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ノスタルジア管理局  作者: 彩人
真実の嘘
80/86

真実の嘘《序章》

長らくお待たせしました。

「ノスタルジア管理局」新シリーズの開始です。


前回に続き、謎多き中間人「塁」の過去と地上探索型管理官「イチ」の関係を暴く塁過去編の「後編」になります。

 彼が消えた。 

 数時間前まで一緒に笑っていたはずの彼が忽然と姿を消した。

「いなくなったんじゃない。」

 何の形跡もなく”駆城瑠衣”という人間の存在が消えていた――。

 教室からも、彼の家からも、そしてみんなの記憶からも…。 

 じゃあ、どうして俺は覚えている――?


 失くした親友”瑠衣”の存在を探し、一喜は知らない場所に迷い込む。

 それは長い長い”夜”の始まりだった――。



☆真実の嘘~序章~

 

 それを聞かされたのは、あの依頼から数日後のことだった。


「――なっ、じゃあ、イチはあの日から眠り続けてるのか!?」


時刻は正午を回った処。

お昼時の管理事務所内はどこか閑散としている。それもその筈だ。皆が自分の好きなものを食べているこの時間だけは、普段騒がしい連中も食べることだけに集中しているので無駄口を叩かない。

雀はオンラインゲームをしながら片手で――見た目にはマスタードしか見えない――ホットドックを食べ、狐と心は奥のソファでゆったりと寛いでいる。塁も今日はまだ管理局(ここ)には来ていない。

そんな静かな昼下がりに、雪の声は響いた――。

皆が何事かと振り向く。


「…そうだ。 まあ、(やつ)生身の人間な(生きてる)のだから眠るのは当然だがな」

「そんな単純な話じゃねぇだろ!!」


 管理局には珍しい客が一人。

 随分な長身に紫微色の髪を腰まで靡かせ、眼鏡の下に隠れた切れ長な目元には髪の毛と同じ色の――気の強そうな――瞳が浮かんでいる。見た目には女性(おんな)だが、その態度や言葉は限りなく男性(おとこ)のものに近かった。

 偉そうに組んだ腕の先、細長い指が弄る煙草からは白い煙が上がる。鈍い動作で口元へ近づけると、彼女はそれを口唇に含んだ。


月子(つきこ)、どういうことか説明しろっ」

「……」

「お――…いっ」


 無言のまま雪を見下ろす女性――月子――に詰め寄る。

 その瞬間、近づいた鼻先に吹きかけられた煙草の煙を思いっきり浴びていた。白煙の匂いと痛みで目の前が歪む。目を開けている事も叶わなくて雪は沁みる瞳を閉じると、勢いよくむせ込んだ。

 

――っの、やろ…。


 声に出す事の出来ない悪態を心の内で吐く。

 その事を知ってか知らずか目の前の女性は、髪を後ろに払うとフンッと鼻を鳴らして咥えていた煙草を近くの灰皿へと押しつけた。どこかめんどくさそうに雪に向き直すと口唇を開く。


「それが目上の人間(わたし)に対する態度か――?」

「――っ」

「態々出向いてやったと云うのに――悪いが、今のお前にやる情報(もの)なんかないな」

「……」


 背けられた瞳が、言葉が直に雪の胸に降る。

 突然――それも勝手に――現れた癖にその言い草は無いんじゃないか。そう思う心を他所に、雪は表面上だけの謝罪を口唇にした。ごめん――と。

 見るからに不服そうな表情をした彼を前に月子は目を細めると、その頭をクシャッと軽く混ぜる。上から押さえつけられるような仕草に雪は「ぐえっ」っと潰れた蛙の様な声で鳴くと、その手を振り払って、女性を睨んだ


「――っに、すんだよ」

「…大変だったな」

「??」

「お前も、塁も――そして一喜(あいつ)も」

「……」


 予想外に真剣な月子の表情に怒鳴りつける勢いをそがれ黙りこむ。何が言いたいのか――明確に言葉にはしないが、その言葉の意味には気付いていた。だから余計に言葉に詰まる。

 思案顔で俯けば、その肩に女の手が触れた。温度を感じさせない冷たい手だが、それでも優しさだけは感じ取れた。

 

「あの」

 

