真実の嘘《1-3》
屋上に続く階段を駆け上がる。
夢にまで見たこの場所に、あの人の傍に戻れたことを早く実感したくて彼は息が乱れるのも気にせずに螺旋階段を駆け上がった。胸に宿る淡い思いを抱きながら――。
――やっと戻ってきた。この場所に―――雪さん、あなたの傍に。
こんな邪な感情を知られたらきっと一蹴されるだろうが、それでも嬉しさに心は躍る。
逸る気持ちで縺れる足をなんとか前に出して、Jは彼へと続く扉を開いた。眩しい世界が視界いっぱいに広がり目を細める。光が止んで次に飛び込んだものはただ青い空だった。
「雪さんっ!!」
どこかにいるはずの小さな姿を探して、彼はキョロキョロと辺りを見回す。前方、左右、後ろには今入ってきた扉しかない。
――いない…? いや、違う。っていうことはっ。
「よぉ、こないだぶりだな」
頭上から降る言葉に鼓動が脈打つ。
会いたかったはずの人なのに、いざそこにいると思うと振り返るのが怖い。臆病風に吹かれるわけではないが、これがまた夢で終わってしまうんじゃないかと――そう危惧する自分がいた。
――夢だと、いつもここで目が覚めるんだ。
本当の彼を見る前に。その声に振り向く前に現実へと引き戻される。そんなことが何度あっただろうか。
深呼吸をして、ゆっくりと振り返ると空を見上げる。
「――っ」
光を背負った少女の影が浮かび上がり、その影はすぐに少年のものへと変わった。逆光に遮られ表情は分からないが、きらきらと陽に照らされ輝く銀糸が眩しい。何か言いたいのに、言わなければならないのに、言葉は口を吐いて出なかった。
黙り込む少年に、彼は訝しげに息を落として上から飛び降りる。まるで羽根があるんじゃないかと思うくらい身軽に、音もなく地面に着地すると真っ直ぐにその碧い瞳をJに向けた。
「挨拶もないのかよ」
その小さな顔に苦笑いを貼り付け、頭を掻いてみせる。
地上で出会った依頼主の少女――福山悠里――の姿ではなく、本物の彼――神谷雪――の姿で目の前にいる。それだけでこんなにも胸が熱い。不覚にも涙が出そうになって歯を食い縛る。この思いをどういえば伝えられるのだろうか。
「せ…雪さん…」
「元気だったか?」
「あの…はい」
「なんだよ、歯切れ悪いな」
くつくつと笑うその笑顔は以前と何も変わらない。屈託のない少年のようなそれにJは赤くなる顔を抑えることが出来ずに不意にそっぽを向く。耳が熱い。
視線を逸らしたJを雪は下から覗きこむ。目の前に彼の瞳があった。
息がかかるほど近くに感じる温度に、心臓が早鐘を打って爆発しそうだ。慌てて彼の肩を押し返し距離を取る。柔らかな髪が鼻先を掠めて、そこからいい香りがした。
「いや、あの――俺っ」
「知ってる。管理局にスカウトされたんだろ?」
「――っ」
茶化すような先ほどまでの表情とは違い、今度は真剣でかつ厳しい表情へと変わる。古株管理官としての瞳だ。
「別に萎縮することはねぇよ。責めてるつもりもないし」
「……」
「ただ、予想以上に早かった――とは思ってるがな」
「予想?」
彼の意外な言葉に思わず聞き返すと、視線を合わせるでもなく他所を向いた彼が小さく頷く。その瞳には果てしない空の青が映り揺れていた。何かを思い、そうして静かに目を伏せる。言葉の続きを待って黙り込む雪を見つめていると、一拍の後彼は溜息一つ落としてJへと向きなおした。スッと手が差し伸べられる。
「管理補佐官コードネーム・J。お前を歓迎するよ」
彼は不敵に笑い、Jはその手を取った――。