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ノスタルジア管理局  作者: 彩人
孤独の音
53/86

孤独の音《4-4》

 記憶が交錯する。

 いつの日かの存在を思い描くように廻る視界に眼の前の人物が重なった。

 夢じゃない。そう、これは――現実。


「なっ――お前」

「神谷、集中しろ」

「――っ」


 振り向いた先にある男の顔を確認した瞬間に隣から冷たく釘を刺され雪は息を詰める。こんなことしている暇はない――今は一刻を争う時だ。そう自分に言い聞かせると慌てて視線を戻し乱れる画面を見つめる。背中に男の気配と温度を感じながら…不思議とそれを嫌だとは思わなかった。


――あんなに人の体温が苦手だったのに…。


 微かに触れる肩口は自分の肌ではないのに彼の温度を伝え、気がつけば割れるほどの痛みを訴えていた頭からは甲高い音と共に痛みも薄れている。

 霞がかっていた視界の先、揺れる画面はまるで複数のパズルが一つの絵を作り上げるように次第に鮮明にその映像を映し出す。そこは――。


「――ったしかに、ここは“海”だ」

「間違いないか?」

「――ああ」


 再度念を押すように確認した男に対し雪は画面を見つめたまま相槌を返す。これだけ鮮明に浮かび上がればもうこの景色を見紛う筈もない。ここはよく知る“記憶の海”――そのものだった。

 

ここ(・・)に何があるんですか?」

「……」

「……」


 不意に口を挟むJの声には答えずに雪は一人思いを巡らせる。

 これが何を指しているのか――彼が何を伝えようとしているのか。皆目見当もつかない。もとより解らない人物だったが言葉を交わさなくなった今では、もう彼の口癖さえも思い出せない。声も仕草も記憶の中に確かにあるはずの何もかもが抜け落ちてしまったかのように虚無感がその胸にあった。


「神谷?」

「…解らない」


 訝し気に顔を覗きこむイチの声にさえ反応できずに雪は一人俯く。遠くで何かの声を聞いた気がしたけれど、それも一瞬の出来事で今はもう何も聞こえない。画面が再度歪み終わりを告げるエラー音が個室に響いても三人は動けずにいた。


                     *


 同時刻――。

 管理事務所に集まったメンバーも雪たちと同じ映像を見つめていた。

 次第に鮮明になる映像を食い入るように見つめる雀と狐。ただ黙り込み高みの見物の様な視線を送る心。眼を逸らし静かに俯く塁。それぞれが僅かに思う処を持ち時間はただ静かに流れて行く。そして…。


「“海”です――」

「――!?」


 沈黙を破るのは幼い子供の声。

 大きな黒い瞳を不敵に細め彼はまるで悪戯を思いついた子供のように楽しそうに呟く。その口角は緩やかに円を描き確かに少年は微笑んでいた。


「これは“記憶の海(マザー)”が見せている幻影に過ぎません」

「…何を」

「ですが、本体である彼女(・・)は恐らくこの場所に居るでしょう――あるいは」

「…」


 少年の言葉に訝しげな瞳を向ける双子に対し、黙っていた塁が静かに口を開く――“彼女”とは誰の事を指しているのかと。

 不意に鼻で笑う気配がする。冷たい空気を背中に感じながら塁はその気配の方を振り返った。そこには案の定“心”の姿がある。


「はっ…福山悠里(・・・・)のことよ」

「福山…悠里」


 多少嘲るように告げると彼女は切り揃えられた髪をスッと揺らす。その仕草に合わせて花の髪飾りがリィンとまるで鈴のように小さく鳴いた。言葉もなく不機嫌に皺を寄せた眉で雀が睨む――明らかに敵意をむき出しにしたその眼に“心”が少し頬を緩める。


「――んで、どうしろって」

「雪たちは地上に居るのよ」


 雀の苛立ちを感じ取ったのか狐も間を取り繕うように口を開く。今までは雪が福山悠里の身体に入り、また福山悠里が雪の身体にいる(・・)のだと思っていた。それを否定するだけの材料はなかったし、道理的にもそれで辻褄合わせが可能だと考えていた。なのに――。