もう一度イチの状況を聞こうと口唇を開きかけた時、走りこんでくる足音が雪の声をかき消す。塁だ。


椿姫(つばき)さんっ!!」

「…なんだ、もう見つかってしまったか」


 至極つまらなそうに言う女に息も絶え絶えの塁が呆れたように深い溜息を落とすと、乱れた髪を掻き上げて姿勢を正す。呼吸を整えるように何度か息を吐くと、今気がついた。とでも言いたげに少し紅い顔で雪に「おはよう」と微笑んだ。いや、正確にはもう「こんにちは」――なんだが。

 雪が月子(・・)と呼ぶこの女性。実は元管理局にいた人間である。

 空間移動管理官――雪と同じ――として動いていた彼女の名前は「月城 椿姫(つきしろ つばき)」といい、“月子”は最高責任者である要が皮肉(・・)を込めてつけた愛称だ。その名で呼ぶ者は限られているが、本人は特に拘りもないようでどちらでも振り向くらしい。

 現在は閻魔庁から直々に引き抜かれ、塁の上司として働いている。


「椿姫さんっ、勝手な行動は慎んで下さい」

「……」

「聞いてますか!?」

「聞いてるさ――」

「……?」

「…流してるがな」

「――なっ」


 キッと睨みつけたはいいものの、当の本人はどこ吹く風で新しい煙草を取り出すと火をつける。手慣れたその仕草には小馬鹿にしたような笑みさえも浮かんでいた。癪に障る微笑みだ――。

 適当に塁をあしらうと椿姫(・・)と呼ばれた女性は、雪へと視線を戻して口唇を開く。


「情報が欲しけりゃ後でまた来る」

「ちょっ、椿姫さん」

「こう煩くされちゃ会話も悠長に楽しめないからな」

「……月子」


 それだけ言い捨てて踵を返すと彼女は長い髪を靡かせて、管理局を出て行った。来た時と同じように嵐のように突然に――だ。

 後に残るのは呆けた雪の顔と、深い深い塁の溜息。

 釈然としない表情で頭を掻くと塁は困ったように微笑む。その視線の先に雪を映して謝罪の言葉を口にした。

 果たして自分の上司――椿姫――の態度に対しての謝罪なのか、それとも別の何かを匂わせての事なのかは判断できない。曖昧に濁した言葉の意味を問い正すほど無粋な訳でもない。

 真っ直ぐな塁の瞳を見つめ返して、雪も頷きだけ返した。一瞬の空白。


「お昼は済んだ??」


 ふと短く声を上げたかと思えば塁が唐突に話を変える。

 その視線の先を追えば、どうやら雀が食事しているのが目に入ったらしい。彼らしい気遣いに苦い笑いが零れた。


「いや、これから」


 本当は昼食を取る気がない。

 前回の依頼を解決した後から、どうにも食欲が落ちていた。

 単に霊力(ちから)を使い過ぎたと言えばそうかもしれない。ただ体調は悪くないモノの何処か違和感の様なものが付き纏う。もしかしたら強制的に生身の身体に入れられた後遺症なのだろうか…。

 気の進まない食事を取るよりも、今は休息と時間が必要な気がして雪は言葉を濁した。

 それを見透かしたように塁が愛想よく微笑む。


「そう。じゃあ良かったら一緒しない?」

「……」

「ダメ?」

「――ああ、分かった」


 断る為の上手い言い訳も見つからずに、一瞬の逡巡の後に了承の意を述べる。塁の笑みがより一層深くなった。


――絶対、分かってて言ってるんだろうな…。

 

 多少黒さの残る笑みが目に痛い。

 二人は局内に残っている連中に軽く声をかけると、連れ立って部屋を出た――。


                    *


 屋上に上ると、雲ひとつない晴天の空と少し冷えた風が心地よい。

 太陽は丁度真上に上った頃か、室内に籠ってばかりいたせいか差す日差しが目に染みる。だが、悪くない気分だ。清々しさと解放感が身体中を駆け抜けた。

 焼けたコンクリートの上に寝転んで、雪は大きく伸びをする。漏れた声にくつくつと笑う塁を見上げれば、手にしたコーヒーを雪へと差し出した。身体を起こしてまだ湯気の立つコップを受け取る。香ばしい匂いと、入れられた砂糖の甘い香りがたちまち広がり、雪は深く息を吸う。

 

「良い天気だね」

「……そうだな」


 雪の前に腰掛けて塁は買ってきた包みを開けると、ボリュームのあるサンドイッチを一つ取り出して渡す。ソフトフランスバンズにレタスとスモークチキン、それと薄切りの玉葱とカラーパプリカの入ったソレは、一つ食べれば十分に腹が満たされる。食べ難さは少々あるが、手軽に食べられると言う意味でも重宝していた。何と言ってもコーヒーに合う。

