第1話 冷めた!
本当に、ある日突然に。
気持ちが冷めることもある。
「どうでもよくない? あんな男……」
ディアナ・ミーティア伯爵夫人は茶色の瞳がはまった大きな目をすがめて、別館にある作業部屋の小さな窓から外を眺めて呟いた。
魔法薬作りの天才であるディアナ・レーアン子爵令嬢は、18歳の時にイーサン・ミーティア伯爵令息のもとへ嫁いだ。
白い結婚でもいい。
愛するあなたのお役に立てるなら、それだけでいいの。
あの時の自分は、どこかおかしかったに違いない。
幻だったのでは? と思うほどイーサンへの愛なんてものは、綺麗さっぱり消え去っていた。
不誠実だと思う一方で、人生なんてそんなもんでしょう、と思うディアナは28歳。
婚約を申し込まれた16歳の時とは違う。
婚約が決まった16歳の時、ディアナは浮かれた。
イーサンは美しい金髪と青い瞳を持つ美形で、王立学園の人気者だったからだ。
卒業から10年。
今となっては、愛だと思っていたものは欠片すら残っていない。
「夫のことなんて、どうでもよくなっちゃった」
時の流れを感じながら、ディアナはしみじみと呟いた。
夢から覚めたというか、正気を取り戻したような気分をディアナは味わっていた。
彼女が住んでいるのはミーティア伯爵家の別館だ。
視線の先にあるのは、夫が暮らしている本館である。
午前のお茶の時間には少し早い時間帯。
外は初夏の日差しが眩しく降り注いでいて、浮かれて踊りだしたくなりそうな、とても陽気で明るい雰囲気に満ちていた。
そんなウッキウキな光景のなかに、ディアナは見てしまったのである。
夫であるイーサン・ミーティアが、ピンク色の髪をした秘書と仲良く腕を組んで、豪奢な本館に入っていくところを。
「いくら何でも、堂々としすぎじゃない?」
イーサンは、ディアナと同い年の28歳。
キラキラと輝く金髪と吸い込まれるような青い瞳を持った美形だが、中身は空っぽな男である。
一緒にいる秘書はシェリーという20歳の平民で、珍しいピンクの髪とキラキラ輝くアメジスト色の瞳を持っていた。
彼女は、女を売りにしているような媚びた雰囲気の女だ。
書類仕事をするのなら、自宅ではなく事務所へ行くだろう。
イーサンは自宅でも出来るような簡単で重要度の低い仕事をするために、高い家賃を払って事務所を構えていた。
その家賃の支払いをしているのは、ディアナである。
それなのにわざわざ自宅へ、しかもあんなウキウキした雰囲気を隠しもせず入って行ったのであれば、室内で行われるのは書類仕事ではない。
「別邸を持っていることは知っているし、女を連れ込んでいることも知っているけど。自宅に連れてくるのはルール違反でしょ」
仕事を進める手は止めないまま、ディアナは眉を吊り上げた。
「ならば、君は僕の家に来るかい?」
隣にいたサミエル・カナン男爵は優しい笑みを浮かべ、柔らかな茶色の瞳をディアナに向けて穏やかに言った。