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ノスタルジア管理局  作者: 彩人
孤独の音
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孤独の音《10-4》


 さらさらと風が流れ通り過ぎていく。

 ここは死の場所、眠る場所。目を閉じれば歴代の管理官達の嘆きと苦悩が聞こえてくる。そんな気がした。沈む意識の淵、微かに感じる人の気配。

 不意に額に感じる温もりに雪は閉じていた瞳を開く――。


「――っ」

おはよう(・・・・)。目が覚めた?」


 横たわる雪の傍ら、いつものように穏やかな微笑みを浮かべる塁の姿がある。先程までとは反転した立場で彼が雪の髪を梳き、雪は下から彼の顔を覗きこむ。

 悪戯っぽく笑う目元に違和感はない。頬にかかる髪も、隠す首筋もあの日と変わらない。それだけで雪を安堵させるには十分だった。

 雪の頭を撫でる何度目かの指を留めて、その手を握れば塁は少しだけ瞠目して、それから「どうしたの?」と不思議そうに問いかけてくる。身体を起こして真っ直ぐに彼に向き直すと、雪は口唇を開いた。


「俺は今でも分からないんだ…」

「――?」

「お前を、塁を生かし(・・・)続ける事が正しいのか…」

「……」


 食い入る様に見つめて、紫と碧の瞳が交差する。その視線の先にある“塁自身”に問いかけたかった。

きっとこの先、何度だって同じような事が起こる。依頼主に触れなければいけない立場である中間人。その度に塁は目の当たりにする憎しみや悲しみから逃れる事が出来ないで苦しみを抱える事になるだろう。たとえ今応急処置的に彼の“憎しみ”の記憶を抜いた処で、またいつか塁は憎しみに染まる。

元来の彼が優しい人間であるからこそ、否応なく染まってしまうのだ。


――()()に染まれば、その色を抜く事は容易じゃない…。


 まっさらな白に戻すことは叶わない。

 戻したいのならば、“死ぬ(リセット)”しかない。だから…。


「ごめん。またお前を苦しみの中に引き戻した」

「…雪」

「俺が、塁を失いたくなかったっ」

「……」


 それが我儘だと言うことに気が付いている。

 でも塁を失いたくない、傍にいて欲しい。そう思うことはいけない事だろうか。

 二人の間を風がすり抜けて、俯いていた雪の頭上に溜息が落ちる。呆れた――と言う溜息じゃなくて、もっと優しい何か。


「雪」

「……」

「顔を上げて」


 上げる事が出来ない顔を上げて欲しいと囁き、その手が雪の顎を持ち上げる。逆らう理由もなくされるがままに顔を上げれば、真っ直ぐな彼の瞳があった。不意に微笑んだ口唇が近づき、淡く触れる温もり。額に塁の口唇が降る。柔らかく温かい口付けだった。


「――っ!?」


 突然の出来事に驚いて身体を離す。

 理解できない頭から火が出てショートしてしまいそうだ。自分の首から上が紅く染まっているだろうことが見なくても分かる。言葉をなくして口唇をぱくぱくとさせると、塁が悪戯っぽく微笑む。


「……ごめん」

「なっ、えっ…えぇっ!?」


 理由も問うことが出来ずに慌てふためく雪に、くつくつと小さく笑ってもう一度ゆっくりと距離を詰める。微かに花の匂いがして、それから優しい指で銀糸の髪を梳く。姿を現した雪の耳に、あの紫色(・・)をした小さな花を挿して微かに息を吐いた。お互いに緊張していたのだろうか。不意に脱力すると塁は雪の肩に凭れて口唇を開いた。


「ねぇ、雪」

「……」

「僕は、生きる(・・・)ことを望んでもいいのかな?」

「――っ」


 殆ど聞いた事のない塁の弱音とも取れる言葉に一瞬息が詰まる。

 振り向こうとした視線の先に少し困った表情を浮かべる彼と目が合って、雪は前を向き直して溜息を吐くと、頭上に広がる空を見上げた。

 風が木々を揺らし、木の葉は舞い踊る。何処までも続く空は青く澄み渡っているのに、決して手が届く事はない。“願い”とは、そう言うモノなのかもしれない。

 手が届きそうで届かない、泡沫のような夢――。


「分かっている。僕が“管理官”である以上憎しみ(・・・)から逃れることは出来ない」

「……」

「でも、それを望んだのは僕で瑠衣(ボク)が傷付くのは構わなかった」

「俺は―――お前に傷付いて欲しくないよ」


 真剣な口調に塁が顔を上げて雪の横顔を見つめる。

 遠くを見た眼差しの先に何を映しているのか。何を思うのか。それを窺い見ることは出来ないが、彼の横顔にあの日の男の影が重なる。思わず息を飲んだ。


「――っ雪」

「傷付かずに済むのに、傷付いたりとか。悪戯に自分を偽る様な処、俺は嫌だ」

「……」


━お前は何処までも優しくて、何処までも愚かだな…瑠衣━


 そう言った彼はもうここに居ないのに、彼の声が聞こえた気がする。張り詰めていた心の何かがゆっくりと崩れ落ち、塁の頬を濡らした。ソレが自分の流した“涙”だと分かっているのに、認めるのに時間がかかる。

 彼と契約をしたあの日から、一度も流す事のなかった涙が零れ落ちて、ざわざわと心の奥に響いていた音をかき消して、塁の孤独を洗い流していく。

 自分の弱さも悲しみも憎しみも受け止めてくれる誰かが傍にいてくれる。それがこんなにも心強くて、嬉しかった。


「雪……」

「なんだよ」


 少しだけ不機嫌な顔をして雪がぶっきら棒に言葉を返す。態と逸らされた視線を合わせる様な事はせずに、その耳にそっと口唇をつけて囁く。


あの(・・)約束はまだ有効?」

「…あの?」

「うん。キミが依頼主の身体にいた時の」

「――っ」

 

 ━俺が自分の身体に戻ったら(・・・・)、提供してやれるから…━

 

 今更、あの時の自分の言葉が浮かんできて雪は激しい後悔に襲われる。言葉に偽りはない。渇いた魂を潤す為に、塁の身体に血が必要なことも分かっている。でも、どうしても照れが拭えなくて、雪は断る為の口実を探して視線を彷徨わせた。不意に塁が雪の腕を掴み距離を詰める――。


「あっ、あのさっ」

「ダメ。言い訳も、誤魔化しも聞かないよ」

「――っ」


 意地悪な笑みを張り付けた彼が有無を言わせずに雪の小さな身体に覆い被さる。抵抗する間もなく襟元を寛げると、露わになった白い首筋を美味しそうに舌で舐めた。無意識に雪の身体が跳ね、小さく息を飲のむ。


「――っ」

「可愛いね。それに、美味しそう」

「……おっ前」


 紅く火照った顔が熱い。

 自分の心臓の音が痛いほどに響いて耳につく。何よりも、憎たらしく口角を吊り上げて上目遣いで囁く塁が気に障った。

 先程までの弱弱しさは何処へ行ったのか――そう問いただしてやりたいほどに、塁はいつも通りの“塁”で、寝転がり見上げた視界の隅に、空の青と孤独を宿した銀糸が揺れる。

 それは、遠く遠い記憶の片隅に眠る“孤独の音”によく似ていた―――。


「孤独の音」編。

とりあえず終了です^^

あと一話「終章~後日談」としてupしますが、そちらはシリアス続きだった話を重くしない為に上げるおまけです(゜-゜)☆

うん。彩人の趣味ともいう(笑)

それでも宜しければお付き合い下さい^^

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