 例の依頼から最近食欲の落ちていた雪を気遣ってのチョイスだろうが、今の彼には十二分すぎるほどの大きさだ。ははっ…と乾いた笑いを漏らしながら仕方なしにソレを受け取った。


「…でかくね?」

「今の君には丁度良いでしょ?」

「……」

「食欲がなくても、きちんと食べないとダメだよ」

「…」


 まるで母親のような言い草に渋々サンドイッチを口に運ぶ。

 まだ温かいソレは食欲をそそるには十分で、美味しい筈なのに――何の味もしない。やはり何処か悪いのだろうか。


「美味しくない?」

「――っ」


 不意に黙り込んだ雪に、自らもスモークサーモンのベーグルサンドを頬張った塁が声をかける。雪のものよりも幾分か小さいベーグルサンドにはスモークサーモンの他に野菜とクリームチーズが挟まれている。雪は興味ないが、どうやら巷では人気のある商品らしい。肉を食す事をしない塁にとっては丁度良いのだろう。一口コーヒーを飲んでから、大丈夫かと心配そうな表情を浮かべる。


「…いや、美味いよ。多分」

「多分…って」


 自分の食べているモノに対いて「多分美味い」という表現は果たして適当なんだろうか――そんなことを思わない訳ではないが、今の雪には他にどう表現すればいいのかが分からない。食べている感覚はあるのに、何の味もしないと言うのはなんとも味気ないモノのように思えた。急激に食欲をなくす。

 一つ溜息を零して力なく壁に寄りかかると、雪は持っていたサンドイッチを紙袋へと戻した。


「ごめん…」

「うん。仕方ないね」

「…ホント、悪い」


 珍しくしおらしい雪の態度に塁は瞠目する。

 壁が影をつくり顔色までは分からないが、別段調子の悪そうな様子も無かったのだから具合が悪い訳ではないのだろう。ただ見るからに覇気のないその様に良い知れぬ違和感がある。

 ついつい訝しんで見ていた塁の瞳と雪の瞳がぶつかり、直後逸らされる視線に違和感は強くなった。何があったというのだろう。


「どうしたの?」

「何が?」

「何か、変だよ?」

「…別に」


 明らかに「別に」ではない彼の行動に些か眉を顰める。

 食事もままならない程に体調が悪いのか、それとも別に理由があるのかは定かでないが放っておく事も出来ない。自らも食事の手を止めると立ち上がり、雪の隣へと腰を下ろし直す。そこに否定の言葉や拒否する態度はない。どうやら塁に対して怒っている訳ではないようだ…。その事に酷く安心する。

 茫洋とした瞳で地面を見つめる彼に、一つ溜息を漏らして長い前髪をそっと掻き上げた。


――熱は…ないよね。


 もとより女性にしては体温の低い彼の額はひんやりと冷たい。塁の手の方が熱いくらいだ。

 小さく溜息を零す彼の瞳は何かに囚われた様なそんな色をしていた。


「雪、少し休んだ方が良いんじゃない?」

「いや、大丈夫」

「どこが大丈夫なの?」

「……」

「要さんに言って、無理矢理(・・・・)にでも休ませようか?」


 本来ならば使わない強硬手段だが、塁の説得を聞き入れる様な人間でもないのだから、仕方なくその言葉を口にする。

雪とは違い閻魔庁に籍を置く“中間管理人”の仕事には、他部署の管理官との連携と監視の役割が付いている。依頼をどこの部署に持っていくか選んだり、依頼主に直接会うこと。また、逆に管理官である彼らを閻魔庁と繋ぎ合わせたり、強制的に管理官から外す事も出来る。勿論、管理官から外すには閻魔庁の許可が必要になるが、短期間休ませるくらいなら許可を取らずとも行える。それくらいの権利は持たされている。

だが、これはあくまで“脅し”のつもりだった。本気で執行しようとは思ってもいない。

 雪の肩がピクリと震え、定まらなかったその瞳が真っ直ぐに塁を見つめる。怯えと怒りを孕んだ瞳で睨みつけると、額に触れていた塁の手を振り払って距離をとった。


「そんなことさせないっ」

「……」

「悪いが、例えそれが中間人(・・・)としての命令でも聞く事は出来ない」

「友人としてなら、聞くの?」

「――っ」


 思いがけない一言に絶句したのは雪の方だ。

 勢いに任せて声を震わせていた彼が、瞠目して言葉を失う。決して偽りでも誤魔化しでもなく、出た言葉は塁の本心だろう。それを分かってしまうから、余計に何も言えなかった。


