孤独の音《終章》-後日談ー
ノスタルジア管理局内に、日常が戻ってくる。
塁は頼みもしないのに片づけをするし、狐は興味も薄そうに与えられた資料に目を通し、雀は何やらいそいそとパソコンの前に座ったかと思えば最近流行のネットゲームに勤しんでいる。
そんな連中の様子を馴染めない顔でソファから見ていた心は、不意に浮かんだ疑問を口唇にした。
「ねぇ、塁」
「……?」
「雪君は?」
腰掛ける角度を少しずらして給仕場にいる塁に声をかける。
さながら女性を思わせる長い髪を頭上に一括りにし、白い割烹着を来た彼は訝し気に振り向くが、「ああ」と納得したように微笑んで見せた。老舗旅館の女将たちよりも割烹着が似合うとは――なんとも罪作りな男である。
「雪は――」
口唇を開くなり曖昧に眉根を寄せて微笑む彼は、その長い指先で天井を差す。どうやら彼は屋上にいるらしい。そう気がつけば目の前の塁の苦い笑いも理解が出来た。
今回彼は自分の力以上の無理をしたのだと思う。
あの後、助けると言っていた筈の塁に支えられて管理局に戻って来たのには、皆が目を丸くした。自分の身体を支える事も出来ない程、彼は疲弊していたのに、それでも戻るなり「悪い」と笑って見せたのだ。何ともタフと言うか…。
――いつもああなのかしら…。
思案顔でソファの肘かけに凭れていると、鼻先を香ばしい香りが通り過ぎていく。呆けていた頭を振って視線を彷徨わせれば、テーブルの上にカチャンと音を立ててソレは置かれた。覗きこんだカップの中に、自分の顔が映る。真っ黒いその液体は匂いからしてコーヒーだと言う事が窺えた。
「どうぞ」
「……ありがと」
割烹着を外して、縛っていた髪の毛を解くと、塁は心の斜め前のソファに腰掛ける。こちらは心が座っているモノよりも横に長い複数人ようのもので、ちょこんと端に座った塁の右側が寂しい。
気にも留めないかのように砂糖とミルクを落とした黒い液体をスプーンでくるくると掻き回す。時折混じる鼻歌が、彼の機嫌のよさを思わせた。
ちらちらと横目で彼の様子を盗み見ていると、その視線に気がついていたであろう塁と目が合う。慌てて視線を逸らして見せても、“時すでに遅し”だ。
「どうしたの?」
「――えっ?」
「何か聞きたそうだけど」
「……」
自分のカップに口唇をつける塁の表情は窺えない。
鼻歌が止まったとはいえ、怒っているとか気分を悪くしたような素振りは感じない。けれど、何故か心の奥底に蟠りがある。それが何かなんて、言葉にせずとも分かっている 恐怖と疑念だ――。。
――あの塁の姿が忘れられないのよ…多分。
常日頃の塁からは想像も出来ないあの日の姿は、まるで血に飢えた幽鬼のようにも思えた。死を求め、憎しみを欲し、そして“塁”という存在を壊す化け物。あんなものを身に潜めている彼が、少しだけ怖かった。目の当たりにしたのだから当然だとも思うが…。
不意に二人の間に溜息が零れて、塁が困ったように微笑む。その瞳は凪いだ海のように穏やかで深い。
「大丈夫。もう、自分を見失ったりしないよ」
「……」
「怖がらせてごめん」
「…塁」
何かをふっ切ったように清々しい表情をした塁を横目に、心はそれ以上の言葉を告げなくて出されたコーヒーへと視線を落とした。
*
一方、屋上。
温かい風がそよそよと心地いい。
照りつける日差しは眩しいが、それでも生きていると感じられるこの瞬間が好きだった。あの地下祭壇を彩る人工的な自然ではなく、本当の世界。目を閉じれば感じる太陽に焼かれたコンクリートの匂いが鼻についた。不意に頬を緩める。刹那。
「――聞いたか?」
「――っ」
頭上に振る声に驚いて身体を起こす。
チカチカと眩しさにやられた視界で振り向けば、そこには気だるげに煙草を燻らせた「最高責任者・要」の姿がある。不健康な白い肌に黒いシャツを身にまとっただけの男は、その瞳を眇めて雪の姿を真っ直ぐに捕えた。
少しだけ身構えてしまったのは仕方のない事だろう。
「――何をだよ?」
「聞いてないのか」
「――はぁっ?」
的を得ない男の言葉に素っ頓狂な声を上げると、雪は不機嫌にその顔を歪める。鼻先を掠める苦い煙草の匂いを手で払いのけると見下ろす男を下から睨みつけた。
「言いたい事があるなら、はっきり言えよっ」
「……」
「……なんだよ?」
変わることのない男の表情に只ならぬ気配を感じて、一瞬身体を引く。小馬鹿にしたようにフッと鼻先で笑うと、男は身を翻してその手をヒラヒラと振った。後姿に茫然とする。
鈍い頭の隅で微かに嫌な言葉を聞いた気がした――。
――…何だって? 今、あいつなんて言った?