――雪の身体は空虚(からっぽ)なのか…。


 確かに雪の身体からは何も感じられなかった(・・・・・・・・)

 熱も色も、生命には必ずあるはずの息吹も。何もない。本当にただそこにある|人形

《・・》のような違和感。気付かなかった訳じゃない。気がついていた――けれど、それは彼女が何も持たない弱き“人間”であり、彷徨っている()だからだと違和感を訴える自分自身を否定した。

 それを見抜いたように幼い少年の瞳が揺れ、彼は静かに続きを告げる。

 

「地上での探索と同時に“海”に管理官(ひと)を派遣する必要があります」

「派遣…」

「はい。記憶を探すよりも、まずは依頼人である彼女――福山悠里――の保護が優先です」

「……」


 正論と言えるその言葉に雀は言い返す事も出来ず真っ直ぐと見つめていた眼を不意に逸らす。その先に待つ指示を聞きたくなくて思わずきつく唇を噛んだ。ピリッとした痛みと共に広がる錆のような味――。

 気持ちを表しているようなその色を舌で軽く舐めると、咎めるようにその唇に優しい指先が触れた。狐だ。


「――!?」


 驚いて顔を上げれば、ふわりと微笑む狐は何かを悟ったように頷いて、そうして眼の前の少年へと真っ直ぐな視線を向けた。そこに迷いはない。


――行くのか…狐。


 狐は空間移動(・・・・)管理官だから――。

 雪同様にその任を与えられた時から彼女は一人“空間”を渡ってきた。数えきれない記憶の形を、歪んだ思いをその胸に受け止めて、自分自身が傷を負うこともしばしば。雪ほど無謀なことは起こさないがそれでも彼女が任を負うたびに、一人何が起こるか分からない“記憶の海(うみ)”に渡るその背中を見送る度に、雀の心は軋んだ。一緒に行くことは出来ない。管理局(ココ)を離れる訳にはいかないから――遠くで補助することは出来ても、傷付く彼女の“盾”になることは叶わなかった。


「い」

「私が行くわ」

「――っ?」

 

一つ足を踏み出し「行きます」とそう告げようとした刹那、先手を取るかのように狐の言葉は“心”によって遮られる。潔く力強いその声には寸分の迷いも感じられない。それどころか好奇心にも似た不敵な色がその瞳に浮かんでいた。そして。


「待って、(キミ)はダメだ」


 慌てたように制止する塁。その声に心はゆっくりとした仕草で塁を見つめる。


「――何故?」

「何故って」


 咎めるように鋭い視線を向けて心は塁に尋ねる。その眼には有無を言わせない程の強さがあった。不意に塁は彼女に伸ばした手を引く。


「理由を教えて」

「理由…」

「私が“適任”な筈よ。そうでしょう? (あきら)

「……」


 少年に相槌を求め視線を送れば彼はそれよりとは明らかに違う表情で口元を歪めて見せる。背筋を這い上がる冷たいものに雀と狐は息を飲んだ。口元で軽く嘆息すると少年はゆっくりと顔を覆う。その黒い瞳が深い碧に色付けば“少年”が“何か”に変わる瞬間を目の当たりにした気がした――。


「良いでしょう…」


 常よりも凛と通る低い声に、胸がざわつく。

 絶対的な“力”を前にした時のような言われの無い焦燥感と不安が押し寄せる。眼の前に居るのは力で敵わないはずの無い幼い少年に過ぎないのに――それでも逆らうことは出来ないような圧迫感を感じていた。彼の指がゆっくりと上がる。その眼は例外なく彼女の姿を捉えた。


「相原 心。貴方にこの先の運命(ミライ)を託します」


 その一言は何よりも重く、全ての色を変えて行った――。


突如現れたJと、浮かび上がる”海”の映像。

それが何を意図するかなんて、知らなかった――。

知らず動き出した元・案内人の”心”。

彼女は果たして――。


☆こんにちわ^^

 謎多き「塁過去編」です。

 書いてる自分にも展開が”謎”(笑)

 まったく今後の展開が見えてきませんが、それでも彼らは勝手に動きます。

 新キャラ「心ちゃん」が予想以上に黒い感じの登場なんですが…^^;

 彼女に関しては今後をお楽しみに!! とか言っときます☆

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