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ノスタルジア管理局  作者: 彩人
孤独の音
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孤独の音《7-2》


 一人暗い道を急ぐ。

 足取りは決して軽いものではない。急な呼び出しはよくあることだが、今回はいつもの呼び出しとは違う気がした。何より自分の事を呼んだのが他ならぬ暁であるからかも知れない。


――俺に何をさせたいんだ…暁。


 昔を思い出させる長い髪が首筋に纏わりつく。腕に、指に、胸に絡む。その髪を邪魔くさそうに後ろへ払うと、少し荒い息を吐きだして事務所へと向かう。生身の身体と言うだけでこんなにも煩わしくて、重い。いつもならあっという間の距離がとても長く感じた。


「空移官、神谷 雪! 戻りましたっ」


 半ば倒れ込むように力任せに事務所のドアをあけて、中に滑り込む。そこにいるはずの人物を探して辺りを見渡すが、居るはずの人影が一つも見当たらない。それどころか何の音もしない――まさにもぬけの殻のような状態だった。


――なんだ?


 雀がいつも座っているパソコンデスクの前に立つ。不意にきちんとしまわれていない椅子の背もたれに触れて眉を顰める。そこには、あの騒々しいほどの存在の男の姿も、温度もなかった。訝しく思わない訳がない。妙な違和感とつきまとう黒い影――。


――何かが……いる?


 静寂な空気の中、微かに浮かぶ惑う色。気を張っていなければ気付けない程の僅かな歪みが、そこには存在した。敵意はないが、それでも何者かも分からないモノに手を差し伸べる事は出来ない。不意に警棒(エモノ)に手をかけようとして――。


――まさか…ない…。


 腿に触れるはずの固い筒状のモノが無い事に気がつく。そんなはずはない。そう自分に問うてみても、実際に眼で確認してみても、そこに思い描くものは存在しなかった。そして――。


――…い…て。届いて…。


 僅かな歪みだったものが目の前に迫る。構えをとるよりも一瞬先に影が雪の髪に触れた。

“呑まれる――”そう思ったのも束の間、意識は遠のき雪は身体を失った。


                   *

「――雪っ!?」

「おいっ、この馬鹿っ!!」


 呼び戻したはずの張本人が管理事務所のドアを開けたのがつい先刻。その大きな音に驚いて入り口を振り返った二人が見たものは、崩れるように倒れ込む雪――福山悠里――の姿だった。急ぎ駆け寄って抱き起すが、その顔には色も温度もない。それどころか中に入っているはずの雪の息吹さえもが感じ取れずに、まるで人形を抱いているようだった。あの時のように――。


――マジかよっ。また…。


 軽くその頬を叩いても、身体を強く揺さぶっても、なんら反応すら返らない。もし彼女がまだこの身体の中にいるのなら、躊躇う訳もなく倍以上の報復が返って来そうなものだが、今はあの威勢の良さが返ってこないことが寂しかった。自分と同じ気持ちなのか、傍らに座り込む狐も憂えた表情を浮かべ、小さく首を横に振って見せる。福山悠里の中(ここ)に雪の意識は居ない――。

 それが二人の中で出た“結論”だった。


「雪は戻ったか――」

「要っ」

「どうやら間に合ったようですね」


 不意に足音が聞こえたかと思えば、身長差の激しい凸凹なコンビが入口のドアを塞いでいる。興味の薄そうな最高責任者は煙草を燻らせ、人の良さそうな可愛い顔立ちをした少年は似合わぬ黒い笑顔をその面に張り付けている。唐突な二人の出現に理解が追いつかない二人は訝しげな眼差しで彼らを見上げた。その視線に気がついた暁がふと視線を落とし“何も問題はありません”は微笑んで見せる。すべて予測の範囲内だと、少年は大丈夫(・・・)と言い切った。


「彼女は今、福山悠里の意識体――つまり魂ですね。それと遭遇している頃だと思います」

「福山悠里の……魂?」

「ええ、そうです」


 彼はさも当たり前のことのように言うと、福山悠里の身体の横に膝をつく。何を思ったのか、突然にさらさらとした黒髪を一房手に取り、その滑りを楽しむかのように梳いた。まるで砂時計の砂のように音もなく零れ落ちる髪。その姿を眼で追いながら少年は眼を伏せる。何かに思いを馳せるように…。


「もとより、この身体に居たはずの少女の魂は“神谷 雪”の躯の中には存在しません」

「どういうことなの?」

「…簡単な話です。生きているはずの少女が、弱く迷い込んだ(・・・・・)魂である福山悠里が何もない(・・・・)雪の身体に入ること自体不可能なんです。神谷 雪の身体は依り代に他なりません。繋ぎ合わせて作られたような不完全な何か(・・) に“神谷 雪”という強い意思が入りこんで、初めて人間(ヒト)として動きだした。それは貴女方もよくご存知でしょう?」

「……」


 つくづく上からの目線で話す少年の姿をしたソレに些か腹が立つ。

 造られたモノ――その言葉にチクリと胸が痛む。依り代に他ならないという彼の言葉が正論であることも分かっている。この身体は生身では無い。それでも傷がつけば血が出るし、誰かが辛い思いをしていれば心だって痛む。優しさも、温もりもこの心の中に確かにあるのだ。それを否定しないで欲しかった。


「じゃあ、福山悠里は何処にいるんだよ」

「――雪の中に居ないのなら、どうして雪は彼女の身体に引き寄せられたの?」

「まぁ、待てや」

「――要」

「その辺の事はとうの本人が戻ってきてから直接尋ねろ」

「とりあえず、雪の躯をここへ――」


 暁の言葉に要が微かに視線を落とすと、手にしていた煙草を近くの灰皿に押しつけて奥の部屋へと消えて行く。そこには抜け殻と化し眠ったままの雪の躯が安置されている。何かを言うよりも早く、要がその腕に雪を抱きかかえ戻ってくる。二人はあまりの事態の急展開さに何もすることが出来なかった――。


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