聞き違いだと信じたい。
人気の無くなった屋上に風は戻るのに、雪は微動だにする事も出来ずに息を飲む。刹那の合間に男が口走ったのは雪の動きを止めるには十分で、走る衝撃に歯を食いしばった。
脳裏にリフレインされる言葉を噛み砕いて理解する。男は確かにこう言ったのだ――Jが戻ってくる――と。
「―――くそっ」
そんな事を望んだつもりはない。
どうしてこうも現実は残酷なまでに自分の事を裏切るのか。望みもしないのに集まる手駒に雪は悔し気に悪態を吐く。
見上げれば澄み渡る青い空を視界いっぱいに留める事が出来ると言うのに、雪の瞳には薄汚れた地面と黒い自分の影だけが映る。
空を見上げることなんて、出来なかった――。
ノスタルジア管理局~第二章~「孤独の音」
長い間、お付き合い頂きましてありがとうございます<(_ _)>
気がつけば”二年”が経過したこの作品。色々と思い入れがあります(/_;)
なので、特別企画をどうぞ(笑)
☆ラスト企画「孤独の音~座談会~」
作者「緊急企画! 完結記念座談会~~」
心「緊急じゃなくて、確信犯でしょ」
雪「…だな」
塁「だね」
三人の痛い視線に居ても立ってもいられずに目を逸らす作者。
困ったように微笑む塁。
塁「とりあえず、本編終了お疲れさまでした」
作者「ありがと~~><」
雪「それにしても随分長かったな」
意地悪気に口角を吊り上げる雪。心意外そうに。
心「そうなの?」
雪「まる二年だぜ?」
塁「う~ん…知らぬ間に僕らも二歳歳とっちゃったんですかね^^」
作者「うっ」
悪気のない笑みにグサッと何かが心に刺さるのを感じる作者。後ろめたさから視線を逸らす。
作者「だってさ…色々あったんだよ?」
雪「色々って?」
作者「話が進まなかったり、調子が悪かったり、心が登場したり…」
心「(絶句して)貴方が望んだんでしょう!?」
今にも殴りかかりそうな心を手で押し留めて、苦笑いする作者。
雪は呆れ顔。塁は微笑ましく見ている。←助けろよ;;
心「貴方が望んだから私は生まれて、登場したのよ??」
作者「いや、そうなんですがね」
心「(何が不満なのよ?…とでも言いたげな態度)」
作者「キミは本当は今回の話じゃなくて、もっと後の話に登場する予定だったんですよ」
雪「じゃあ何で今何だよ?」
塁「多分、我慢しきれなかったんでしょうね^^」
訝しげな心と雪に、作者の心中を見透かす塁。
「心を読まれた!?」とドギマギする作者。
作者「他の絵師さまから頂いた子だったので、早く出してあげたくて…」
心「(照れたように)ふんっ」
雪「お前、実はツンデレか?」
心「ちっ――違うもんっ」
作者「何はともあれ収拾がついて良かったです!」
塁「――?」
作者の言葉に訝し気に視線を送る塁。
その黒さにびくびくしながら振り向く作者。
作者「――なに?」
塁「まだ半分ですよね^^?」
作者「――っ!?」
塁「ほら、ダメですよ。続きを書かないといけないんですからね^^」
ズルズルと塁に引きずられて行く作者。有無を言わせない笑顔が黒い(怖)
雪「あ~~」
心「自業自得ねっ」
不意に何処からかカンペが(笑)
それを受け取ると目を通す雪。
雪「ん…と? 次回からは塁過去編の後半・真実の嘘をお届します」
心「あら、次回予告は?」
雪「(紙を裏返すが何もない)……ないな」
心「使えない作者ね」
雪「まっ、いいんじゃん?」
憤慨する心に嘆息する雪。
雪&心「長い間お付き合い頂き有難うございました。またお会いできる日を楽しみにしています」
作者「(遠くから)以上、完結記念座談会でした~…」
…すみません、作者の趣味です(^_^;)
ちょっとしたおまけと云うか、おふざけです。
ちなみに座談会では「次回予告出来ていない…」と言ってますが、ちゃんと出来てますよ(^-^)
どうだ見直したかっ??←心と雪にむけて。
☆第三章「真実の嘘」予告☆
彼が消えた。
数時間前まで一緒に笑っていたはずの彼が忽然と姿を消した。
「いなくなった」んじゃない。
何の形跡もなく”駆城瑠衣”という人間の存在が消えていた――。
教室からも、彼の家からも、そしてみんなの記憶からも…。
じゃあ、どうして俺は覚えている――?
失くした親友”瑠衣”の存在を探し、一喜は知らない場所に迷い込む。
それは長い長い”夜”の始まりだった――。
☆塁過去編後編にあたる今作品では瑠衣と一喜の過去が描かれます。 乞うご期待~☆