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ノスタルジア管理局  作者: 彩人
孤独の音
73/86

孤独の音《9-4》

 

 暗い暗い世界をただ一人歩いていた。

 妻への罪悪感と、娘への自責の念で押し潰されそうだった。

 悪いのは全部自分だ。決して誰かを責めるつもりもないし、責任を押し付けるような気もない。ただ、自分と言う存在がこの世に在ってはいけない様な気がして“死ぬ”という選択肢しか残されていなかった。

 生命を粗末にするなとか、自分を大切にしろとか、そんな使い古された台詞たちが脳裏を廻っては苦い笑いだけが口元から零れる。きっと(彼女)が生きていれば同じ事を言われただろうと思うと、自然と涙が頬を伝った。


「ごめんな。悠里」


 本当は一緒に居て、大きくなるのを見届けてやりたかった。

 大事な大事な一人娘。花嫁姿も見たかったし、何よりその成長が楽しみだった。でも、それらを壊したのは自分だ。全ては弱い(・・)自分自身が招いた罪。

 男が最期に呟いた言葉は、風に掻き消え“音”にはならなかった――。


                   *


 部屋の空気が張り詰めたものへと変わる。

 向かい合う二人の間に座る悠里は、その様子をただ不安気に見つめることしか出来ずに掌に置いた石の行く末を見守っていた。


「いいわ――繋がった」


 目を閉じ意識を集中させていた元・中間人の心が、雪に向かって目配せをする。それを合図にして、雪は一つ頷くと首にかけていた鍵を手にし言葉に力を宿して行く。

 辛いことかもしれないが、もう一度“福山悠里”と生きる事を選ばせる為に…。


「時の狭間に迷うモノ。その罪と咎を抱いて自らの死を願うモノ。彼のモノの守護を持ちて、彼のモノに愛されるもの。零れ落ちる生命の砂を留めてその道標を探す者の名において、この魂を現世(うつしよ)へと還す」


 声が幾重にも宙に浮かび上がり、雪から発された光が悠里とその掌に収まる石をも包み込む。眩いほどのその光は決して不快なモノではなく、むしろ温かく優しいものだった。不意に顔を上げると雪と目が合う。彼は少し困ったように眉を顰め、それから…。


「罪を抱いて(・・・)生きろよ――」


 口唇だけでそう模ると、悠里の両の掌に収まっていたはずの石が泡沫のように掻き消える。「あっ…」と声を漏らす程の間に、辺りは静寂へと戻った。

 気だるそうに彼が長い前髪を掻き上げて、小さく息を吐く。銀糸のような髪がさらさらと零れ落ち、それはまるで魂を送りだす調べのようにも見えた。


「雪さん…」

「……」

「雪君」

「あっ? ああ」

「無事に父親の方は還ったのね?」

「……多分」


 なんとも歯切れの悪い言葉に心は瞠目し、常よりも言葉数の少ない彼を訝し気に見つめる。何かの糸口を探すように黙りこみ、そうして暫く目を閉じてから吹っ切れたように顔を上げた。


「どうしたのよ?」

「いや…イチが居るから場所は正確なんだけど」

「…けど(・・)?」

「……」

「何がまずいの?」

「……いや、何でもねー」

「??」


 気掛かりを言葉にすることもせずにただ濁す雪に、心も戸惑う。だが、伝えない(・・・・)ということは今必要ではない情報なのかも知れない。そう思うと無理に聞きだす事も出来なかった。


「あの」

「…ああ、悪い」


困ったように眉尻を下げ窺い見る少女の方を振り向く。少し躊躇って、それから真っ直ぐに少女の瞳を見つめると口唇を開いた。


「キミのお父さんは身体の在る(・・)場所へと還った。もとより、福山 渉の身体は死に際を彷徨っていただけで肉体は地上に残ってる。だから魂を還してやれば自ずと意識は戻るだろうさ」

「……そう…ですか」


 冷たい様にも感じるかもしれないが、事実彼女の父親である“福山 渉”は正式な依頼主でもなく、本当ならば“管理官”としても“人間”としても許す事の出来ない自殺(・・)だ。しかも身勝手な理由で少女――自分の娘――を苦しめ、こんな場所に彷徨わせた。その罪は重い――。


