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ノスタルジア管理局  作者: 彩人
孤独の音
57/86

孤独の音《5-4》

 涼しげな日陰に入り雪は固い木のベンチを背に天を仰いでいた。

 もっとも日陰を作るは夏の日差しをたっぷりとその身に浴び、大きく成長した大樹な訳だから視界に入るのは揺れる葉と、その隙間からチラチラと見え隠れする僅かな日の光だけだ。


――あ~…しくじった。


 こんなつもりじゃなかった。

 普段よりも疲労やそれに対する倦怠感はあったものの、それらすべては今の自分が“生身”であるからこそだと勝手に思い込んでいた。生身の身体を利用しているから熱くなったり、だるくて身体が重いのだと…。


――そうか。これが“熱中症”か…。


 額に置かれた冷水で湿らせたタオルを手に取る。不思議な感覚。熱いのに身体から排出される汗の量は少ない。身体の中に熱が籠り心臓の鼓動が大きく早く聞こえる。生きているのだと鼓動が知らせる。


――生きている(・・・・・)か…。


 多少の居心地の悪さに自嘲の笑みが漏れ、それを悟られないように知らず口元を手で覆っていた。訝し気にJが名を呼ぶ――雪さん?――と。


「どうしたんですか?」

「や…何もない」

「……」


 愛想もない口調で答えると納得しない表情で恨めしそうに上から覗く男の影が重なる。覆い被さるようにチラチラと射す木漏れ日を遮った男の黒髪がゆらゆらと視界に揺れ、それが些か気に障った。人から見下ろされるのは決して良い気分にはなれない。例えそれが誰であろうと…。


「何だよ」

「えっ?」

「人の事見下ろすんじゃねえよ」

「あっ、すみません」


 不機嫌に男を一瞥して雪は身体を起こす。タオルを手に取り握りしめれば顔色を窺うようにJがチラチラと視線を泳がせ不意に口を開く。


「あの…」

「あっ?」

「その……さっきの“理由”を教えてくれますか?」

「さっき?」


 訝しげな眼でJを見てその細い首を傾げる。とぼけていると言うよりも本当に思い当たらないといった風に眼で問いかける彼にJは溜息を零した。辺りに人はいない。ただ静かに風が頬を撫でて行く中、二人は見つめ合うように向かい合って座る。もっとも可愛い筈の少女が半ば膝を立てている光景など見たくもなかったが…。


「ほら、あの高校生に絡まれたときっ」

「……」

「彼ら“福山悠里(彼女)を知ってる風だったでしょ?」

「…ああ」


 ようやく合点が言ったのか彼は僅かに視線を逸らすと口元に手を当てる。考える時の癖なのか、こんな姿を前にも見た事があった。少しの沈黙があり、けれどもJは焦ることなく彼が口を開くのを待つ。きっと問いただした処で彼が応えてくれないことなど分かっている。だから、彼が自分の中で答えを出すのをただ静かに待った。そして…。


「分かるんだ」

「…?」


 不意に開かれた口はまるで自分に言い聞かせるみたいにゆっくりと語られる。胸元の見慣れたシルバーチェーンを弄りながら彼はどこか遠くを見つめ眼を細めた。思いを馳せるように。


福山悠里(この子)の身体に居るせいだろうな。記憶が…悪夢はこの子の中にあるんだ」

「えっ…」

「この子は失くしてなんかいないし、忘れてもいない」


 曇る表情はそれだけ彼女の記憶に触れているせいなのか、辛そうに寄せられる眉根にさえ掛けてあげられる言葉が見つからない。自分の無力さに握った手に力を込めるが無情にもその頭上に雪の声がぽつり降った――忘れられるはずがない――と。その言葉に、見上げた彼女の表情にチクリ、胸が痛んだ。隣に、こんなにも近くに触れられる距離に居ると言うのに――確かにそこには距離があって、縮められない事に更に胸が痛む。


「雪さ」

「待たせたか――」

 

 声をかけたのと同時にJよりも少し低い声が被さる。この落ち着いた声音は“イチ”のものだ。

 ベンチに座る二人に冷えた缶ジュースを軽く放ると、彼は汗ひとつ見せない涼しげな表情で辺りを見回す。近くに人が居ない事を確認すると、視線を外したまま雪に向かって何かを投げた。それが紙の切れ端だと気付いたのは、雪が慣れた手つきで受け取りその小さく折りたたまれたメモを――Jからは見えない角度で――開いた時だ。わざと見えないようにちらりと横目でJの視線の位置を確認してから雪は文字に眼を通す。


「…そうか」

「さっきの男たちからも大方話は聞いた」

「ふ~ん」

「…いらん事までべらべらと話したぞ。あいつら」

「お前が怖かったんじゃないの?」

「……別に、脅したつもりはない」


 メモに目を走らせながらも彼は軽口をたたく。お互いに視線は違う処を向いているが、Jには踏み入れられない強い絆が窺える。Jは何も言えずにただイチから受け取った缶ジュースに口をつける。冷えた液体が喉を通り心も身体も冷やしていく。すっと心に燻った熱が引くのを感じた。


