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ノスタルジア管理局  作者: 彩人
孤独の音
59/86

孤独の音《6-2》


 中央制御室を前に四人は固い表情で座りこむ。

 まるでピクニックのような場面なのに、その場を包む空気は重苦しく緊張と苛立ちを交えている。睨み合うだけで口も開かない心とスギに、塁は諦めたように溜息を一つ吐いた。


「二人とも、もう少し仲良く――は無理でも、今だけは歩み寄って欲しいんだけど」

「無理!!!」

「同感だね。誰がこんなやつと」

 ほぼ同時に言葉を返すと、互いに背を向け腕を組んで拒絶の意を表す。まるで合わせ鏡のような対称的な姿に、塁同様凌も溜息だけを返した。言わずとも、この二人は似たような性格をしているらしい…。


「凌、ラヴィは?」

「……」

「分かるだろ。あいつ(・・・)が出てきてるんだ」

「……」


 凌に問いかけたはずの言葉は無言の(かれ)を通り越し、スギによって返される。その表情がどこか苛立たし気に歪められているのは気のせいでは無い。一言で二人の纏う雰囲気が冷たいものへとガラリと変わると、それ以上の言葉はつげなかった。不意に心が振り向くと吐息が触れ合うくらい近くによって、そっと耳打ちする。


「ねぇ塁、彼らは何者なの?」

「…?」

「気づいたら目の前に居たのよ」

「…彼ら?」

「この二人組のことよ」


 彼女の言うことの意味を理解して「ああ」と内心相槌を打つ。

 そういえば管理局の人間と彼らが相反するように、中間人である心にとっても彼らは相反する存在に当たる。それを思慮に入れる事を忘れていた。どうりで彼女(ココロ)が憤慨する筈だ…。

 耳を擽る彼女の声を離して、塁は真っ直ぐに彼女に向き直る。その姿勢に心の瞳が少し大きくなった。


「ごめん、そうだね」

「……」

「肝心な事を忘れていたね」


 優しげな雰囲気で少し項垂れるように笑う。

 そして、隠すべくもなく――彼らに聞こえるように――堂々と塁は二人を紹介し始める。


「彼らは“時間管理局”――通称“時間屋”と呼ばれる人物。基本的にはこの“記憶の海(場所)”が彼らの管轄域で、ココに眠る多くのモノたちの管理を担う」

「……時間屋…」

「あとは、生身の人間の時間なんかも多少動かしてるらしいけど…」


 「違う?」とでも問い正し気に塁は二人――特にスギ――に視線を投げかける。塁の説明の間、別段否定も肯定もせずに大人しく聞いていたスギを訝し気に思う気持ちと、塁自身が知り得ない彼らの裏の顔を知りたいと言う好奇心が綯い交ぜになる。

ざわざわと落ち着かない気配が木々を揺らし、パラパラと紅い葉が落ちて行く。降り積もる葉が紅い炎にも見えた。

それを覚ますように冷たい瞳を向けたスギが興味も薄そうに風で葉を飛ばす。


「くっだんね~…どうでもいいだろ。そんなこと」

「…あんたっ」

「そんなこと知ってどうするつもりだよ? 中間人」


 常よりもぶっきらぼうに冷たく言い放つ彼は視線を合わせる事もなく、ただ空を見上げる。今にも泣き出しそうな淀んだ色の空の中に紅い葉が舞う様は、何となく寂しいと思う。彼が何を思っているのかなんて見当もつかない。でも、同じように空を見上げれば何処からか哀しい声が聞こえた気がした――タスケテ…――と。


「それで、(お前)はどうしてここに来た?」


 不意に掛けられた声に振り向けば、先程までだんまりを決め込んでいた凌と眼が合う。深い闇の色を湛えた凌の眼に自分の姿が浮かび上がり、塁は思わず眼を逸らした。


「…」

「言い淀む理由でも?」

「いや、そうじゃないんだけど」

「じゃあ、早く開けよ」


 言い淀んだつもりはない。ただ、少し…。

 

「依頼人が消えたのよ」

「――っ!?」

外見(うつわ)はあるわ。無いのは中身()だけ――」


 溜息と共に、心が告げる。そこに迷いなんかなくて、清々しい程の潔さに言葉も出ない。その潔さが眩しかった。


「消えた?」

「そうよ」

「どこで」

「私は詳しくは知らないわ」

「はぁ?」

 