「友人として、キミを心配してはいけない?」

「……」

「休めないのなら、何があったかくらい話すべきじゃないの?」


 “何が(・・)”と聞く辺り、もしかしたら塁は雪の不調の意味に気が付いているのかもしれない。雪にだってよく分からない何かを――。

 苛立ちと焦りから自分の頭をクシャクシャとかき混ぜると、雪はもう一度深い溜息を零す。銀糸のような髪が風にふわりと舞った。

 

「良くわかんねぇんだけど…」

「うん」

「多分、体調が変なのは生身の身体に入ったせいだと思う」

「……」


 何となく自分の中の違和感に気が付いたのは、全ての件が片付いてから数日後の事だった。何気なく見る世界が色褪せ、身体は嘘のように軽いのに、頭は、意識はそこにいないような――妙な感覚。以前は気が付かなかった程の僅かな変化に眉を顰めるようになり、その後徐々に身体に変化が訪れた。味を感じなくなったのもこの頃からだ。

 ぼんやりと分かる範囲の事を口唇にして、雪はもう一つの不調の理由を隠す。これは“塁”には知られたくない。知らせてはいけない情報のように思えた。


――イチがあの依頼の後から、眠り続けている。


 月子は確かにそう言っていた。

 閻魔庁に属する彼女の情報に誤りはない。

 本来ならば閻魔庁内で管理されるべき情報を態々足を運んでまで知らせてくれた事に、雪は今更ながらに感謝する。それはきっと容易なことではない筈だ。

 自らの立場を危うくしてまで会いに来てくれた。それも“塁”を使わずに月子自身が来たと言うことは、塁も知らない情報なのだろう。


――知らせる必要がないのか、それとも知られたくない(・・・・・・・)ことなのか。


 思案顔で黙り込む雪の表情に塁は眉を顰める。

 彼の言う不調の理由を疑うわけではないが、他にも何かある様な気がして気が騒ぐ。どうしてだろうか。

 

「とにかく、すぐにどうこうなるような不調じゃないからっ」

「……本当に?」

「おぅ、信じろ!」

「……」


 いつのもの様に笑みを浮かべて見せるが、目の前の男は訝しげな瞳を向け穴が開きそうなほどに見つめる。その視線が痛い。疑われる様な材料があったかと思い返してみるが、特段見当たらない。居心地の悪さに「信じろよ!!」ともう一度念を押して、飲みかけのコーヒーをぐいっと飲み干した。時間の経過にともない冷めたそれは、より一層苦さを引き立たせた。


――うぇ、まずい。


 明らかに眉を顰めた雪を見て塁は一つ息を吐く。

 雪の言葉を信じたのか、そうじゃないのか――横目で窺う彼の表情からは測ることがことは出来なかった。


――あぶね~…でも。


 塁とイチの現在の関係はどういうモノなのだろうか。

 以前――半ば無理矢理に――イチから聞いた話だと、二人は幼馴染みであり親友。お互いに似た境遇の中で生きてきた同士のようなものだと言っていた。もしイチの言う通りに今も“親友”であるのなら、この情報を隠しておく事に躊躇う。きっと塁だって心配なはずだ――。


――敢えて言わない(・・・・)と判断する他にないだろう?


 他ならぬ塁の上司が口を噤んだ事を態々雪が暴露することはない。

 きっと「月子」には何か考えがあるに違いない。そう自分に言い聞かせた。その時。


「そういえば、彼、戻ってくるってね」

「――??」


 唐突に声を掛けられ意識を浮上させる。

 塁の横顔を見つめて「誰?」と視線で問いかければ、少しだけ眉を顰めて微笑む。


「Jだよ――確か本名は“瀬名 淳一”くんだっけ?」

「……ああ」


 それか――と納得して目を伏せる。

 問題はイチの事だけじゃなかった。そうだ。J(あいつ)も戻ってくるらしい。どういう経緯でそうなったのかは知らないが、どうしてこうも次から次へと…。

 心の中でだけ舌打ちしてコンクリートの壁に後頭部をこつんとぶつける。

 空は果てしなく青くて、そして遠かった――。



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