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ノスタルジア管理局  作者: 彩人
孤独の音
67/86

孤独の音《8-2》


 静かな事務所内に、不釣り合いな可愛らしい少年の声が響く。

 年の頃は十くらいだろう、きちんとした佇まいに黒い髪がさらさらと揺れている。幼い顔立ちとは裏腹に凛とした響きを持って、彼は言葉に力を持たせていく…。

 言葉が、形になる――。


「汝、夢の狭間に堕ちる者。忘れられし言葉を違えぬ者。囚われた名に縛られる者。寄せ集められし身体に強き意思を与え、その命を欲する者―――雪、目覚めなさい(・・・・・・)


 さらさらと流れる銀色の髪の毛を撫で、額に触れる。

 まるで命を吹き込むように、血を巡らすように軽く肌の上を撫で、少年は手を繋いで眼を閉じた。その刹那――。


「―――んっ」

「雪っ!?」

「大丈夫か!?」


 急に開けた視界に雪が眩しそうに眼を細める。

 未だぼんやりとした頭を奮い立たせるように軽く頭を左右に振ると、ようやくはっきりしてきた世界の中に心配そうに表情を歪める双子の姿が映った。


「…なんて顔…してんだよ…」


 冗談交じりに微笑む。

 その姿を見て雀は伐が悪そうに「うるせー」と雪の小さな頭を小突き、狐は安堵の息を吐いた。横たえていた身体を気だるそうに起こして、不意に繋がれた小さな掌に気がつく。その先の少年を見て、雪は言葉を失った――。


「……」


 さらさらとした黒い髪が少年の幼い頬にかかり、その面を隠す。不意に掻き揚げてその姿を確認しようと手を伸ばしかけ―――その手を、要が留めた。


「要っ!?」

「奥に連れて行く――」

「――っ」

「まだその時(・・・)じゃない」


 その言葉の意味を理解できなくて、少年を軽く抱き上げた男の顔を下から見上げる。それでも男は表情一つ動かさずに背を向けた。その背を思わず呼び止める。

 追い縋るように男の背に駆け寄り、迷うことなくシャツの裾を掴むと振り向くことなく男がこう告げた―――刻限(とき)は迫っている…-――と。


 一つ溜息が零れて、雪の手が離れていく。

 その気配を感じ取って男は再び歩きだした。室内に静寂が戻る。


「雪、大丈夫なの?」

「……」


 一息ついたところで狐が確認するように雪の顔を覗きこんで声をかける。余程心配をかけたのだろう、彼女の顔色は浮かなかった。呆けていた頭を覚醒させる他人(ひと)の声に我に返ると、安心させるように力強い微笑みを見せた。その表情は、まさしく“神谷 雪”のものだ。


「狐、心配してくれたんだ…」

「…」


 少し冗談めかした雪の口調に返す言葉はない。それでも、真面目に見つめ返す瞳の色がその思いの度合いを安に伝えてくれる。それだけで十分だと思った。


「…ありがと」

「……雪」 

 

  心からの感謝は自然と零れ、それは後方に黙って佇んでいた“(かれ)”にも届いているはずだ。ぶっきらぼうで、いつだって投げやりに見える背中が、今日は何処となく優しい。その当たり前だった存在に、雪は胸が締め付けられる。


――本当は“お前”のモノだった…。


 この温もりも、この気持ちも、与えられる優しさ全てが本当は自分が受けていいはずのモノではない事を知っている。でも、それを上手く表現できなくて雪は俯いて曖昧に笑う。長く伸びた前髪をクシャッと掻きあげて、それから自分の掌になにか入っている事に気がついた―――彼女だ。

 淡く光る、薄紫色の球体をしたソレを雪は優しく見つめる。

 壊さないように、壊れないように掌の上に乗せて二人の前に差し出した。


「――ん」

「これは?」

「何持ってんの、お前?」


 ズイッと目前に差し出されたモノを、二人は凝視する。どちらからともなく視線を合わせて目配せすると分からないと言った表情で雪の顔を見た。雪の口から小さな溜息が零れた。


「これが“福山 悠里”だよ」

「―――っ?!」

「ようやく見つけ出したんだ」

「……」


 言葉が出ないと言った表情の二人に、雪は苦い笑いを浮かべて“彼女の身体の中で”と付け加えるように言う。その言葉は二人を更に驚かせた。

 訳が分からないと頭をぐしゃぐしゃ掻き回す雀と対照的に、冷静に話を聞こうと狐が詰め寄る。その掌にある薄紫色に触れて“どういうこと?”と上目遣いに尋ねた。


「あ~…と、説明苦手なんだけど……俺」

「あほっ、お前がしないで誰が(・・)するんだよっ」

「…ですよね」

 

