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ノスタルジア管理局  作者: 彩人
孤独の音
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孤独の音《4-1》


 季節はじめじめした雨季を過ぎ、ようやく梅雨もあけたという七月。揺れる木々の間から洩れる木漏れ日は鬱陶しいくらいにぎらぎらと照りつけ、人気の増えた繁華街や駅前には浮足立った若者たちが屯している。どうやら学生は長かった一学期を終え、待ちわびた“夏休み”とやらを迎えているらしい…。そして。


「神―――っと、違うか」

「…? いや、“神谷”で良いよ」


 不意に後ろから声をかけられて振り返る。

待ち合わせは渋谷のハチ公前。

 なんてベタな場所だろうかとも思ったが、色々と都合がいいのでこの場所を指定した。そうして定刻よりも前にやってくるこの律義な男―イチ―が、見慣れない私服だった事に少し驚いてしまう。Tシャツとジーンズというラフな格好が余計に雪を落ち着かなくさせた。


――こいつも普通の高校生なんだな…やっぱ。


 制服の上からでは分からない男性特有の引きしまった身体には無駄な肉が殆どなく、割と細身だと思っていたその胸板は意外にも厚く見える。少し切ったのだろう黒髪が蒸し暑いビル風にのれば、そうとは思えないほど爽やかな雰囲気を纏っていた。常よりも高い位置にある目線がイチの顔をより近くすれば、その精悍な顔つきに胸は小さく高鳴る。


――どうかしてるだろ…俺。


 人が変わればこうも感じ方が変わるのだろうか。

 そう思わずにはいられない程、普段ならば煩わしいだけの人混みも、喧騒も嫌では無いと思える。これは身体の主――福山悠里――の感覚なんだろうか…。


――やっぱり、入れ替わった(・・・・・・)と言うより、同調(・・)したと言った方が適切なのか?

 

 長い黒髪を結うでもなく真っ直ぐに垂らして、碧いキャップの帽子を深々と被る。一般的な女子高生が着そうな私服とやらを雪が自前で持っているわけもなく、洋服は管理事務所の秘書をしている女性に適当な物を見繕って貰った。そんな彼女の格好にイチが訝し気に眼をやる――まるで値踏みでもされているようかのように頭のてっぺんから爪の先までを見ると、困ったように苦笑いを漏らした。


「何だよ?」

「……洋服(ソレ)自前(・・)か?」


 馬鹿にしたような、呆れた様な彼の声音に雪は思わず息を飲む――顔が熱を持つのを感じた。


「――っな、そんな訳あるか!!」


 カップルの痴話喧嘩かと、ハチ公前で待ち合わせしていた幾人もの若者が振り返り訝しげな視線を向けるが、それでも二人はお構いなしに会話を続ける。もっとも熱くなっているのは雪だけのようだが…。


「…誰に借りた?」

「……」

「…?」

「……遊樹さん…」


 雪の小さく呟かれた言葉に、イチは瞠目してからもう一度彼女の格好に眼をやる。白地に胸元を覆うように黒いレースのついたキャミソールに、スリットの入った短い黒のスカート。しかも生地は光沢のあるものだ。足元は飾り気はないものの、洋服を揃えた人物の趣味が一目で分かるほどの10センチほどの高さのピンヒール…。かろうじて着ている薄手のパーカーが肌の露出を減らしてはいるモノの、明らかな“人選ミス”にイチの頭は痛くなった。


「…人選ミスだな」

「うっ……」


 自分でも薄々感じていた処を指摘されて雪は二の句が継げなくなる…。

 “探索・調査”に来ておいて、この格好では自由に動く事もままならない。履きなれないヒールに待ち合わせ場所(ここ)にくるまで何回つまづきそうになった事か。ざっと数えただけでも片手じゃあ足りないだろう…。

 軽い溜息を頭上に落とされれば顔を上げた雪の眼に映るのは、思いがけずも優しい眼のイチ。この男はこんな表情をする奴だったろうかと思い見つめれば、先に視線を逸らしたのはイチの方だった。


「とりあえず、着替えか?」

「……いや、いいよ」

「その格好で動くつもりか?」

「……だってメンドーじゃん」


 雪の言葉に今度は思い切り溜息を吐く。

 眉根を寄せて考える仕草を数秒すると、彼は何かに思い当たったのか真剣な眼差しで雪を見た。そして。


「来いっ」

「えっ、ちょっ…イチ!?」


 半ば強引に雪の細い手首を掴むと有無を言わさずに歩きだす。予想以上の力で引かれた腕は痛み、歩きづらいハイヒールに半ば引きづられるようにしてイチの後ろをついて行くことしか出来なかった。

 

                      *

 

 人混みを抜け、木漏れ日の揺れる街路樹の路を抜け、辺りはだんだんと静かな住宅街へと向かう。時折気にかけるように視線を向けるイチの後ろをただ黙ってついて行く。見た事もない場所にキョロキョロと視線を彷徨わせれば不意に黒い影が視界を塞ぐ――イチの手だ。


「あまり見るな」

「…なんで?」

「いいから」


 振り向く事もせずに雪の視線を遮った男は、その表情も見えないまま口数少なく目的の場所を目指して歩く。そうして辿りついたのは周りを緑に囲われた古びた赤い煉瓦屋根の建物。広い庭先には洗濯竿に干された子供服がゆらゆらと風に揺れ、あちらこちらに遊具らしき物が転がっている。

学校と呼ぶには陳腐で、一般的な一軒家よりも大きいソレは何かの“施設”のように思えた。


――ココは何だ?


「イチ、ココは?」


「……」


 相変わらず無言のイチに雪は溜息を吐くことしか出来ない。門扉を開けて中に入るイチの足取りは重くより一層暗い顔をしている。それでも「ただいま」と声をかけ奥へと進んで行った。

 訳も分からずその後ろを歩く。

 

――ここが…家?


 玄関の重いドアを開け、通されたエントランスには無数の靴が転がっている。リビングからは賑やかな笑い声と、はしゃぐ子供の甲高い声。それから――。


「ピアノ…?」

「……芽衣だ」

「メイ…?」


 ようやく答えたかと思えば誰の名前かも分からない言葉のみ。苦笑いで溜息を漏らせば、暗い廊下を抜けて開けたリビングへと足を踏み入れた。


単身地上に降りた”雪”。

そこに待ち受けていたのは地上探索方”イチ”だった。


彼に引きずられるように辿り着いた建物とは――。

そしてイチの言う”メイ”とは――。


☆こんにちわ。

 予想外の二話更新です。

 実は《4-1》が先に出来ちゃっていて、それだと余りにも話の展開が急だったので慌てて《3-4》を書いた感じです^^;

 なので、二話更新。

 ようやく「ノスタルジア~」も50話まで来れました。

 この先、一旦お休みします……が、早めの活動再開を目指しますので今後ともヨロシクお付き合い下さいm(__)m


 それでは、またいつか…。


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