 的を得ない会話に苛立ちを覗かせていたスギも、呆れたように表情を歪める。現状を理解していないのにここまで言いきろうとは…潔いを通り越して愚かだと嘲笑いたくなる。それと同時に失くしてしまった過去の自分が見えるようで罪悪感と、僅かな痛みがこみ上げた。この気持ちをなんといえばいいのか…。


「きちんと説明するね」

「……」


 ようやく調子を取り戻した塁の説明で事のあらましが明かされて行く。

 依頼人の事、今回の依頼を受けた経緯、そして他でもない――雪のこと。彼女の身に起こった出来事と、行方知らずになった依頼人――福山悠里――の魂。その行方を探しにこの場所を訪れたのだと。

 真剣に耳を傾ける時間屋の眼に揺らぎはない。むしろ塁の言葉を聞きながらあらゆる可能性を導き出しているようにも見える。入れ替わった身体(うつわ)、消えた依頼人、そしてマザーコンピューターが導き出した記憶の海(うみ)の映像。これが紡ぎだす今回の件に関しての自分たちの関わり方も――。

 一つ溜息が零れる。その溜息の主は――スギ。


「どちらにしろ記憶の海(ここ)が騒がしいのは歓迎出来ねーし」

「それじゃあ」

ただ(・・)、どうして動いてんのがお前らなのか。それだけが気に入らないね」

「スギ」

「そ~だろうよ。当の本人が地上に降りたのは仕方ねえとして、道理なら綾瀬とかだろ?」


 人選が気に入らないとだだをこねるスギ。それを宥めるように凌が口を挟むが、彼の言葉にも聞く耳を持たず眉を吊り上げた。ホントに…こいつは。

 

「この件に関しては最高責任者・要と、()の意思が組み込まれています」

「彼?」

「貴方達もよく知ってる筈よ」


 しびれを切らした心が軽く髪を掻き上げて呟く。また一つ髪飾りがリィンと音を立て、風がその音を運んで行った。訝しげな視線でスギが心を見る。


「何を企んでる…」

「そんなの私が知る訳ないでしょ」


 攻防する二人のやり取りを遠目で眺めながら、塁はそっと腕組をする。

スギの言いたい事も分かる。あの場では了承したが、塁自身の心にも彼らの行動がひっかかっていた。何故心を管理局に連れてきたのか、何故このタイミングで彼が現れたのか、そして彼らの目的がなんなのか――。


――訝しく思っているのは同じ…。


 それでも、それを問えない――。

 目的が何にせよ、彼らが望まない事をすることは考えにくい。信じるとか信じないとかではなくて、本能がそれを知っている。聞きたいけど今は触れない。大人しく従うふりをして腹を探っているのはこちらも同じ。答えを聞かれても――。


「案内人はどう考えている?」

「――僕?」

「ああ」


 不意に凌に言葉を投げかけられて我に返る。

 よく知る人物に似る面影がちくりと胸を刺し、そうしてまた嘘の笑いを浮かべた――まるで仮面を被るように。


「僕は中立の立場だからね。今は黙って従うよ」

今は(・・)…か」

「…なに?」

「いや」


 含みのある言い方が堅実な彼らしい。

 暫くお互いに沈黙を保って、そうして彼らは結論を導く。不本意ながらも“協力”という形の――。


「お前らは中央には入れない。鍵がないからな」

()?」

「――承知しているよ。だから君たち時間屋が協力してくれると話は早いんだけど」


 理解できないと言う表情を浮かべる(彼女)を素通りして、話を進める。今は一刻も早く依頼人である少女の行方を知りたい。入れ替わってしまった彼を元の身体に戻す為にも――。

 一つ諦めにも似た溜息をついてスギが空を見上げる。

 その姿に比例するように風も空へと舞い上がった。木々が音を立てて揺れる。


「条件がある」

「条件?」


 視線も合わせずにぽつり言うスギに、訝し気な視線を送る。舞い上がった葉がヒラヒラと落ちる中、喧騒に紛れ彼は静かに言葉を紡いだ―――。


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