32 魔法が無くても
「兄貴が、緑色に光る短剣を手に入れて、空中を切ったら何処かの村に繋がって・・行ってみたら人が誰も居ないのをいいことに、色々な物を盗んでいたんだ」
「緑色の短剣?」
そういえば以前、緑色の指輪を使って精霊族の村へ行ったことがあったような・・。
もしかして?
そういえば最近、アルが同じようなことを言ってなかったか?
もし短剣が精霊族の村につながるアイテムだったら・・。
*****
「村に戻れなくなっちまった・・」
弟は逃げなかったみたいだし、アイツ何考えてんだ?
「金はあるし、何処かに泊まるか?」
多分役人が来たのだろう。
もう盗んだこととかとっくにバレているのかもしれない。
「あの場所に逃げるか?」
いつもあの場所には誰もいない。
ここに留まっているよりははるかに良いだろう。
俺は腰にぶら下がっていた短剣を出して空中を切り裂いた。
「へえ~いつもそういう風に使っているんだ?」
「ふぇ?いつの間に?」
「さっきから居たけどね。上にだけど」
「上?」
「悪いけど、拘束させてもらうよ」
俺は突然現れた、若い男に捕まってしまった。
*****トワ視点
僕たちは風魔法で空を飛んでいた。
「ひええええ・・・」
上空数十メートル、慣れない人は怖いだろう。
「怖い?まあ落ちないから安心してよ。ちょっと城まで運ぶだけだから」
「おま・・何なんだ?」
「何だろね?領主?魔法使い?それとも冒険者かな?」
取り合えず僕は首謀者の兄をゼノベア城へと運んだ。
僕は連れて行くだけだ。
「あとで、盗んだもの返してもらうね?あれは村の大事な宝だから」
「万事解決じゃの。流石トワじゃ!」
屋敷に帰ったら、アルに褒められてしまった。
「精霊族に頼まれていたはいいが、解決できなかったのでな。まさか指輪と同じような効果のある短剣があるとは・・」
「僕も昔お世話になったし、恩を少しでも返せたのなら良かったよ」
「ちょっと部下に伝えておく・・いや直に行くか」
アルは右手を使って空間を歪めた。
「今回はトワのお陰だから一緒に行くのじゃぞ?」
僕はアルに手を引かれ向かった。
数年ぶりに僕は精霊族の村へ来ていた。
木々が生い茂り、緑が豊かな場所。
空気が美味しい。
以前と変わらないな。
「ほれ、さっさと行くぞ」
「魔王様?」
門番の人が驚いていた。
この人以前見たことあるな。
「そうだったのですか!まさかトワさんが解決して下さったとは・・」
「盗まれたものは・・全部は無理かもしれませんが回収しますので・・」
僕たちは村長さんの家に来ていた。
徐々に思い出してきた。
素朴な家で床は絨毯が敷いてあって・・。
「何かお礼を・・」
「そういうのはいいです!今回は大臣からの依頼で、たまたま解決しただけなので」
「トワは相変わらず謙虚よのう。まぁ、そこが良いんじゃが」
「ご夫婦になられたのは本当のようですね。魔王様のお相手は人間と聞いて驚きましたが、トワさんなら安心しました」
しばらくの間、僕たちは雑談しお茶を頂く。
出されたお菓子もお煎餅みたいな味で美味しかった。
*****レーシャ視点
「ああ、だるいですわ・・・」
自室のベッドの上でわたくしは横になっていた。
病気ではないとはいえ、もう少し自由に動きたい。
とはいっても身重でそんなに移動できないのだけど。
外もとても良いお天気ですのに。
部屋にトワとアルが入ってきた。
わたくしの様子を見に来たのだろう。
「回復魔法で体調が良くならないのでしょうか?」
わたくしは、素朴な疑問を口にしてみた。
「止めたほうがよいな。体を元の状態に戻すのが回復魔法じゃから・・逆に母子が危険になると思うぞ」
「え?回復魔法ってそうだったんだ。全然知らなかった・・・」
トワはかなり驚いていた。
魔法を使えても原理を知らなかったらしい。
まあ、わたくしも知らなかったのだけど。
「この前、精霊族から妊婦でも飲めるお茶を頂いてきたのでな。気分が落ち着くから後で飲むとよかろう」
「ありがとうございます」
アルは魔王なのだけど、凄く気が利いて優しい。
何で魔王なんてやってるんだか不思議に思えるくらい。
わたくしは、アルにある時訊いてみた。
今日は体調も良かったので、庭に出てベンチに座り頂いたお茶を飲んでいた。
「わらわが何故魔王をしているかじゃと?」
アルはクッキーをつまんでいた。
「魔物のリーダーになったからじゃろうな。人間にも王様というのがいるじゃろう?それと同じじゃ。不思議と慕われておっての」
魔王は悪い存在と認識されているけど、本当の所はそうでも無かったりするのかもしれない。
昔の事はよく知らないけど本当の所はどうだったのでしょうか。
もしかしたら女神様なら知っているかもしれませんけど。
*****アイリーン視点
くしゅん!
「風邪か?」
「誰かが噂しているのかしら」
人間の体になってから、病気になったりもちろん風邪をひいたりします。
女神の時は全く無かった不調。
そう考えると不便な物なのかもしれませんね。
アスマとわたしは、王都の小さな家を借りて二人で慎ましく暮らしています。
穏やかな日々。
初めての経験にドキドキしっぱなしです。
この前は料理を作るときに失敗しちゃったり。
「すっかり人間なんだな・・アイリ、体冷やさないように気を付けろよ」
元々の名前アイリーンは、女神の名前なので目立つから改名してアイリと変えました。
よくある名前らしいので、かえって目立たなくて良かったです。
「アスマ?どうしました?」
アスマが何か言いたげに、わたしの手を触りました。
「魔法も全く使えなくなっちまったもんな。そのくらいは残しておいても良かったと思うが・・」
包丁を使った時に手を少し切ってしまった跡が残ってたり。
「少し血が出ましたね。痛かったです。でもこの事も初めてで嬉しいんですけど。以前だったら傷つくこと自体が無かったですからね」
魔法が無くても今が楽しいから良いのです。




