
「ええ。そうしようと思って」
ディアナは苦笑を浮かべた。
レーアン子爵家の跡取りは、商会の取引先だけでなく使用人からの信頼も厚い。
そしてちょっとだけシスコンだ。
「ふふ。ミーティア伯爵家を出てからまだ一度もお会いになってもいませんから、アレックスさま、すぐいらっしゃるのではないでしょうか」
「そうかもね」
過保護な長兄の反応を想像して、ディアナは少しだけ頭が痛くなった。




