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ノスタルジア管理局  作者: 彩人
孤独の音
61/86

孤独の音《6-4》


「それで、第三者の介入が認められると気がついたのはいつ頃だ?」

「……さっきだよ」

 

 狭いネットカフェの一室に三人は戻ってきていた。

 二人でも狭かったというのに、三人になれば尚更身動きなどできない。かろうじて室内にエアコンがある事が救いだが、何より大の男が二人もいると言うだけで暑苦しさは増している訳で…。


――いくら外じゃ話せないって言ったって…なぁ?


 肌の触れ合うほど近くにいる男に聞こえないように悪態を吐くと、雪は頬杖をついてパソコン画面を見つめる。それを至極涼しげな表情で操る男は、管理局にいる雀との連絡を取ろうとキーボードをカタカタと打っている最中だった。その時。

 コンコンッ


「お邪魔しまーす。飲み物、持って来ましたよ」

「お~」


 気を利かせて三人分の飲み物を取りに行っていたJが片手にトレイを乗せて入ってくる。さながらウェイトレスのような出で立ちの男は爽やかさ全開で笑顔を振りまく――なんて腹立たしいほどの爽やかさだろうか。


「なんか分かりました?」

「今、雀と繋げようとしてるとこ」

「そうですか…はい、雪さんは冷茶でしたよね」

「お~」 


 冷たいグラスを受け取ると、一瞬考えてから“ご苦労”と偉そうに言って雪が笑う。その笑顔が可愛くてJは思わず眼を見開いた。


――なんか邪な気がする……俺。


 中身は雪でも外見は違う少女のモノで、それなのに可愛いと思えてしまうのはどちらに対してなのか…不意に考える。そんなJを後目に彼女は軽く片膝を立てるとストローを口唇で挟み、薄緑色の液体をごくごくと飲み干して行く。その姿のあまりの男らしさに一気に気が抜けた。


「――来た」

「繋がったかっ!?」

「――ああ。今画面が出る」


 一呼吸の後、イチが言う通り画面に色が戻る。そこには砂嵐に邪魔されながらも確かに見慣れた――ふざけた――男・雀の姿が浮かび上がった。緊張の面持ちで見つめること数秒――。


『おっせーよ、お前ら』


 ケラケラと笑う雀の声に愕然とする。

 思わず掴みかかりたい衝動に駆られたが、電波界(ネット)の隔たりという“時の壁”に遮られ、それは叶わずに雪は脇腹辺りで拳をグッと握ると耐え忍んだ。


――あとで覚悟しとけよ…雀。


「遅い――とはどういうことだ、雀」


 表情も変えずに涼し気な横顔を浮かべるイチは、至極冷静に雀に対応する。その姿を見て“大人だな”と感じてしまう辺り、自分も雀と大差ないのだと分からされる。横目で二人のやり取りを聞きながら落胆の息が零れた――。


『どういうも何も、他の組はとっくに答え(・・)を見つけてるっての』

「――答え?」

『そっ。“記憶の海(うみ)”に行った奴らは時間屋の力を借りたみたいだが、とりあえず答えの在り処に向かってる』

「答えの在り処?」

『こっちも、さっき暁のやつが現れて――雪を呼び戻せ――とかなんとか予言めいた事言って消えちまって、困ってたんだぜっ?』

「……」


 こちらの話などお構いなしに喋り続ける画面向こうの男に対し、イチは溜息を吐き画面から見えない位置に隠れるようにしていたJは苦い笑いを浮かべた。そして――。


「ぴーちくぱーちくうっせ―んだよ、このスズメ野郎っ!!」


 雪の怒声が狭い室内に――いや多分室外にも――響き渡る。

 何事かと外で扉の開く音が数回聞こえ、けれども誰も近づこうとはせずに己が部屋に引き返して行く。 好奇心の旺盛な人物か、もしくは怖いもの見たさでもなければ三人のいる部屋をノックしようなどと言う勇気あるモノはいないだろう。イチの溜息が深くなる――。


「神谷――場所を考慮してくれ」

「わりぃ。でも、あんまりにも(こいつ) が人の話を聞かないもんだから…つい」


 イチの呆れ果てたような仕草に肩を落とし軽く頭を掻くと、雪は小さな声でもう一度“ごめん”と呟く。その頭上に不意に溜息が零れて慣れない長い黒髪にイチの手が触れた。驚きに思わず俯けていた顔も上がる。眼前に一瞬だがイチの優しい眼を捉えれば、その心は少しだけ軽くなった。耳が熱い。


「それで“神谷を戻せ”と、彼は言ったのか?」

『――ああ。なんか理由を聞ける雰囲気じゃなかったんだが』


 画面の向こうにも声は響き渡った様で、雀が頭を抑えながら今度は落ち着いた声音で言葉を返す。どうやら雪の声は隔たりをも越えて雀の脳内を揺らしたらしい。その表情にしてやったりと心の中で自分にガッツポーズを浮かべると、雪は急激に自分の思考が覚めて行くのを感じた。

 正確には雀の言葉をヒントに、閉じていた扉の鍵が取れた――そんなイメージがあり、頭の中にいくつかの言葉が浮かび上がっていく。


――身体(・・)を元に戻す為に呼ばれた…か、もしくは…。


 黙りこむ少女を後目にイチと雀は会話を続ける。今後の段取りとも取れるようなやり取りの中、不意に雀が言葉を濁らせた。


『なぁ、イチ』

「…なんだ?」

『塁のこと、少し教えてくんねぇか?』

「……」


 唐突の申し出にイチの動きがピタッと止まる。傍目にも分かるほどにその横顔は緊張と不安の色を覗かせていた。“他人”を詮索しない。それが「ノスタルジア管理局」内での規則(ルール)であり、暗黙の了承を得て皆が過ごしていた。そこに偽りがないのかと言われれば、全てが“偽り”と表現されてしまうようなものばかりで“確か”なものなんて一つもない様にさえ思う。過去を問えば漸く血が止まった傷口を、塞がりかけた傷跡をもう一度曝け出さなければいけない。そんなこと雀にも、イチにも、痛いほどよく分かっていた。それでも――。


『あいつ――ココの処、変なんだ』

「……」

『言い表す事が出来たら良いんだけど…』


 雀の言葉に雪もハッとする。

 多少の違和感を彼に覚えていたのは、自分だけではなかった。その事に驚く。多分雀が分かっていると言うことは狐も。そして、傍にいることを許されていないイチでさえも塁のことを想っている。心配している。

 どうしてそんな簡単な事が“カレ”には伝わらないんだろう…。


「塁は…」


 イチが彼の名前を呟いて、そのまま動きを止める。

 そこには葛藤や躊躇いや、色々な感情が綯い交ぜになっているように思う。だから彼が言葉の糸口を見つけるまで黙ったまま待っていた。そうして一つ呼吸を落とすと、イチは徐にズボンのポケットから財布を取り出し、中を開く。そこには一枚の写真が入れられていた。

 在りし日の塁――いや、瑠衣――と一喜の姿。今と同じような季節に撮ったのであろう写真(それ)は太陽の様な柔らかく温かい笑顔を湛えた二人が肩を組んで映っている。

 イチはその写真を見つめ、辛そうに眼を閉じた――。


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