「雪さん。俺にも見せて下さい」

「あっ?」

「それ。彼女に関する事なんでしょう?」

「…おまえ」


 言葉は自然と口から出る。

 色んな事を悩んだ処できっと“彼”は本当のことを教えてはくれない。それが当たり前で、今までもこれからも変わることのない彼女なりのルールだった。部外者を巻き込まない。少しでも管理局に関われば後戻りは出来ないから――自分のように――管理局に縛られないように、その為に冷たいふりをする。あの短い時間で、一緒に過ごした日々でJが知った雪の真実。


――本当はすごく優しくて、すごく不器用な人。


 彼女が自分を巻き込めないのなら、自分から関わる他に彼女を助ける術はない。そう知っている。だから――。


「俺、知りたいんです」

「……」

「俺にも手伝わせて下さい」


 雪は常にも増して冷たい碧い瞳を眇める様に細めた。その瞳の言いたい事を察して口を開くは地上探索型・イチ。彼は唯一生存したまま管理官をしている――いわばJの目指すべきところだ。


「何故、知りたいと思う――?」

「俺は」

「興味本位は身を滅ぼすぞ」

「でも」

「悪い事は言わない、今のうちに忘れろ」

「――っ」


 至極冷静に一定の声音で話す彼は、何か重たいモノを抱えて生きているように見える。それがなんなのか知る由もなくJは言葉を詰まらせた。


「前にも言った」

「…」

「記憶は簡単に扱えるようなものじゃない」

「…はい。覚えています」

「“知りたい”とか“救いたい”とか、そんな自分本位な考え方の奴に関わらせることなんて出来ない」

「……」


 痛いほどに彼の言葉が胸に刺さる。

 分かっている。いや、本当は分かっていなかったのかも知れない。

 ただ自分が彼らに救われた様に、同じように誰かを救いたい。誰かの力になりたい。単純にそう思っていただけなのかも知れない。

 もしくは、ただ“()と一緒に居たい”とそう望む。でも…。


――それはいけないことなんだろうか?


 誰かが自分を動かす“原動力”になる。

 それは時に大きな力を生み、何かを作り出しては世界を破壊から創造へと導くような強大なものへと変わる…。確証はない。でも不確かな直感がJの心に生まれて行く。


「それはいけないことですか?」

「あ?」

「“誰か”の事を思って動く事は、確かに自分本位かも知れません」


訝し気に自分を見つめる彼らの表情は痛いほど真剣だ。不安と緊張から渇いて張り付いた口腔内に話しにくさを感じながら、それでもJは眼を逸らさずに二人を見据える。今なら少しだけ“勇気”が持てそうな気がした。


「でも決して無駄では無い筈なんです。“人”は“独り”では生きられないから“誰か”の為に生きられる…。お互いを知りたいと思う心が“力”を生むんじゃないんですか?」


 沈黙が三人の間に降り積もる。言葉が上手く伝えられずにきつく拳を握り、ちっぽけな勇気を嘲笑われるような気がして不意に俯けば、ふわり頭上に優しい溜息が降った。柔らかく小さな掌が頭に触れる。言わずとも知れた“雪”の手だ――。


「お前の気持ちは分かった」

「雪さん」

「でも」

「……」

「そう簡単にお前を認める事は出来ない」

「どうしてですかっ」

「理由なんてない」

「――っ」


 二の句を告げなくなるような冷たい視線に息を飲む。眼の前にある彼の顔が、一瞬Jの知る人物――神谷 雪――のものとは思えない程、黒い色を滲ませる。殺気を滲ませたような鋭い視線を逸らす事も出来ず、Jはその瞳を見つめた。そして。


「そこまでだな」

「――?」

「神谷、お前の負けだ」

「なっ、ちょっ、イチ!?」


 深い溜息と共に、イチは腕組していた腕を解くとJに向き直す。

 Jよりも少し高い目線の彼はゆっくりとその視線を合わせると、曖昧に笑って見せた。初めてみる――不器用な――笑顔にJは眼を見開いて、言葉を失う。笑顔とは裏腹のその瞳に映る闇は濃くて、そしてすごく哀しい(・・・)色をしていた――。


「J…だったか?」

「はいっ」

「俺は、お前に賭けて(・・・)みたい。そう思う」

「…はい」


 彼の言葉にただ頷く。

 素直に、その言葉の意味を捉えて―――隠された本当の意味に気付く事はなく――頷く。そんなJを見てイチは更に自嘲気味に笑い眼を閉じる。

 雪はその様子をただ冷たい瞳で、人形のように見つめていた――。


長らくお待たせしました。

ノスタルジア更新です。

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