――本当なら閻魔の秤にかけるか、そのまま記憶の海(マザー)で浄化する事も出来ずに負の感情に呑まれ彷徨えばいい…そう思うんだけどな。


 余計なことを言えないのは彼が“管理官”であるが為。

 依頼に私情を持ちこむのは御法度。自らの腹黒い考えに自嘲の笑みを漏らすと、それを打ち消すように心へと向き直った。


「――心」

「なに?」

「次は彼女を送る。補助(フォロー)を――」

「――ええ」


 立て続けに霊力(ちから)を使えば、それだけ自身への負担も多いが、それでも一刻も早く彼女を父親の元へと還してあげたかった。彼女の思いを――届けてあげたかった。


「――っ」

「雪くん、大丈夫?」


 襲い来る眩暈に思わず息を飲むと地面をしっかりと踏みしめる。

 倒れている場合じゃない。皆が力を貸してくれているから――雀や狐、地上に居るイチとJ、心、そして…塁も。

 その想いに応えたい。そう思う。

 そして、この少女を救いたい―――切にそう願った。


「――大丈夫。やれるっ」

「……わかった」


 駆け寄ろうとした心を眼で制止すると、雪は低い声で唸る。額から零れ落ちる汗の量は尋常では無く、その顔も青ざめていたが、それでも勝気な瞳から光は失われていない。もう一度首にかかる鍵に手を伸ばすと、最後の力を振り絞るように彼は全神経をソレに集中させた。


「闇の中の闇。光の中に生まれ(いず)る闇。自らの心に迷い、自らの道を閉ざす者。光の中にあって、自らを闇に誘う者。温かき優しさに包まれ闇の正体を指し示す者の名において、この魂を光の中へと還す――」

「――っ」

「怖がらないで。大丈夫。貴女は在るべき処へ戻るだけよ」

「――はい」


 闇ではなく、襲い来る光に少女は一瞬身を固くし戸惑いの表情を浮かべる。怖くない訳がなかった。待ち受けるのは決して良い未来ばかりではない。辛い事も、哀しい事も現世には待ち構えている。それでも、大切な人を、大切な思い出を失いたくないから目を逸らす事は出来なかった。

戸惑いだったものが、曖昧な微笑みへと変わる瞬間を雪はただ静かに見つめる。

微かに震えていた彼女の口唇がゆっくりと“ありがとう”を模るのを、その声を、ただ光の向こうに感じていた。


――大丈夫、キミなら“未来”を見つけられる 


 溶けていく光の中に少女の姿が見えなくなるまで、雪も心もその様子を見守る。自分たちに出来る事はココまで――だから、少しでも多くの幸福が彼女に訪れるように、彼女の未来を願うしかなかった。

 辺り一面が一瞬白へと染まりその間を生温かい風が吹き抜ける。それは二人の髪を揺らして、また一つ心の髪飾りをリィンと鳴らした――。

 そして静寂が訪れる。


「行ったわね」

「……ああ」

「大丈夫。あの子は見た目によらず強いわ」

「知ってる」


 心の言葉に苦い笑いをかみ殺すと、雪は光を失い元の色を取り戻した室内の天井を見つめていた。その瞳に何を映しているのか、何を感じているのか、それを知るモノはいない。次の瞬間、盛大な溜息が彼の口唇から零れた。


「……どうしたの?」

「いや、ちょっと……疲れた」

「…!?」


 珍しく弱気な態度の彼に心は瞠目すると、不意にこみ上げた笑いを我慢しきれずにくつくつと可笑しそうに頬を緩める。いつもどことなく距離をおく彼が、年相応、いやそれよりも幼く見え可愛く思えてしまう。緊張感の抜けた室内で、雪は床にだらしなく座り込むと訝し気に心を見上げた。

 その眼が“そんなに笑うなよ…”と暗に語っているようで余計に心の笑いは深くなった。


「さて、じゃあ本題(・・)に移りますか」

「…?」

「おいおい……まさか忘れてないよな?」


 思いっきり思案顔の心に半ば呆れたように頭を掻くと、雪は髪を後ろに流すような仕草をして暗闇を指さした。その先に見えるものは――。


「――っ!」

理解(わか)ったか?」

「――ええ」


 闇の中に今もなお、(こころ)囚われたままでいる孤独(・・)を抱いた人間――塁――。このまま彼を闇の中の住人にしたくはない。

 一時、戒人により現実世界から隔離して貰ったはいいが、それでは()はいつまでも戻ってこない。だから。


()を取り戻しに行くぞ――」


 部屋は紫、孤独の色――。

 揺れる銀糸輝いて、見つめる先の闇の中。

 この声は、届くのだろうか――。


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