 雀の剣幕に押され雪は困ったように笑い返す。

 真っ直ぐに二人に向き直すと、雪は分かる範囲で説明を始める。自分の感じた事、福山悠里(・・・・)だったからこそ“知った事”。知れた事。そうして、ずっとついて回っていた“違和感”の正体――。


「彼女は、俺に触れて俺を自分の中に引き込んだ。勿論、彼女の力だけじゃない。そこには第三者の存在があって、明確には言えないけれど、ソレ(・・)は俺たちのような存在だと思う」

私たち(・・・)のような?」

 

 小首を傾げて雪を窺い見る狐に、ゆっくりと相槌を打つ。

 そう――あの一瞬、見えた影からは他ならぬ管理官(自分たち)と同じような匂いを感じた。あれは人間のものではない。それどころか異質で、この世のモノのどれとも違う存在だと思えた。だから――。


――俺達のような(・・・・・・)…それしか言いようがない。


 正体が全く分からない。でも、あの場では敵対する意思もなく、理由もなく、その影はまるで少女(・・)を守っているようにも感じた。手を出さなかったのは、それが忌むべきモノではなかったからだ。


「俺達、管理官の様に“あの世”に関わる存在に思えたんだ。敵対する意思もない。攻撃もしてこない。ただ影のように福山悠里の傍にいて、やがて静かに溶けていった」

「―――敵…じゃないと、どうして言い切れる?」

「嫌な感じはしなかった」

「だから“違う”と? 自分の勘を疑いもしなかったのか、お前」

「……悪いか?」


 いつになく不機嫌を覗かせる雀の眼が、威圧的に上から雪を捉える。興味も無さそうに背を向けていた時とは明らかに違い、今はその眼に“嫌悪”を浮かべ真っ直ぐに雪を見下ろす。瞳が怪しく光った。


「あぁ、大いに悪いね…ってか、最悪?」

「…雀っ」

「お前がした事は、今後どんな事態を引き起こすか分からない。何が波紋を起こすかも知れないセカイで、不安因子を残す様な事だけは避けてきた俺ら(・・)が、どうしてそれを認めるとでも??」

「……雀、やめなさい」


 制止する狐の声も届かないのか、雀は尚も雪を責める言葉を紡ぐ。


「お前がした事は“管理官”として最低の行為だよ」

「――っ」

「すずめ!!」


 渇いた音がして俯けていた顔を上げれば、そこには雀の頬を叩く狐の―――辛く歪んだ表情が眼に入った。胸が痛い。雀の言いたい事は分かっている。今ならば冷静に判断が出来るだろう。でも、あの時は――。


「ごめん、俺」


 不意に胸の辺りを強く掴み、雪の手の下で薄黄色のシャツが皺を刻む。真っ直ぐに二人を見る事が出来なくて、どこか後ろめたさと申し訳なさが滲む。でも、これだけは伝えなければいけない。


「でも――何の理由もなく争うのは嫌だ」

「雪…」

甘い(・・)って事くらい分かってる。雀の言いたい事も、気持ちも分かる。でも、それでも…俺は」


 声にならない気持ち達が、雪の思考を廻る。

 分かって欲しいとか、そう言うことじゃない。それでも、自分が決めた道を違える事だけはしたくなかった。それが“甘い”と言われても、何の敵意も持たない相手を傷つける事は出来ない。したくない。例え“ソレ”が後に何かを巻き起こそうとも――。


「何かの時には、俺が何とかする」

「……」

「ちゃんと自分で処理するから…」

「…」


 必死の思いで見つめた先の雀は、今もまだ俯いたまま黙っている。いつもは底抜けに明るい彼だからこそ、こんな時どうすればいいのか分からなくさせた。不安にまたきつく服を握る。その時。


「アホか」

「雀?」

「お前一人になんか、危なっかしくて任せてなんていられないね」

「―――っ」


 その一言に驚いて、雪は瞠目する。

 視界の先に居たのは紛れもなく、いつもの悪戯な笑みを浮かべた雀の姿だった。それがこんなにも嬉しい。


「もう、逃がしちまったもんは仕方ねぇ。とりあえず、福山 悠里(その子)をなんとかしようぜ?」


 冗談っぽく口の端を上げて彼が笑う。同じように狐も雀の隣で微笑み頷く。だから、もう暗い顔をはしないと決めた――。


「おぅ」


 軽く出された手に、自分の手を重ねると雪は固く握手を交わす。その手は決して離れる事はないのだと…。そう信じていた――。


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